番外編4 弓使いの疑問・中編
「えっと、これでもう終わりかな……?」
キーマは練習用の剣を壁に丁寧に立て掛け、他の物が棚から落ちたり倒れそうになったりしてないか、グルリと辺りを見回す。
「ほら、ヤルンはあんな性格だからさ。時々キレて暴走したり、変なことを仕出かしたりするんだよ。セクティア殿下は変わった人だから、それが面白くて手元に置いてるみたいだよ」
「まさか。……冗談よね?」
「ま、それだけじゃないけどね」
ということは、半分くらいは本当なのか。確かめるのが怖い真実だ。けれども良い機会のようにも感じ、あたしは思い切って一歩踏み込んでみることにした。
「キーマもココも同じ境遇なのに、ヤルンばかりが有名なのもそのせい?」
「違うとは言わないよ。っていうか、自分達はヤルンの『ついで』だからねぇ」
たまたまヤルンの近くに居たから、ついでに騎士見習いとして召し抱える? そんな偶然が果たしてあるだろうか。聞けば聞くほど、謎や秘密の香りが漂ってくる。
「ねぇ、ヤルンには何があるの?」
「何がって?」
「何か秘密があるんでしょ」
分かってるんだから。すらりと背の高い彼に意味深な視線を送ると、キーマは金髪を揺らしながら首を軽く捻り、腕を組んだ。
「言うと叱られそう、というか、絶対に叱られるからなぁ」
何かがあると認めているも同然の物言いは、それくらいなら良いだろうと判断しているのに違いなかった。
キーマは開けっ広げなヤルンと違って、やろうと思えば表情一つ変えずに「何もない」と言えてしまえそうだから、この反応はちょっと意外だ。押せばなんとかなるかもしれないと思えた。
「言える範囲で良いから教えてよ。こっちはもう気になって仕方なくて困ってるんだから」
「へぇ、ルリュスも結構な『知りたがり』だったんだ」
「悪い?」
あたしが軽く睨むと、キーマは「別に?」と言った。自分も人のことは言えないしねぇ、と。
「じゃあ」
すると、彼は腕をすっと伸ばしてきた。こちらが驚いている間にも、その大きな手で背中に軽く触れてきて、武器庫のもっと奥へと連れていこうとする。
じんわりと伝わる温かい感触に胸が跳ねた。
「えっ、ち、ちょっと」
ちょうど他の者達は出払っていて、この場には二人きりだということを急速に意識する。顔が熱くなり、頭が白くなりかけた。
な、何々? 「じゃあ」暗がりで何をしようって……!? 彼はそんなあたしの慌てぶりを見てポカンとしたあと、「あぁ」と合点がいったように呟いた。
「人に聞かれたくないから、念のためにもう少し向こうでと思ったんだけど……やめとく?」
今度こそ羞恥で完全に紅潮するのが分かった。多分、向こうもお見通しだっただろう。それでも認めるのは
「あー、一応言っておくけど」
左右に開け放たれた入り口の傍とは違い、奥は薄暗くて更に
それでも何を教えて貰えるのかと期待を込めた眼差しで待っていると、キーマはそんな前置きをしてきた。
「喋れることしか喋らないし、他言無用で頼むよ?」
「オッケー。分かった」
前にもこんなやり取りをしたのを思い出す。武具屋で再会し、騎士見習いになった経緯を教えて貰った時のことだ。あたしは周りに言いふらさないと約束し、きちんと守っている。
だからこそ、今回も教えてくれる気になったのだろう。
「そうだな……。なら、ヤルンの魔力がどれくらい強いのかは知ってる?」
「どれくらいって?」
とても多いとは聞いているものの、魔導師でない人間には未知の分野である。
彼らが王都では魔力を抑える腕輪やカフスを着けていることと、石の色によって強弱が分かることくらいしか自分には知識がない。そう伝えると、キーマは詳しく説明してくれた。
「簡単に言うと、普通は上から赤、青、緑って感じで変化していくんだ。ココは薄い赤だね」
「へぇ、剣師なのに詳しいんだ」
「……まぁ、二人の近くにずっと居ると、自然とね」
「?」
とにかく、一番上の色なのだからかなり強いのは間違いないだろう。
さすがココ、と彼女への称賛を口にしかけたところで、「普通は」の言葉に引っ掛かりを覚えた。わざわざそんな前振りをするのは、きっと普通でないからだ。指摘すればキーマもあっさりと認めた。
「今度、走っている時にでもヤルンのカフスを覗き見てみたら良いよ。ペンのインクみたいに真っ黒だからさ」
真っ黒? え、だってさっき『赤』からって……あぁ。
「成程ね。それがヤルンの秘密の一つってわけだ」
「そういうこと」
普通ではあり得ない量の魔力。確かにそれは人の目に留まるだろう。魔導師にしてみれば、多ければ多いほど有利なのだから。
「あとは、有名な魔導師の弟子だからってのも目立つ理由の一つだろうね」
「あのおじいさん? そんなに凄い人なの?」
「まぁね。昔から面倒見て貰ってるけど、色々な意味で『凄い人』だよ」
色々なとはどういう意味か問いたかったが、「これ以上はノーコメント」だとシャットアウトされてしまった。安易に語れないほどの秘密がある人物なのだろう。そして、ヤルンはそんな人の弟子であるわけだ。
無理に割らせようとしても無意味なのは分かっている。ならば別のアプローチを試みるだけ――そう思った時だった。
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