第8話 魔導医の健康診断・中編

「それより、健康診断をして貰いたいんだけど」

「イリクさん、お願い出来ますか?」


 イリクは頷き、棚からカルテらしきものを取り出す。診断は身長や体重の測定から始まった。なお、測定の際、俺はココの数値を知ってしまわないように気を付ける。


 さてさて、自分の結果は……あんまり伸びてないなぁ。がっかりだ。それが済むと、今度はイリクと向かい合って座り、魔力のチェックを受けることになった。流れに異常があれば教えてくれるのだ。


「じゃあまずは腕輪……じゃなくてカフスを見せて貰うよ? うわ、噂には聞いてたけど、本当に真っ黒なんだ。この王城に居ても青だって滅多に見ないし、赤なんてまだお目にかかったこともないのに。黒なんて初めて見たよ」

「そ、そんなことは良いから、さっさと済ませてくれよ」


 勝手に大興奮されても返しようがなくて困ってしまう。やっぱり青も赤も珍しいんだな。イリクは俺の脈を取ってから握手をし、目を閉じていよいよ魔力を探り始めた。


「それじゃあ、色々と診せて貰うよ」

「え。い、『色々』?」


 意外な発言に驚かされる。色々ってなんだ、魔力の流れのチェックだよな? そう確認したら、イリクは目を閉じたまま首を振って否定した。


「兵士はそれだけで終わりだけど、騎士は魔力が強い人も多いし、大きな魔術を使うから、万が一に備えてもっと調べるんだよ」


 だから、色々って具体的には何を調べるんだよ! そう問いを重ねようとしたら、彼はまたしても「わっ」と声を上げた。量に驚いたらしい。


「想像以上だね。人間って、ここまで魔力を増やせるものなんだ」


 そんな、人をバケツか何かみたいに言わないで欲しい。まぁでも量について言われるのは予想済みだ。分からないのはその先である。どんなことを言われるのやら、緊張の一瞬だ。


「あぁ、治癒術だね。それからこっちは、て、転送術? 魔導具なしで使える人、初めて会ったよ! あとは……えっ、何だこれ、聞いたことのない術だな」


 うえぇっ? これってまさか、最近使った魔術の履歴をチェックしてるのか? 分からないのはきっと魔術陣のことだよな。

 魔導医ってそんなことも出来るんだ、凄ぇな。って、感心している場合じゃないぞ、おいおい、この流れはまずいんじゃないのか……!?


「こっちは、魔術印? もしかして恋人でも出来た? あ~、ココと」

「だーっ、その話はあとっ!」

「う、うん。分かった。じゃあそれから……あれ、変装術? 珍しい術を使うんだね。それもかなり頻繁に――えええっ!?」


 イリクは驚きを口から吐き出し、手も放して俺を凝視した。


「や、ヤルン。君は一体、何の仕事をやってるの!?」


 ひぎゃー! この反応、絶対にバレてる!! こんなに恥ずかしい秘密をこんなに身近な知り合いに知られるなんて最悪だ! いっそ一思いに息の根を止めてくれぇっ!

 

「し、知ってるだろ? セクティア様の護衛役だって」

「その護衛役の仕事になんで『そんなもの』が必要なのかって聞いてるんだよ。……趣味なの?」

「違うッ!!」


 またそれか! どうして最初にその選択肢が出てくるんだ。いい加減にしてくれ、俺の客観的イメージってマジでどーなってるんだよ!?


「ちょっと、医務室で何を騒いでいるの?」


 年嵩の女色が耳に飛び込み、俺達は揃ってびくりと肩を震わせた。この部屋のもう一人の主が所用を済ませて戻ってきたらしい。

 それは白衣を纏った20代後半くらいの女医だった。濃い色の髪を後ろでざっくりと纏めている。イリクからすれば先輩か上司にあたる人だろう。


「あら、この二人は?」

「あ、健康診断を受けに来た人達です。結果はこちらで、あとは女性の魔力を診たら終了です」


 イリクが言って、診断結果を書き込んだカルテを見せると、化粧がばっちり決まっている彼女はざっと目を走らせて「あぁ、例の」と呟いた。

 うげげ、医務室でまで有名になっているなんて、もう城内で知られていない部署なんてなさそうだな。兵士になりたての頃、「勇名を馳せたい」と願ってはいたが、それは断じてこんな形じゃないぞ。


「ありがとう。あとは私が交代するわ。あなたはカルテの整理をお願い出来る?」

「分かりました」


 ウェーブがかったロングヘアの女医は、そう言ってイリクの代わりに丸椅子に座り、ココの診断をした。特に異常はないようだ。

 それを終えると、彼女は後ろで待っていた俺を呼び寄せ、ココの横に座るように告げる。え、なんだ? 終わりじゃないのかよ?


「あの、健康診断はこれで終わりじゃないんですか?」

「診断はね。魔導医として、あなた達に伝えておきたいことが出来たから」


 伝えておきたいこと……? 彼女が長い足を組み替えると、膝まである白衣の裾がばさりと音を立てる。一呼吸置いてから口を開いた。


「魔力は溜め過ぎも減らし過ぎも問題なのは知ってるでしょう? 二人は特に多いようだし、一番良い体調でいられる容量を自分で知っておくべきね」


 それについては何度もハプニングを起こしてしまったので、ここ最近はきちんと気を付けている。


 増え過ぎた時にうっかり余剰分を水晶に込め忘れたり、そもそも空の水晶がなかったりしてしまうだけだ。……って、思い返したら全然きちんとしてなかったな。

 そんなことをぽつぽつと話すと、女医も呆れ顔になってしまった。


「そうね。魔力がどういうものなのか、そもそもを教えてあげるわ」


 魔力の、そもそも? そんな基礎的なことを、魔導師になった今更になってレクチャーされるなんて思わなかった。ココと目を合わせると、彼女もきょとんとしている。

 しかし、わざわざそういうからには何かがあるのだろう。静かに傾聴することにした。

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