放浪画家の異世界旅行記
色彩 絵筆
1幕どこか懐かしい村と歪な料理屋
第1話プロローグ
絵を描いている。とても美しい草原の絵だ。
その場所を見つけたのは偶然であり必然でもあった。
街から村へと向かう一本道の道中、僕は木漏れ日溢れる森を抜けてその光景に出会った。
ちらちらとまばらだった光は『ふわっ』と全身を包むようになり、視界が『わっ』と開けた。
太陽がてっぺんにある快晴の空はどうしようもなく高くて、起伏のない草原は地平の彼方まで続いているように思えた。
草原は道を挟んで両側にあり、どこまで行っても『青』と『緑』しか見えなかった。
大きく息を吸い込む。草たちの青臭さと空の澄んだ空気が肺いっぱいに広がった。
村に行こうと思った理由は特別にはない。街でただそんな村があることを聞いて『ふーん』と思って予定もなかったのでなんとなく行ってみようと思っただけ……。
決まった場所に仕事を持たない僕はどこへ行くにも自由だ。
だから、村へ行こうとしたのは気まぐれの偶然でこの光景に出会うのはその瞬間必然になったのだ。
しかし、これは誤算だった。この光景だけで村に行く理由としては十分だった。
草原に一歩、足を踏み入れる。誰も踏んだことがないだろう草たちはは異様と思えるほどにふわふわしている。
もしかしてと思い、革製のアーミーブーツを脱ぎ捨て素足で草を踏んでみる。
だが、やはりそんなことはなかった。自生している植物特有の切れ味というか、そういうものが存在している。ふわふわではあったがふわふわではなかった。
しかし、悪い気はしなかった。
この光景を書いてみたいと思った。
僕は草上に手提げのカバンを置き、開く。
中には画材道具の一式がはいっている。筆、パレット、イーゼルと出先でも絵を書くことには困らない程度に詰めこんだだけなのだが中はそれだけでいっぱいになってしまっている。他のものはあんまり入っていない。
草原で絵を描いている自分を想像してなんとなく、構想をした。構想といっても広がっている色は緑と青しかないため描き始めるまではなんとなくしかわからかった。
使われている色が少ない。それがむしろ構想を練るうえで障害となっているのかもしれない。
考えていても仕方がないので、とりあえず使う色を練っていくことにする。こういうときはいつだってやってみたほうが早い。
カバンから三つの小瓶を取り出す。
そのうち二つの中には黄色の粉と青色の粉が入っている。せっかくなので街で買い足した色を作っておこうと思ったのだ。細かいことが苦手な自分はできるときにまめにしなければ一生やらないとわかっていた。えらい。
パレットの上に粉を少量こぼし、水筒に入っていた水を加え、三つ目の小瓶の中身である水彩絵の具用の油を加える。
「あ……。」
少し水を加えすぎたかもしれない。この作業をするにあたって水筒の飲み口が大きすぎたらしい。ぼんやり考えながら気にせずに作業を進めた。
水分量で色の濃さが決まるというのは水彩絵の具の利点でもある。少し濃い絵の具が欲しくなったら待てばいい。あいにく今日はいい天気なのだ。太陽が勝手に色を濃くしてくれることだろう。決して顔料と油を足すのが面倒とか、そういう理由ではない。もう一度言うめんどくさいわけではない。
同じ工程を経てもう一色も作成する。完成した絵の具は空瓶にいれ、いったん放置しておくことにする。
構想を練っていた。どう描こうかとか何を描こうかだ。
ここ草原で草がある。そして雲一つない空だ。
しかし僕は、草を描きたいわけではなく空を描きたいわけでもなかった。
この景色を描きたかった。森の道を抜け、草原に出会った。その時の自分の感動を描きたかったのだ。思い出として形に残したかった。
腕を組み悩んだ。ただ描くだけでは緑と青の境界線ができるだけになってしまう。
なんとなく草を摘み取った。どこにでもあるような草だった。なんとなく見たことがあるような気もする。
