第3話 少女の昼下がり

「マジでこの城、デカ過ぎだろ」


 城での訓練が開始されてから、瞬く間に数日が過ぎた。と言っても、ここでの身分は当然の如く下っ端に等しくて、見習いと大差ない。

 まずは王都を守る兵士達に混じり、城の構造を覚えるためもあって、毎日広い広い内周をぐるぐると走らされ、足腰を中心に体を鍛える基礎訓練が続いた。


 それでも魔導士の俺達はまだマシな方だ。午前は他の奴らと一緒に体力作りをさせられて大変だが、昼食を挟んだ午後は精神集中やら呪文の詠唱訓練やらで身体を休める時間があるからだ。


 剣士はその間、ず~っと素振りや反射神経を磨く訓練をやらされているっていうんだから、凄まじい。そんな訳で、今日も早朝から走りに走ったあと、午後に向けての休憩時間が訪れた。


「はー、疲れた」


 どっかりと屋外訓練場の片隅に座り込んで、料理番に手渡された布の包みを広げる。芝生がちくちくと肌が露出した部分に刺さったが、疲れ切っていると気にならないものだ。


「お、美味そう」


 本日のランチはパンとミルクと干した果物だった。

 お城だからって毎日豪華な食事が出るわけじゃない。きちんとしたメニューが出る夜に比べて、昼間は戦場に出た時に備え、質素な食べ物にも慣れておくようにと、簡易な内容に決められている。


 ぐったりするほど疲れた時に食べ過ぎると胃腸に良くない、とかいう理由もあるらしい。もっと食べたいけれど、そうしたら昼が眠くなるし、ここは我慢のしどころだ。


「えぇと、午後は屋内でしたよね」


 隣に座ったココが、固くて丸いパンをもそもそと千切りながら言う。

 ここではマナーにうるさい奴はいない。必要な情報を交換しつつ、補給を済ませる癖を付けなければ、戦いでは味方からも置いていかれてしまうからだ。とにかく早く食えってことだな。俺の大得意分野だ。


「ん、あぁ。詠唱の反復訓練と身の守り方の演習、だっけ?」

「二人一組になって、実地でやると聞きましたよ」


 彼女は俯いた。ミルクで口の中のものをガンガン押し流し、俺はふうんと応える。なんだか、いつになく元気がないな。


「不安か? ココだったら何が来たって平気だろ」


 パンを手に持つ俺達の手首には今もあの腕輪が嵌められ、石がそれぞれの色を灯している。俺は赤、ココは青。どちらもかなり濃い色である。


「失敗が怖いとか?」


 この腕輪があれば強い術は威力をかなり抑えられるし、そもそもココが術を失敗することは滅多にない。俺の方がよほど覚束おぼつかないくらいだ。


「そうじゃないんです。私だって兵士に志願したのですから、失敗することも、怪我を負うことだって覚悟は出来ています」


 それは本音だろう。

 見習い時の訓練や、旅で体力を付けたのも手伝って、ココは女であるハンデをものともせず、訓練に付いてきていた。俺達よりずっと疲労を溜めているはずなのに、弱音をあまり吐かない。それなら、何を躊躇ためらっているのか。


「……組んだ相手を傷つけてしまったら、どうしようと思ってしまって」

「それこそお互いさまだろ。みんな『覚悟』決めてきてるんだからさ」


 即答した速さに、ココがきょとんとしている。俺だって全く葛藤しないわけじゃないのだ。敵なら容赦しないが、少なくとも、訓練の相手は仲間だしな。


「訓練じゃ人は死なないって。怪我は魔術で治せるし、気にする必要ゼロだ」

「そう、ですね」


 まだ何か言いたげな瞳を伏せ、小食気味のココは果物を小さな口に入れて咀嚼し始める。多分、相手と自分との魔力差について思うところがあるのだろう。同じ術でも、元の魔力が違えば、威力も変わってくるから。


「納得してないって顔に書いてあるぜ?」

「そ、そんなことは……」


 俺は気持ちの機微なんて察するガラじゃない。ただ、自分にも身に覚えがあるだけだ。


「想像してみてくれよ。俺だって似たようなことを考えたけど、その最初の相手が師匠だったんだ。悩むだけ無駄だって想像つくだろ? 手加減したら最後、どかーんとやられるのはこっちなんだからな」

「はぁ」


 皮肉っぽく笑ってみせていると、ココの向こうからぬっと顔を出す奴がいた。


「おっ、ヤルンがマジメな話してるー。似合わなーい」

「いきなり割り込んできて失礼なこと言ってんじゃねぇ!」


 せっかくの真剣な重い話を空気もろとも見事にぶちこわしたのはキーマだった。

 ゴスッ! 俺の右肘が唸りを上げて脇腹にヒットする。よっしゃ、当たった!


「痛っ! ひ、酷くない?」

「うるせぇっ、ちーーっとも酷くない。それ以上文句言ったら魔術コンボ繋ぐぞ!」


 言うが早いか、脳裏にはどの術をいかに淀みなく繋ぐかのシミュレーションが始まる。


「まず風で足元をすくうだろ。でもって雷で鳩尾みぞおちを貫いている間に背後から火柱をだな」

「死ぬ死ぬっ。それは本気で命が散る! 悪かったってば、謝るから!」


 くすくす。控えめな声に俺達が振り返ると、ココが笑っていた。彼女は目元に浮かんだ涙をそっと指先で拭って、笑ってしまったことを詫びた。


「ごめんなさい。でも、ヤルンさんが羨ましいです」

「は? 今のやりとりのどこが羨ましいんだよ」

「そうじゃなくて。いえ、お二人の仲の良さも羨ましいですけど」


 仲が良い、ねぇ? 真の親友は、大事な話の腰をへし折ったりしないだろ。


「オルティリト師匠せんせいのことも。私にも、そういう人間関係が作れたらなって思って」


 どんな人間関係だ。俺にはココの言いたいことがさっぱり理解できなかった。

 こっちの話は完全スルーで弟子にされて、特訓で夜は眠れないし、生傷は増える一方だし、知識は無理矢理詰め込まれるし。不満を挙げ始めるとキリがない。


「げぇ、改めて考えると本気で落ち込むな……」


 ちなみに、城に入ってからは今のところ夜の特訓は行っていない。日中がキツ過ぎて体が保たないのを、師匠もさすがに分かっているのだ。素直に有り難い。もし問答無用だったら、冗談抜きにぶっ倒れてるところだ。

 まぁでも慣れたら再会するだろうし、ここでも魔術書は漁って読むように言われているのだけれど。


「熟練の魔導師に認められ、特別な訓練を受けられる機会なんて、そうそうあることじゃありません。才能があっても師に恵まれないことは良くあるお話ですしね」

「あんなのでも?」

「ふふっ、そんな風に言っては失礼ですよ」


 毎日無心で魔術を学ぶココの胸の裡に、そんな悩みがあったとは。絶対に誰よりも勉強しているのに、まだ足りないなんて貪欲な奴だ。

 それにしても、剣士になりたいのに魔導師に認められるって、人間関係に恵まれてるって言えるのかなぁ。ううーん?


 《終》

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