最終話 騎士になった魔法使い・後編

 姫は、そんな俺のぼやきなど完全に無視して話を進めた。


「本当は他の合格者と一緒に作るのだけれど、すぐに出発するでしょう。だから、こちらで手配することにしたの。……ところでヤルン、ちょっと面倒なことになってるのよ」


 そこで彼女は何故か声を潜めた。採寸だけでも面倒なのに、更に何かあるのか? 試験は合格したのだし、他に周りに迷惑をかけるようなことをした覚えはないんだけど……?


「あのね、『謎の女性騎士見習いの服は誰があつらえたんだ』って、城のお針子達が騒ぎ始めているみたいなの」

「ぅえっ?」


 ちょっと待て。謎の女性騎士見習いって、もしかしなくても俺の話か? 晩餐会の直後は騎士を中心に噂が広がっていたみたいだが、色々と忙しくてその後までは知らなかった。

 鎮火したと思っていたら、他に飛び火してたのかよ。それもお針子達に……?


 あれは魔術で作った幻であって、本物の服じゃない。「誰が作ったのか」と聞かれれば、「自分自身」としか答えようがない。でも、答える必要なんかないだろ?


「いやいや、そんなの知りませんよ。放っておけば良いでしょ」

「彼女達の情報網は侮れないわよ。私にも防ぎきれるかどうか。ねぇ、せめて正騎士服は採寸しておかない? ……両方で」

「お断りですっ」


 採寸は、黙って立っていれば良い護衛の仕事とはわけが違う。何人もの人間に至近距離であちこち測られたらどんなボロが出るか、分かったものじゃない。っていうか、くすぐったいから何度もしたくないし。


「仕方ないわね。じゃあ、今度もまた魔術で『女性正騎士』に変装するのよね。これは、よくよく設定を練っておかないと」

「は? 『設定』……?」


 その先はココが引き取って続けた。


「正騎士試験には沢山の人が参加していましたから、事情をご存じない方には『無試験で正騎士になった』ように見えますよね? 謎が更に深まって、注目を浴びてしまうのでは?」

「うぐ」


 そ、それこそ知ったことじゃないっての。はぁ、だから晩餐会には参加したくなかったのに。想像以上の頭痛の種になってるし……。


「なら、そっちは見習いのままで良いじゃないスか。今回、試験は受けなかったってことにして」


 そして、次の試験実施時に何くわぬ顔をして受ければ良いのだ。俺だって今度こそ納得のいく試合をしたいと思っていたし、今回とは違うスタイルで戦えば正体がバレることもあるまい。

 ……おっ、考えてみると面白そうかも? そう提案してみると、ココが「ええっ?」と非難の声をあげた。


「そっ、そんなのずるいです。私ももう一回受けたいのに」

「お前、実はただ試合がしたいだけだな……?」


 肩に矢まで受けて、相当痛い思いをしただろうに、まだやりたいなんて根性があり過ぎる。姫からも「ほら」と物言いが入った。


「ココを見れば分かるでしょう。上昇志向の強い女性騎士が、試験も受けずに見習いのままというのは、かなり無理がある話よ」

「……みたいっスね」

「そうねぇ。そんなに正体を知られたくないのなら、やはり私が綿密な設定を練ってあげるわ。任せておきなさい?」

「なんて言って、『実は双子の妹でしたー』とかはやめて下さいね」


 あ、今ギクってしたな? と思ったのも束の間、こちらのジト目を避ける姫にお針子達の元へと押し込まれてしまった。くうぅ、何度やってもくすぐったい!



「師匠は先に行ったみたいだな」


 出発は本当にすぐだった。旅行に同行するキーマも一緒になって採寸を終えた後は昼食を早めに済ませ、荷物を持って城の玄関に集合、などという強行スケジュールである。


 向かってみると、整然と石畳が並べられた荘厳な正面玄関には、予定通りに馬車が二台止められていた。周囲には護衛役や使用人なども揃いつつある。

 馬車の手前には完成した魔導具の大きな布も広げられていた。最初に護衛の数人と使用人を送るためだ。次いで荷馬車を、最後に一等馬車ごと王族と残りの護衛をスウェルへと飛ばすことになっている。


「ココ、大丈夫か?」


 荷物を傍らにポンと置き、彼女の身を案じると、笑顔と「大丈夫です」の言葉が返ってきた。


「魔力を使う分には問題ありません」

「辛かったら残っても良いんだぞ?」


 帰りにまた手伝ってくれさえすれば問題ない。お姫様だって怪我の治療のためと聞けば文句など言うまい。そんな気持ちから出たセリフだったけれど、ココはむっとしてしまった。


「旅行以外にも大事な予定があるじゃありませんか」

「そっちだって、理由を説明すれば良いだろ」


 万全でない姿を見せる方が、家族も心配するのじゃないだろうか。しかし、ココの懸念はそれだけではなかった。


「ヤルンさんだけを行かせる方が心配です。この前の晩餐会の時のようなことが起きるかもしれませんし、こちらに帰ってこない恐れもありますよね?」


 俺は「そんなはずないだろ」と言おうとした。せっかく何年もかけて憧れの騎士になったのに、どこに行ってしまうというのか。それをノドでぐっと押しとどめたのは、頭に浮かんだ師匠の存在だ。


「皆さんが行かれるのに、私だけ留守番なんてあり得ません!」


 脇で会話を聞いていたキーマも「言えてるね」と同意した。


「だって、叙勲式にも出ないくらいなんだからさ?」

「じょくんしき? あ、あぁぁああぁぁっ! そうだよ、騎士になったんだから、任命のための式があるはずだよな! お、俺達、欠席っ!?」


 キーマがぽつりと呟いたあまりにも重大な内容に俺が大混乱し始めると、周りにいた全員が「このに及んで」という表情になった。


「何を騒いでいるのかしら?」


 そこへ、旅装のセクティア姫が双子の子ども達の手を引きながらやってきて、眉をきゅっと寄せる。

 付き添ってきたレストル他数名以外がざっとひざまずく中、自分だけはうまく感情を処理出来ずにあたふたしっ放しだった。


「せ、セクティア様っ。自分だけ後から追いかけても良いですか? 叙勲式にどーしても出席したいんですっ!」

「叙勲式?」


 お姫様は数秒間だけ真顔になってから、にこりと淑女らしい笑みを口元に浮かべて言った。


「そんなものがしたいの? なら、帰ってきた後で私が幾らでも開催してあげるわ。さぁ、フリクティー王国に向けて、いざ出発よ!」


 俺にとっては一生に一度の大切な式なのに、「そんなもの」扱いとは酷い。しかも王族自らが俺達のためだけに開催するなんて怖過ぎる。


「して貰うべきか? 諦めるべきか? どっちが正解だ!?」

「はいはい。先のことだし、旅の間にゆっくり悩んで決めれば?」

「さっ、行きましょう!」


 究極の選択を迫られて迷いまくる俺の腕を、ココとキーマが両側からがっしりと掴んで魔導具の布までズルズルと引きずっていったのだった。


 《完》



◇長い長いお話にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

 少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。


 この後は、番外編として本編に入れ損ねたお話を幾つか載せていくつもりです。本編以上に好き勝手に書いていますので、どんな話でも大丈夫!という方のみ、お読み頂けると嬉しいです。

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