深愛~美桜と蓮の物語~2

桜蓮

エピソード13

組長から一ヶ月の長期休暇を頂いた蓮さん。

大学を卒業して組に入ってから初めての長期休暇らしい。

組長と綾さんの住む豪邸からマンションに帰ってきた蓮さんと私。

極度の緊張から解放された私はリビングのソファに倒れ込んだ。

そんな私を他所に蓮さんは長期休暇の計画を立て始めた。

『海に行って、夏祭りと花火大会もあるだろう……あと旅行でも行くか?』

そう言って私の顔を覗き込む蓮さんの瞳は子供みたいにキラキラと輝いてた。

そんな蓮さんを見て私は笑みを零した。

蓮さんは私の頭を撫でながら『思い出をいっぱい作ろーな』って言ってくれた。

……だけど……。

翌日、目が覚めてトイレに行った私のテンションは最高に下がっていた。

……生理が始まってしまった……。

私は、生理期間中が鬱陶しくて堪らない。

初日から猛烈な痛みに襲われるのだ。

身体もダルいし、頭も痛くなる。

酷い時は、吐き気まで襲ってくる。

今回は軽いことを祈りながらトイレを出た。

リビングに戻った私は蓮さんに『風呂入るぞ』と誘われた。

『今日は無理』って言う私を軽くスルーして腕を掴んでバスルームに連れて行こうとする蓮さんに必死で抵抗した。

私が余りに抵抗したために蓮さんは少し不機嫌な表情で私の顔を覗き込んだ。

『なんで無理なんだよ?』

『……』

こういう場合、正直に言うべきなんだろうか?

それとも、適当な理由を言うべきなんだろうか?

『美桜』

黙り込む私に蓮さんの声が少し低くなった。

『言わねぇなら無理矢理連れて行くぞ』

『……』

何も言わない私を軽々と抱き上げバスルームへ向かう。

抱き上げられ焦った私がどんなに暴れても蓮さんは降ろそうとしない。

脱衣場で私はやっと床に足が着きホッと一息ついたのも束の間だった。

私が着ていたパジャマに蓮さんの手が伸びてくる。

慣れた手付きでボタンを外していく蓮さんの手を必死で抑えた。

『ちょっ!? ダメ!! 蓮さん!!』

『だからなんでダメなんだよ?』

そう言いながらも蓮さんの手は止まらない。

パジャマのズボンに蓮さんの手が掛かった時、私は思わず叫んでいた。

『生理が始まったの!!』

ピタリと動きを止める蓮さん。

私は自分が叫んだ言葉に恥ずかしくなり顔が熱くなった。

『生理が始まったら一緒に風呂に入れないのか?』

不思議そうな表情の蓮さん。

『うん』

『どのくらい一緒に入れないんだ?』

『……一週間ぐらい』

『生理が終わったら一緒に入るか?』

『……うん』

『分かった』

蓮さんは、私のパジャマのボタンを留めきれいに整えるとまた抱き上げた。

そして、リビングのソファの上にゆっくりと降ろすと『先にシャワー浴びるか?』って聞いた。

私が『後で浴びる』と言うと頷いて軽く唇にキスをしてリビングを出て行った。

遠くからドアが閉まる音が聞こえた。

……どうやら、一人でお風呂に入ってくれたようだ。

私はソファに身体を沈めた。

トイレでの祈りも効果が無く下腹部の鈍い痛みは時間が経つにつれてどんどん強くなっていく。

それに伴って吐き気もしてきた。

頭も痛い。

私はフラフラと立ち上がりバッグから鎮痛剤を手に取ってソファに向かった。

買ってからまだ一度も飲んだ事がない。

箱すら開けていない。

生理痛が酷いので一応買ったものの、いつも飲む勇気が無くてバッグに入れたままになっていた。

しばらく箱を見つめ封を開ける。

シートに入った錠剤を見て、私は溜め息を吐いた。

……やっぱ無理……。

そう思った私は、箱ごとテーブルに置きソファに横になった。

下腹部に手を当て痛みに耐える。

……痛い……。

私は大きく息を吐いた。

リビングのドアが開き相変わらず上半身裸の蓮さんが戻ってきた。

「どうした?」

濡れた髪を拭きながら横になった私に声を掛ける。

「これ、なんだ?」

私の返事を聞く前にテーブルの上にあるシートに入った錠剤を手に取る蓮さん。

「……鎮痛剤」

「どこが痛いんだ?」

「……お腹と頭……」

「もう飲んだのか?」

私は首を横に振った。

「だろうな」

蓮さんが鼻で笑う。

蓮さんは私の薬嫌いを知っている。

箱を手に取った蓮さんは何かを見ている。

しばらく箱を見ていた蓮さんはキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってきた。

そして、ソファではなく床に腰を下ろした。

「痛ぇか?」

床に胡坐を掻き私の顔を覗き込む蓮さん。

「……うん」

私が答えるとシートから錠剤を取り出し自分の口に放り込んだ。

そしてミネラルウォーターを口に含んだ。

……?