だが、生えていた草の隣の草を見ると葉の形が違っていた。他を見るとそれぞれ違う個性を持っていることに気づいた。最初に取ったギザギザな葉っぱのもの、丸みを帯びた葉っぱのもの、つるが地面を張っているもの。
同じ場所にいても、種類は様々なんだと知った。
そんな植物たちの力強さに魅了されたのかもしれない。
そう思い下書きを始めた。
びっしりと地面に張り込む草たちを描いていく。
それはどこまでも続いており、互いに折り重なりあうようにして暮らしている。
そこには、たくましさがある。自然で暮らす者たちの力強さだ。
描き足していくたびに複雑になり密度が増していく。水彩画の下書きは複雑に書き込んでも仕方ない気がするが、これくらいしなければ表現できないような気もしている。
終わるころにはパッと見ただけではわからないくらいになっていた。
これは色づけがしんどくなるかもしれない。描ききれないだろうなーと思う。
パレットを開くと前回使った色がそのままになっている。固まった色の固まりたちは水を加えることによって元の絵の具へと戻る。持っていた水筒に筆を突っ込み、それぞれの色を溶かした。
少なくなっていた二色を継ぎ足し準備は完了した。
先ほど作った青と黄色二つの色を混ぜ合わせ色を作った。二色とも同じくらいの分量で合わせるとする。
すると、日にあたった鮮やかな葉の色、それに近い色が出来上がる。
筆に水を少々多めに含み、少し色を付けてみる。そこを起点にしてじんわりと色が紙に滲むように広がっていく。
紙はイーゼルに立てかけられ斜めになっているため下のほうに色が溜まっていった。それをすくうようにしてまんべんなく色を広げていく。
場所によっては色にムラができ濃いところ淡いところができてしまうがそのほうが自然な表現に感じるので好きだ。
今度は黄色少なめ、青多めで色を作る。すると、少し濃いめの緑色が出来上がる。
日に当たっていない、影の部分を表現する。薄い緑色に重ねて濃い緑を入れていく
だんだんと差ができ、絵の輪郭がはっきりとしてくる。それぞれ形の違う葉をそんな作業を続けた。
空を描く、今日のように鮮やかな青色を選んだ、草も空もどちらも生かせるように片方が際立つことのないようにしようと思う。
空の部分を塗っていく、のてっぺんに一筋の線を引いた。垂れていく空色の水を追うように水だけを筆に含ませ塗っていく。
下におりるに従って空は薄い色になり最後には塗っているのかすら曖昧になる、しかし確かにその場所には色が存在しており空と草原の曖昧な境界が出来上がった。
草原を描き、空を描いた。
気が付くと日は傾き、僕が感動した景色は無くなっていた。
赤く焼けた空と草原、沈む夕日が目の前に広がっている。これはこれできれいだと思う。
あらためて自分の絵を見る。
そこには、確かに先ほどの草原の姿が絵になっている。
「まだまだかな……」
出来には満足しているが、これを見た人のことを考えた。その人は自分が心を動かされたこの景色を絵越しに見て同じ感動を得られるのだろうか、草の匂いと空の高さを思い起こせるのだろうかそんなことを考えた。
「まあ、いっか」
今度誰かに見てもらおう。人の感動なんてわからないものだ。僕が感動したこの景色だっていつも使っている人から見ればただの道で、こんなに長居することもないだろう。それは少し残念なことにも思えるがそれが世界というものだ。無常。
それにしてもすっかり遅くなってしまった。目的地には今日中につくはずだったのにもうすぐ日は沈んでしまう。仕方がないので今日はこの草原で一泊することにしよう。周囲を見渡すとちょうどいい石が転がっていた。足ははみだしてしまうが寝ころべそうだ。
こんな感じの一日だった。その草原の夜空には無数の星が散らばっていた。
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