ルイと悪魔のノート~試し読み~

el ma Riu(えるまりう)

第一奏 † ルイと悪魔のノート

 ここは、なだらかな丘と青い緑の森が広がる小さな村、タラ。レンガ作りの家々が点在するとある村に、ひとりの少年が住んでいました。


 ―――名前はルイ。


 今年で恐らく十歳になります。

 恐らくというのは、ルイは自分の生まれた日も場所も何も知らないからです。お父さんとお母さんは、ルイが物心つくよりもずっと前に、天に昇っていったのだと教えられました。

 教えてくれたのは、村に一つだけある教会のシスターです。六歳くらいになるまでルイのお家だったそこで、毎日ルイや他の子供達の世話をしてくれました。

 今、ルイは辺境の村のそのまた外れ、古びた小屋に一人で住んでいます。ある日から、そこで住むようにとシスター達に言われたからでした。

 最初は薄気味悪く怖かった森の中も、今ではもう自由に駆け回るくらい馴染んでいます。

 頭上で鴉が気味の悪い声で鳴き、その黒い羽根を落としてもルイは全く気にしません。元気よくお家を飛び出し、朝食のパンをもらいに村に向かいます。

いつものように、教会への近道の生い茂った垣根のトンネルをくぐった先でした。

「あれ?」

ルイはそこで、あるものを見つけます。


 ―――目の前に落ちていたのは、一冊の本。


 黒地に金色で抽象的な柄が描かれたそれは、草の上に投げ捨てられていました。ルイの手は引き寄せられるように本へと伸びます。拾い上げてひっくり返すと、背表紙には花を象ったような綺麗な紋様が浮かんでいました。

「何でこんなとこに?」

ルイは首を傾げました。

落とし物だとしても、こんな森の中のそのまた奥に落ちている意味がわかりません。

何の気なしに分厚い表紙を開くと、音もなくページが次々と捲られていきます。

「!?」

轟、と。突如風が吹き荒れ、周りの草木をざわめかせました。ルイの被っていた帽子も舞い上がり、頭から落ちてしまいます。

びっくりして目をぱちくりさせるルイ。

太陽がまだ登りきっていない、突き抜けるような青い空が広がるその下で。


―――その日、ルイは一冊の本を拾いました。



     ◇   ◇   ◇



「あらあら、それじゃあ盗られちゃったの?」

 二匹はしゅんとして、俯きながら同時に頷きました。いつもならぱたぱた動いている尻尾も床の上に力なく垂れています。

そんな様子を見て、彼女は仕方ないというように一つため息をつきました。

「まぁいいわ。すぐに取り返してきなさいな」

「「!」」

 その言葉に表情を明るくさせ、二匹は嬉しそうにほよほよと宙に浮かび、開け放たれた窓から外へと飛んでいきました。

「大丈……夫?」

 二匹の姿が見えなくなってから、後ろからかけられた抑揚のない声音に、彼女は肩を竦めました。問いはあの二匹に対してだけでなく、事の重大性についても言外に問われているようでした。

「どうかしらぁ?」

 彼女は至って軽く、なんとも判断のつかない口調で返します。言いながら、大きなソファーの上に勢いよく座り込みます。手が届くところにあったワイングラスを人差し指で弾くと、一瞬にして中身が葡萄酒で満たされました。

 口元にグラスを運び、優雅な所作で飲み干します。

「まぁどうなるのか、見物ねぇ」

 遠くに目線をやりながら、たいして興味もなさそうに、彼女は大きなあくびを一つすると、そのままごろんと横になったのでした。

 直ぐに小さな寝息が聞こえてきます。

暗闇の中から、呆れたような少女のため息が一つ重なりました。

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