第1話 陣と猫と行き先・後編

「貴方……無断で動物を飼っているでしょ!」

『……』


 うえぇ、引っ張っておいてそれ? 沈黙が痛い、誰かなんとかしてくれ。……まぁでもそのことで良かったとするかな。

 もしもキーマの件だったらもっと面倒臭いことになっていただろうし、その時はどうしようかと思っていたところだ。俺は、は~と大きく息を吐き出し、「『動物』なんて飼ってないっスよ」と伝えた。


「嘘を言ったって駄目よ。鳴き声や物音がするって噂が、この耳にバッチリ届いているんだから」

「嘘じゃありませんて、ちゃんと証拠を見せますから」


 そう前置きをしておいて、片手をすっと差し出し、呪文を唱える。


『我がしもべよ、主の呼びかけに応じよ!』

「にゃー」


 差し出した手の上にすぅっと現れたのは小さな灰猫のテトラだった。練習を重ねたおかげで、剣と同じくび出せるようになったのだ。

 他にも種類を増やすことと、もっと呪文を短くするのが今後の課題だな。


『ねこー!』

「わっ、ね、猫……!?」


 びっくりしている姫よりも先に強く反応したのは、子ども用の椅子に行儀よく座って一生懸命にカップケーキを食べていた王子達だった。

 ぽろりとケーキが零れ落ちそうになったので、周囲の侍女達が慌てて補助をしている。わわ、タイミングが悪かったみたいでスミマセン。


 それはさておき、俺が短く命じると、テトラは手からテーブル上にトッと降りて双子の元に歩いていき、またも「にゃあ」と鳴いてみせた。


『わあぁ』


 母親に似て好奇心の強い二人はすぐに飛びつくかと思いきや、そうではなかった。猫を間近で見るのは初めてなのかもしれない。

 目だけはきらきらと輝かせるも、恐る恐るといったふうに手を差し出す。テトラはその指を舌でぺろりと舐めて挨拶した。双子は『おおー』と素直に感動していて、ちょっと面白い。


「え、どういうこと? これ、猫よね。でも今、魔術で……?」


 姫は大いに混乱しているようだったため、俺はざっと説明をした。テトラが魔術で生み出した存在――使い魔であることをだ。


「だから『動物』は飼ってません。汚したり騒いだりしないので、居させても構わないっスよね?」


 結局俺の「使い魔」はコイツで確定なのかなぁ。はぁ、どうせならもっと格好良いのが良かったんだけど。


「へぇ、魔術ってそんなことも出来るのね。まぁ、動物でないのなら規則違反にはならないのかしら?」


 しきりに首を捻っているのは良いんだが、そもそもの話、この誰より我が道を行くお姫様に、規則ルールがどうとか語る権利なんてあるんだろうか。方々からツッコミが入りそうだ。


「また失礼なことを考えてるわね? ……それで、この子は具体的にはどんなことが出来るの?」

「え」

「『使い魔』なんでしょう? まさか『仕事で疲れるから癒されたい』、なんて言い出さないわよね?」

「えーと、ま、じゃなくて」


 あっぶな、「魔術を教えることが出来ます」ってストレートに口走るところだったぜ。そんな追及をされると思っていなかったから、答えなんて考えてないって!

 んん、「この毛並みに癒されるんですよねー」? ……いやいや完全に変人度MAXだろ! どうするかなぁ!?


 目を彷徨さまよわせているうち、視界に飛び込んできたのは双子とじゃれあっているテトラの姿だった。……あぁ、これはどうだ?


「こ、子守り……、そう、小さい子どもの相手が出来ますね」

「子守り?」


 言って、姫にも子ども達を見るように促してから、「自分はまだ未熟だから、これがせいぜいで。これから出来ることを増やしていく予定なんス」と付け加えた。

 別に嘘は言っていない。それにもし今後二人が魔導師になるのなら、家庭教師をさせるのも良いよな。あ、キーマの時みたいに、生徒を殴らないように命じておかないとまずいか。


 そしていずれは、きっと城に留まるであろう王子が、この城の魔術陣の守り手になってくれるだろう。……軽く十年は先になりそうだけどな。


「ふぅん? 二人も気に入っているようだし、時々相手をしてあげて頂戴」

「了解っス」


 おっと、そうだ。こっちにも大事な話があるのを忘れていた。そう思い、お茶を一口飲んでから切り出す。


「あの、今度、騎士の試験があるんですけど」

「知っているわ。入団試験と一緒に、見習いが正式な騎士になるための試験が行われるのよね?」


 こくりと頷く。双子やテトラと遊んでいたココもこちらに意識を向けるのが分かった。そう、待ちに待っていた機会チャンスが巡ってきたのだ。

 噂には聞いていたけれど、レストルが知らせをくれた時にはどんなに嬉しかったことか。姫はくすっと笑い、その上に真剣さを載せて「受けるのね?」と一言聞いてきた。


『はい』


 二人で声を揃えて返事をする。ずっと待ち望んでいたのだ。受けない理由があろうか。なんとしてでも潜り抜けて、本物の騎士になってみせるぞ!


「落ちたりして、私に恥をかかせないでね?」

「任せて下さいよ」

「頑張ります!」


 ……いや、このぴりっとした空気は良いんだけどさ、本題はこれじゃないんだよ。俺はごほんとわざとらしく咳払いをしてから、そうっと言った。


「それで、試験が終わったら、また少し仕事を休ませて欲しいんスけど」

「私もお願いします。代わりに分身を残していきますから」


 姫は突然の申し出に大きな青い瞳を丸くした。あー、全部言い終えたら怒るんだろうなぁ。


「またどこかに行くつもり? ……あぁ、もしかして『そちらのお仕事』かしら」


 再びこくんと頷く。師匠が言っていた『他からの依頼』ってやつをこなすためだ。しかし、行き先がちょっとよろしくないんだよ。


「穴を開けないなら私は構わないけれど、レストルとはきちんと相談してね。それで、今度は何処に行くの?」

「……」


 俺は即答出来ず、ココと目線を交わし合う。彼女もどう告げたものか迷う目つきをしていて、姫は怪訝な顔つきになった。再度、「何処に行くの?」と繰り返す。うわぁ、言うしかないか。……仕方ない!


「……こくに」

「え、よく聞こえなかったわ」

「ふ、フリクティー王国に、行ってきます」

「なんですって?」


 今いるユニラテラ王国の東に広がるフリクティー王国は、このセクティア姫の故郷であり、前に「自分を連れていけ」とせがまれた場所でもある。

 その時は諸々の事情から無理だと理由を付けて逃げ切ったのだが……。


「どういうことよ。私を置いて、自分達だけで行く気じゃないでしょうね……!?」


 パッと行って帰ってきたかったんだけど……このエキサイトぶりを見る限り、難しそうだなぁ。


《終》

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