夕立に眠るお茶会
猫又大統領
第1話 プロローグ
ある日を境に単調で特徴もなく平穏だったこの町の夏は、毎日のように落ちる雷に悩まされるようになった。避難をする途中のケガや民家や街灯の破損などの被害が出始め、夏休み中の学生に対して部活動の短縮や停止などの措置が取られた。
そんな騒動の前、暗闇から夏の始まりに浮かれる姿の見えない虫の鳴き声を背に受け、雲に消えそうな月明りと車のルームライトを頼りに、赤い軽自動車の後部座席に真新しい青いシートに素肌を包まれた妹を、力のない僕は落とすように横たえる。その弾みでシートから片足が飛び出した。
細く青白い足をそっと摘まむように持つと、肌に触れた指先がひんやりとする。膝やすねのあたりには所々に大小さまざまな擦り傷といくつかの青紫色の内出血があった。その時は僕の家の家庭の事情によってできたものだと思っていた。家の中で懐中電灯を探している母の気配に意識を向けながら、僕はズボンのポッケからよれよれの絆創膏を掻き出すように取り出す。一番大きい傷の上から肌の表面を撫でるように張る。せめて、ピンク色の絆創膏ならよかった。
そう思いながら冷たい足をシートにゆっくりと戻す。
「ごめん」
僕以外に決して聞こえないように、消えそうな声で顔のあたりに向かって僕は謝った。
母が懐中電灯を点滅させながら戻ってくる。
「このライト消えないか心配」母は懐中電灯の灯りを覗き込みながら言った。
「電池持ってくるよ」返事を待たずに僕は歩き出す。
「それより、私が傍にいない間に妹に変なことしてないわよね? 生きていても死んでいても妹は妹なんだからね」。
「何もしてないよ」足を止めて答える
「このくらいの女が好きな男もいるからさあ」懐中電灯の灯りを僕の顔に当てながら嫌悪感を増す会話を続けた。
「そうなんだ」右手で光を抑え込みながら、話が広がらないように答える。
「まあ、何しててもどうでもいいか、死んでるんだしね」そう言うと、灯りを消し、母は運転席に乗り込んで身体を捩り、懐中電灯を後部座席の青いシートに放り投げた。それは、妹の顔のあるあたり。
「早く乗んなさい」
軽く頷いて、僕は助手席に乗り込む。
―――邪悪で極端な考えが頭を駆け巡る。従順な僕には母は殺せない。でもこんな僕が母を殺す。
探偵気取りの柔道部の友人とニセ刑事と魔女と魔女の騎士の前で。
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