第9話 忙しない日々と甘い匂い・前編

 健康診断の後は、やることが溜まっていてそこそこの忙しさだった。

 訓練や仕事の合間を縫い、最優先したのは子ども用の魔力を抑える魔導具作りである。もちろん、シリル王子とディエーラ王女のためのものだ。


 双子はまだ三歳にも関わらず魔力を感じ取れるようになってしまった。魔力や魔術が何かも知らないのに、この調子でどんどんと能力だけが強化されてしまうのはよろしくない。


「双子だからかも知れぬのう」


 夜の訓練の後で師匠の雑然とした研究室を訪れたら、そう考察された。お互いの結びつきが生まれながらに強いから、いわゆる「共鳴状態」を生み出しているのではないか、と言うのだ。


 もしそれが事実なら、各々の能力がそれほどでもなくても相乗効果で強まってしまうことになる。……いや、あんな現象を起こすくらいなのだから、一人ひとりの素養も低いとは思えないよなぁ。


 とにかく、せめて二人がもう少し大きくなるまではと、俺は魔導具を作ることにした。なにしろ、普通なら魔導士になるのは早くても10歳だ。既製品ではサイズが合わないため、自作するしかない。


「こんなに早く必要になるとは思わなかったわ」


 セクティア姫に事情を説明し、以前カフスを作った時と同じく職人を手配して貰う。ちなみに作るのは少しでも目立たないようにとカフスに決めた。

 と言っても、二人は小さいから大人が見下ろしたら見えてしまうだろうが。


『見えざる手よ、の者の時を止めよ』


 俺は完成したそれを二人の耳に装着し、いじられてしまう前に素早く物質の固定化の術をかけた。これで術者の誰かが解除しない限りは大丈夫のはずだ、多分。

 なお、着けても石の色はちろりとも変化しなかった。やはり発現前では駄目のようで、魔力を抑える効果の方はちゃんとあると信じるしかない。


『んんー、とれないよー!』


 二人は不満そうだったが、慣れるまでは我慢して貰おう。まだ幼いし、そのうちに違和感と共にここ最近の出来事もじょじょに忘れていくのではないだろうか。

 魔導師になるかを選ぶ時期までは、普通の子どもとして生活していって欲しい。本人達のためにも、周りのためにも。



「やっぱり俺が接触したせいなのかなぁ?」


 ずっと抱えていた疑問を呟くと、師匠は書類が山と積まれた執務机に着いたまま、「ふぅむ」と声を漏らした。正直あまり興味はなさそうだ。ブレない人だよな。


「どうせ、あの様子では遅かれ早かれ同じことになっておったわ。お主はそれを僅かに早めたに過ぎぬ」


 本当かよ。適当なことを言って胡麻化そうとしてないだろうな? 俺のジト目に気付いた師匠がごほんと咳込んで言った。


「魔術陣について教えた時、城に据えたそれを守るのが、城主の仕事じゃと言うたのを覚えておるか?」

「それは、まぁ」


 聞いたのはそんなに前でもないからきちんと覚えている。でも、だからってそれが何なんだ? 見ると、師匠はすぐに正解をくれず、弟子が自分で答えに至るのを待っていた。

 俺は腕を組んで頭を働かせる。うーん、うーん……あ?


「城主はそもそも、魔術陣を張れる力や知識を持った魔導師だった、ってことか?」

「ふむ、50点といったところかのう。本人がそうであった場合もあれば、近くに仕えた人間が魔導師だった場合もあるということじゃな」

「なるほど」


 つまり、ユニラテラ王家の先祖は自身が魔導師だったパターンで、だから子孫の中に強い素養を持った子どもが生まれてもおかしくない、と言いたいのだろう。

 んん、これってもしかして、物凄く遠回しに慰めようとしてる……? 回りくど過ぎて分からん!


 それはともかく、魔術陣に関連して、俺はもう一つ気付いたことがある。それは、この陣を操る技術が権力者に非常に重要視されているんじゃないか、ってことだ。


 師匠が各地の王族に顔が利き、名が知られているのは、城の要の修理屋だから、というのが大きいんじゃないだろうか。壊れたら文字通り丸裸だもんな、そりゃ大事にされるだろうよ。


 でもって、これからは俺がその役目を引き継ぐ、のか? まだあっちこっち曖昧なんですけど……? ところがそれについて確かめようとしたら、師匠は、この話は済んだといわんばかりにさっさと話題を変えてしまった。


「そんな些末なことより、わしとしては、お主がより強く王族に取り込まれたことの方が問題じゃ。おかげで身動きが取り辛くてかなわぬ」

「はっ? どこが『身動きが取り辛』いんスか。今だって十分好き勝手に生きてるくせに」

「……そんなことはないぞ」

「嘘吐け、今一瞬『どうかなー?』って考えただろ!」


 この人のことだ。この前のような件が起これば、また勝手に遠出するに違いなく、それに俺を同行させる気も満々だろう。その証拠に、夜の訓練は転送術に一区切りを付け、分身術に移行しつつあった。

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