第7話 ウォーデン見物・後編
「……ふー。あんなところで大声出すなよ」
工房が建ち並ぶ通りの隣に出てみると、そこは職人達の住居地区らしかった。木造の似たような建物が乱雑に並んでいる印象で、道も狭い。
昼間は大人がほとんど出払ってしまうのだろう。年寄りが集まってのんびり日向ぼっこしている周りで、幼い子どもが走り回っている。……とりあえず危機は脱したみたいだな、よし。
「だって、先生達が気付いてくれなかったから」
子どもかよ! ……子どもだったわ。いつも強気で、リーダーを気取っているハリエしか知らなかったから、外で会うと妙な感じがするな。お互い様か?
今は一人きりのようだし、生徒は学院外での魔術の使用を禁じられているから、少し気弱になっているのかもしれない。
「悪かったって。けど、外で会った時は先生呼びはやめてくれよ」
「えー、先生は先生じゃない。他にどう呼べばいいんですか?」
「好きに呼べばいいだろ」
「じゃあ……ヤルン君?」
「殴るぞ」
「好きに呼べばいいって言ったくせに。暴力反対―!」
あぁもう、下から高い声でぎゃあぎゃあとうるさいな。言い方がちょっとキーマみたいでムカつくし。
「呼んだ?」
「呼んでない!」
「それで、ハリエさんはどうしてこちらへ? お買い物ですか?」
やりとりを見守っていても埒が明かないと判断したのだろう。ココが優しく問いかけた。
ハリエは確か学院の寮住まいだったか。寮は学院敷地内の端にあり、寮母が子ども達の面倒を見ているはずだ。もちろん食事もスタッフによってちゃんと三食準備される。となれば、ここへ来たのは個人的な買い物か。
「せんせ、じゃなくて、みなさんは?」
「観光ですよ。まだこちらに来て間もないので、あちこち見て回ろうと思いまして」
「観光……」
質問に質問で返してきたハリエは、「じゃあ」と顔を上げた。何やら面白いことを思いついたみたいだ。
「一緒に行きませんか?」
「どこにですか?」
おいおい、良からぬ場所じゃあるまいな? 彼女はココの腕を取り、ふふんと笑って、「魔導士なら外せない場所です。でも、内緒にしてくださいね」と言った。
「この感じは……」
「うげ、きっついな」
ココの囁くような声と俺の呻きに、ハリエが「気づきましたね」と笑みを濃くする。少女の先導のもと、細い路地をネズミの如く抜けた先には、濃密な魔力の気配が漂っていた。
職人通りはとっくに過ぎ、家々も遠ざかったその辺りは、中央通りと構えだけは似ている。一見、商店街かと思う佇まいだが、普通でないことは肌でビリビリと感じた。
「どういうこと?」
俺達が顔を顰める中、魔力ゼロのキーマだけはきょとんとした顔であちこち眺めている。説明は面倒だけれど、この場合は仕方がないか。どう表現するのが伝わりやすいだろう?
