第2話  イヴ

「で、上がったの?」

 人に器物破損の責任を被せた次に出てきた言葉はそれだった。当たり前だがその表情に悪びれる意志の欠片も見つけられない。

「上がったってなにが?」

「馬鹿ね、上がったかどうかを聞いたらそれは冒険者ランクに決まっているでしょ」

 おかしい。イヴには何日か前にも同じことを聞かれたはずだ。ランクはそんな簡単に上げられるものじゃない。

 なのにイヴは今なんのためらいもなく訊ねてくる。おかしい。若年性健忘症にでもなったのかもしれない。

「数日前にも答えたと思うけどEのままだよ」

 丁寧に先日伝えたことも合わせて教える。

 イヴが首をかしげる。言っていることが分からないといった風に。

「それは覚えてるわよ。当たり前でしょ」

 ならなぜまた聞いてくるのだ。

「そこから上がったかどうかを聞いたんじゃない。で、上がったの?」

 上がるわけないだろう!

そんなポンポン上がるものなら三ヶ月たってもEのままである訳がない。

「あのねイヴ、冒険者ランクはそんな簡単に上がるものじゃないのよ。あなたのランクを上げるスピードが異常なだけなの」

 あまりの物言いに呆然としていた俺の代わりにエルシャさんがイヴをたしなめる。声は若干呆れぎみだ。と同時に、イヴが木っ端みじんにしたテーブルを片付けるために他の給仕達を手を振って呼ぶ。

 そしてその場の処理を他に任せた後、エルシャさんはこちらを向いて明後日のほうを指し示す。

「二人とも、とりあえずあっちの席にいって話しましょ。ここは彼女たちが片付けてくれるから」

「エルシャは片付けなくていいの? そういうの職務怠慢っていうんじゃない」

 にまーっと表情を変えながらエルシャさんの提案に口をはさむ。

「いいのよ」

 そんなイヴの言葉もなにふく風といった感じでエルシャさんが返す。

「私はこのギルド酒場でのイヴのお世話担当ってことで通ってるからね」

「なによ私担当って!? どういう意味よ!?」

 声を大にしながら食って掛かるイヴ。

「どういう意味ってそのままの意味よ。あなたがところかまわず色々な人と暴力沙汰のけんかばっかり起こすから、他の受付の娘達が怖がっちゃってるのよ」

「それはあっちがけんか売ってくるから、仕方なくよ!」

 反論を飛ばすイヴ。

「それにしたって相手が病院送りになるまでやらなくてもいいでしょ」

 それにたいしてエルシャさんは頬に手をあてながらわざとらしくため息をつく。エルシャさんがやると本当に困り切ったように見える。

「だって…、弱いくせに、けんか売ってくるから、手加減したのに、弱すぎるから…」

 正面からエルシャさんをみずにぶつぶつ思いをイヴは口にする。

「まあ、頼まれなくてもイヴは私が面倒見るつもりだから関係ないんですけどね」

「エルシャ?」

「そんな顔しないで。ちょっと言い過ぎたわ。ほら、あっちでなにか食べましょう」

「…うん」

 そんな様子を見て困った振りを止めてイヴの頭をなでて慰め始めたエルシャさん。身長差があるおかげでエルシャさんはかがんでいる。まるで子供をあやす母親みたいだ。ちなみに全くもって言い過ぎではないと思う。(決して口にはしないけれども)

 そして二人は並んで空いている席のほうに向かって歩いて行く。手まで繋いでいる。

 とりあえず嵐が去った。目の前には割れたテーブルを片付ける給仕嬢たち。まとめて俺の料理達も消えていく。

 別の席で注文し直すか。もちろんイヴ達とは別の席で。わざわざ怒鳴られるためにそちらに行く必要はないだろう。

 二人にばれないようにこっそりと逆方向に行こうとする。

「どこ行くのよ?」

 小さいが聞き逃すことのない鋭い声が飛んでくる。体の動きが止められる。

 後ろに顔を向ける、ゆっくりと。

 視界に入るのは先ほどとほとんど変わらない光景。たくさんの人の中にいてこちらに背を向けている二人。だがその足だけ止まっている。

 そしてその二人の内背の低い赤髪女の子、イヴがこちらを振り返る。

「あんたもこっちに来るの」

 静かだが人を従わせる力をもった声。

「…はい」

それに抗う度胸や力は残念ながら俺の中には存在しない。

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