番外編3 戻れなくなった護衛役・後編
「いるよー、いるけど……」
「絶対開けるな!」
とりつくしまもない。ヤルンが彼女をこれほど拒絶したところを見たことがなくて、こちらは戸惑うばかりである。恥ずかしいのだろうか。
その姿自体はココ自身の監修によるものだから今更感満載だし、状況だってきちんと言えば理解してくれるだろう。良いアドバイスだって貰えるかもしれないのに。
「ココ、ちょっと待ってくれる? ヤルン、ちゃんと説明しないとココも納得出来ないよ」
「分かってる」
ヤルンが恐る恐る扉の前までやってくると、その足音を聞き取ったのか、ココが声をかけてきた。
「あの……私、何かご迷惑をおかけするようなこと、しましたか……?」
「ち、違う。そうじゃなくて、今は俺達……会わない方が良いと思う」
んん? ちょっと待とうか。恋人の別れ話かな? 本人から話をさせようとした自分が愚かだったみたいだ。テンパってるのかもしれないけれど、色々と
仕方なく再度交代して、扉を開けないままに一から順を追って説明すれば、ココはちゃんと呑みこんでくれた。そもそもこうして部屋を訪れたのだって、違和感を覚えたかららしい。
「それで、ヤルンはどうして扉を開けたくないのさ」
「今は魔力がガバガバなんだよ。この前みたいになるだろ」
「あー、そういう意味」
やっと
うーん、ココが変になったらこっちも困るかも。普段冷静でいる分、彼女を止めるのはある意味でヤルンを止めるのよりも骨が折れるのだ。毎日鍛えているだけあって、細く見えて結構力も強いし。
「あっ、それなら大丈夫です!」
「何か手があるの?」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
自信たっぷりの言葉に従ってしばし待っていると、扉の向こうで何やら詠唱している声が聞こえた。何の術だろう?
「はい、もう大丈夫ですよ。開けてください」
「って言ってるけど?」
目配せすれば、「わ、分かった」と歯切れの悪い返事がかえってきて、それならばと扉を開く。きっちりと騎士見習い服を着こなしているココが、笑顔で立っていた。
「本当に大丈夫?」
「あれから、お城の書物を調べたんです。そうしたら魔力の影響を遮断する術を見付けて。これできっと大丈夫です」
さすがは努力の鬼だ、抜け目がない。彼女は部屋の奥を覗き込み、コートを着込んだヤルンを見て「あらら」と呟いた。どうやら濡れ衣は着せられずに済んだようだ。
「ヤルンには部屋に戻ってもらって、食べ物を取ってこようとしてたんだよ。連れていくのもどうかと思って」
「そうですね。ヤルンさん、手を出してください」
言われるがまま、ヤルンが片手を差し出す。少しも筋張っていない、柔らかそうな手だ。ココはそれをそっと握り、探るように目を細めた。
「かなり多いですね。すみません、もっと早く気付いて、お教え出来たら良かったんですけど」
「自分で気付かなかったんだから自業自得だって」
「
「そうだな」
もう完全に患者と専属の看護師にしか見えない。
訓練や仕事を終えて部屋に戻ってきた時も、まだヤルンは戻れていなかった。
「調子はどう?」
「あと一息だと思うんだけどな」
結局、丸1日休んだことになる。ずっとこの姿で自室に引きこもっているのは辛かったらしく、扉に立つその顔は
ここは騎士寮の男子階だ。女の子がうろうろしていたら目立つし、ヤルンの性格的にも絶対にトラブルに発展する。見た目と中身のギャップが天井を突き抜けちゃってるんだよねぇ。
「さっきは師匠から伝令術の鳥が飛んできて、『自己管理がなっておらん!』とかなんとか説教されてさ。マジで参ったぜ」
「あははは。まぁ焦ってもしょうがないよ」
どうせココが例の水晶を持ってきてくれれば治るだろうし、のんびり構えていれば良いだろう……と思った傍から問題に突き当たった。
「あのさ」
「何だよ?」
「食べ物はまた持ってくるとして、……お風呂、どうする?」
ヤルンは「うっ」と呻いて固まった。ここの風呂は共同で、利用時間も厳しく決められている。明日はいつも通り仕事をするのなら、入らないのはまずい。でも。
「は、入る」
「どっちに?」
意地悪な質問だと分かってるけれど、確認しないわけにもいかない。彼、いや彼女はぷいっと顔を背けて言った。
「決まってるだろ、男湯だよ」
「それはみんなに激しく迷惑だね」
「じゃあ、どーしろってんだよ。女湯に行けってのか!?」
「そんな逆ギレされても。今は女の子なんだから良いんじゃないの? 痛っ」
適当に言ったら、またどつかれた。もうそろそろ頭が凹んできそうだ。
「馬鹿野郎っ、バレたら命がないだろうがっ」
何も怖い物なんてなさそうな顔して、やっぱりヤルンにも怖い物はあるんだなぁ。うーん、どうしたものか。……そんな不毛な押し問答をしていると、救いの主が現れた。
「お二人ともどうかしたんですか?」
「やっと戻れた……! さんきゅー、ココ!」
「良かったですね」
「お疲れ様ー」
ココが水晶を持ってきてくれたおかげで、こうして夕方には元に戻れ、めでたしめでたしだ。彼女に風呂の話をしたら、ビックリされ、少し笑われた。
「それはお困りでしたね。もしまた同じようなことになった時は……一緒に入りますか?」
「ココまで笑えない冗談言うな!」
ふむ。もし、か。
「ねぇ、もしもずっとあの姿のままだったら、本当に本物の女の子になっちゃってたかもしれないね?」
「!!」
冗談で言ったつもりだったのに、ヤルンはかっと顔を紅潮させた。ありゃ、地雷を踏んだみたいだ。自分でも不安に思ってたとかかなー?
退散した方が良さそうだと判断し、自分は一目散に逃げ出した。
《終》
◇彼が一番鍛えているのは脚力かもしれませんね。あとはツッコミを避けるための反射神経。
最近は避けられるようになってきたのに、今回やたらと叩かれまくっているのは外見のせいかと。やっぱり調子が狂っちゃうんでしょう。
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