「そうだな、分かりやすく言うと……それぞれの店が違う匂いのお香を一斉に焚いている状態、かな」
「そりゃ、想像したくないね」
比喩でなく実際に香を焚いている店もあるようで、煙たさが漂っている。鼻が、いや、体の奥が刺激されてウズウズと落ち着かない。水晶に魔力を込める前だったらヤバかったかもしれない。
「ここは魔術に使う道具を扱う店が集まった区画なんですよ」
ハリエの言葉も予想通りだった。あちこちにかけられた看板の文字も古代語が多くて、通りそのものに浮世離れした雰囲気を醸し出す。
「さすがは学校まで作っちまう町だな」
「ちょっと信じられない光景ですね」
熱心さに感嘆せずにはいられない。魔導具は扱いが難しいので、誰でも売れるものじゃないのだ。それがこんなにあるなんて驚きである。
ちょうど通りの真ん中に出たのだろう。右を見ても左を見ても、端がかすんで判然としない。まったく、「壮観」の一言に尽きる。
「ハリエは時々来てるのか?」
さっき「内緒にして」と言っていたなと思って問いかけると、彼女はばつの悪そうな素振りで「えぇ、まぁ」と返事する。
「学校にはないものが色々あって面白いから、休みの日に時々。……本当は駄目なんですけどね」
「だろうな」
学院では優秀な人材育成のために幼い子どもに魔導書を与えはするけれど、その身分は「半人前」以下だ。
無論、教えるのは基礎の基礎。大人が良いと決めたものだけを与えている。その学院が、生徒にこんな場所への出入りを許すとは考えられなかった。
「間違っちゃいないと思うけどな。実際、危ないんだぞ」
ぽつりと漏らすと、ハリエはむうぅと唸った。いや、そんなにムクれても、決まりを作ったの俺じゃねぇし。覆すつもりも力もねぇし。
「まぁ、今回は案内してくれたお礼に黙っておいてやるよ」
ここで学院の経営方針について問答を始めるほど、こちらもお人よしじゃない。それよりは有意義な休日を過ごしたい。
「それにしても、匂いがキツすぎるだろ。ココは大丈夫か?」
「はい、なんとか。ちょっと辛いですけど……」
「大丈夫ですか? 魔力が強い人ほど辛いのかも」
無意識に胸をさすっていたらしい。何度も訪れていて慣れているハリエが心配そうに顔を覗き込んできた。うう、俺、そこまで酷い顔色をしているのか?
手をひらひらと振って「大丈夫」と繰り返す。かなりの不快感がするが、どうせこの手の症状には慣れるしかないのだ。
「キーマはどうする?」
「ヤルン達と一緒なら見て回っても問題ないんじゃない?」
「んじゃ、決まりだな」
結局、その後は日が暮れるまでショッピングに勤しんだ。
「おっ、これ見てみなよ」
「こっちも面白そうですよ」
全部の店を覗くのは到底不可能なので、ハリエのおすすめの店に入っては新しい魔術書を見つけて盛り上がったり、見たこともない魔導具を前に興奮したり。
そうしているうちに気分の悪さもかなり解消された。この場に体が馴染んだためだろう。思わず財布のヒモが緩んで色々と買い込んじまったぜ。むむむ、ちょっと悔しい。
「へぇ、こんなものもあるんだ」
魔導具は、ほとんどの品は魔力がなければただのガラクタだ。キーマにはつまらないかと思ったけれど、物の形ひとつ取っても奇抜で、眺めるだけでもそれなりに楽しめたようだった。
「あっ、そろそろ寮の門限の時間だ。帰らないと」
ハリエが言い出したのをきっかけに、その通りを離れることにした。店を出れば夕暮れも終わりかけの薄暗い時間帯である。
「それじゃあお先に」
「んな訳にいくかっての」
ハリエはにっこり笑ったが、ここで別れて何かあっては最悪だ。彼女を送りがてら自分達も帰ろうと決めた。
「わぁ……」
ココの感動を含んだ吐息が聞こえる。無事に辿り着いた中央通りは、ちょうど灯りをともし始めるところだった。
店の軒先に吊るされたランプに火や魔術の明かりがぽつぽつと付けられ、それがどんどん広がって、夜の暗がりに沈みゆく町を光の中に浮かび上がらせる。
「星空みたいですね」
口にしてから、少し恥ずかしかったのか頬を染めてはにかむ彼女の顔も、淡いオレンジ色に照らされている。空を見上げれば満天の星空があり、まるで町の風景を写し取ったみたいだ。それとも逆だろうか?
「あー、その顔は何かロマンチックな妄想してるでしょ?」
「うるせぇな、『妄想』言うなっ」
キーマへのツッコミで幻想的な雰囲気はぶち壊しだ。まぁ、ガラじゃないし、ココもハリエも笑っているから良しとしておくか。咳払いを合図に、4人は再び柔らかい光の中を歩き出した。
《終》
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