蓮さんもどこか痛いのかな?

そう思った瞬間、私の顎に指が添えられて少し持ち上げられた。

そして、蓮さんの唇に私の唇が塞がれた……。

ミネラルウォーターの所為か蓮さんの唇はひんやりとしていた。

「……んっ……」

息苦しくなり顔を背けようとする。

でも、蓮さんの手が私の頭を押さえていてそれを許してくれない。

唇が空気を求めて自然と開く。

その瞬間、口の中に流れ込んでくる液体……。

驚きと息苦しさで私はそれを飲み込んだ。

それを確認した蓮さんがゆっくりと唇を離した。

「飲めたじゃねぇか」

呆然とする私に妖艶な笑みを浮かべた蓮さん。

蓮さんは立ち上がると固まる私を座らせそこに腰を下ろした。

そして、自分の膝の上に私の頭をのせた。

「しばらく眠れ」

そう言って私のお腹を撫でる。

パジャマを伝って心地良い温もりを感じた。

瞼を閉じる。

しばらくすると薬の所為か眠気に襲われた。

私はそのまま眠りに落ちた。


◇◇◇◇◇



蓮さんの香りがする……。

私はゆっくりと瞳を開けた。

蓮さんの顔が上にある。

頭の下に温もりを感じる。

「……蓮さん……」

寝起きの所為か声が出し難い。

蓮さんの視線が私に向く。

「大丈夫か?」

優しい口調に私は頷いた。

「私、どのくらい寝てた?」

私の質問に時計を見る蓮さん。

「2時間位だ」

そう言って私の頭を撫でる大きな手。

2時間も膝枕してくれてたんだ……。

「……ありがとう」

蓮さんが優しく微笑んだ。

私が起き上がると蓮さんがタバコに火を点けた。

私もタバコ吸いたい。

寝起きの頭でそう思いながらボンヤリと蓮さんを見ていた。

「吸うか?」

突然、蓮さんが私に視線を向けた。

そして、手に持っていたタバコを差し出す。

私はそれを受け取った。

口に銜えて煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

それを何度か繰り返したところでタバコを蓮さんに奪われた。

「ちょっ!!まだ吸ってるのに!!」

「もう止めとけ。また腹が痛くなるぞ」

「……」

せっかく痛みが治まったのにまた痛くなるのはイヤだ……。

そう考えた私は何も言えず目の前のテーブルに視線を移した。

そこには、3段重ねの重箱があった。

「これ、何?」

「綾さんからお前にだ」

「へ?」

「開けてみろ」

蓮さんに言われるがまま重箱を開けてみる。

中には色鮮やかに盛り付けられた何種類ものおかずが2段とのり巻きといなり寿司だった。

「……す……すごい……」

「綾さんがお前に食わせたいって作ったらしい」

「これ手作りなの?」

「あぁ」

そう言って蓮さんは取り皿とお箸を持ってきてくれた。

「いただきます」

私は手を合わせた。

「おいしい!!」

「そうか、綾さんも作った甲斐があったな」

そう言って蓮さんも重箱に箸を伸ばす。

私が蓮さんの膝の上に頭を載せたまま寝ていたから今まで何も食べられなかったんだ……。

そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「いっぱい食えよ」

私のお皿にどんどんおかずを載せる蓮さん。

こんなに食べきれないと思ったけど蓮さんの優しさが嬉しくて言葉を飲み込んだ。

「綾さんってすごいね」

「すごい?」

「あんなに綺麗でお料理も上手だし……」

「綺麗?」

蓮さんが怪訝な表情を浮かべた。

「……?」

「綺麗?綾さんが?お前目が悪いんじゃねぇか?今度眼科に連れて行ってやる」

「いや……私、両目とも良いから……」

「両目とも良くてあれが綺麗だと思うのか?」

「うん」

「そりゃ重症だ」

蓮さんはそう言って笑った。

「料理が出来るようになったのも最近だ」

「最近?」

「あぁ、親父と結婚してすぐの頃は最悪だった」

「……?」

「得意料理はお茶漬けとカップ麺って自信満々で言うし、張り切って朝飯作るって俺と親父を朝の4時に叩き起こして出来上がったのは昼だった。しかも、テーブルに出てきたのは真っ黒な目玉焼きとパンだけだ。その後の台所は何があったんだってくらいすげぇ事になっていた」

蓮さんは笑いながら話していた。

どこか懐かしそうに……。

「……頑張ったんだね」

「ん?」

「綾さん、蓮さんと組長の為に頑張ってお料理の練習をしたんだね」

蓮さんは一瞬意外そうな顔をしたけどゆっくりと微笑んだ。

「あぁ、そうだな」

そして私の頭を撫でた。

「お前、料理できるのか?」

「……お茶漬けとカップ麺……」

私の答えに蓮さんは楽しそうに声をあげて笑った。

今度、綾さんにお料理教えて貰おう。

私は心に誓った。


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