夏の欠片

PROJECT:DATE 公式

置き去り

愛咲「あっちー。」


前田「なー。」


2人で首元に冷やされたタオルを巻き、

手で仰ぎながらそう呟いた。

本日は高校陸上の予選大会。

皆、緊張しているのか

肩の力が入っている。

うちもさっき会ってきた

出場メンバーにはひと通り背中を叩き

激励をしてきたつもりだ。

しかし、多くは空元気のように

明るく笑い飛ばすはいいものの

力は抜けていないようだった。


うちらはマネージャーの席にて

他の後輩部員達数人と共に

皆の走りを見ることになった。

ここに入り切らない部員は

少し離れたところから

見守ることになる。


いくら仰いでも仰いでも

汗は止まるところを知らない。

今日は幸いにも気温が低めで

走りやすい日であることには

変わりないはず。

なのに、走ってすらいないうちが

こんなに汗をかいているのは

変な話だろうな。

湿度が高いせいで

熱が篭る篭る。


今時手に持てる小さい扇風機やら

何やら色々と便利グッズがあるが、

我慢できる程度だしいいやと

これまで手に取ってこなかった。

それも、走ればどうせ汗をかくから。

しかし、大会に出ない夏は久々で、

こういう時に欲しくなるのかと

今、たった今学んだ。


前田「もうそろそろ唯子が走るよ。」


愛咲「お、まじか!」


前田「うん、あと…10分くらい後だな。」


愛咲「ほー。緊張してたし大丈夫かなあ。」


前田「さあねー。信じるのみよー。」


愛咲「だなー。」


前田「…。」


愛咲「てか、1500mはいつだ?」


前田「あー、それは午後からかな。」


愛咲「そうかー。うちの部活からも確か出てるよな?」


前田「男子の方で1人。」


愛咲「あ、あの後輩君か!」


前田「そうそう、千葉君ね。」


愛咲「そーそー、そんな名前。」


前田「あはは、いい加減名前くらい覚えろってー。」


愛咲「名前覚えんの苦手なんだよー。」


前田「知ってる。相変わらずうちのこと旧姓で呼ぶんだし。」


愛咲「わわ、わ、忘れてねーよ?今の姓も名前もな!」


前田「嘘つけい。」


愛咲「あてっ。」


前田は手にしていたノートで

コツンと頭を叩いた。

側面だったせいで微々ながら痛むけれど、

熱に紛れて散布していき

痛みはいつしか跡形もなく消えていく。

あー。

ふとした瞬間に

夏が終わる瞬間が浮かぶ。

今だってそう。


始まりがあるから終わりはあるって

どこでも聞くような言葉が

たった今うちの前に現れた。

それは高校生活もそう、

部活だってそう。

夏の大会だって。


前田「…愛咲、ほんとによかったの?」


愛咲「何がだ?」


前田「大会に出なくて。」


愛咲「あー、だって行方不明してる間に申し込み期間終わってたんだぜ?仕方ないだろ。」


前田「とはいえ先生は知ってたくせに愛咲にそのこと伝えなくってさ、7月中頃まで頑張ってたじゃんか。」


愛咲「頑張ってたってゆーかリハビリだなーありゃ。」


前田「けど、頑張ってたじゃんか。みんなに迷惑かけらんないって。」


愛咲「あのなあー。」


前田「…。」


愛咲「うちはね、薄々分かってたんだぜ!大会は出れないだろうってな。」


そう。

申し込み期間や競技の開始は

5月頃から始まっていた。

うちはタイミングの悪い時期に

ちょうど行方不明になったってわけだ。

出られないだろうとは分かっていた。

けれど、先生から突きつけられるまでは

無理に聞くこともしなかった。

先生側も、聞かれりゃ答えたと思う。

しかし、いつ聞くにしろ

苦い顔をするだろうなっていうのは

目に見えてたんだ。

それに、うちが暗い顔しても

仕方ないよなって考えるようになっていった。

みんなと走るのはとてつもなく楽しいし

今だけの大切な時間だから

目を背け続けていたかった。

延命治療のようにずるずると長引いて、

気がつけば期末テストも終わってた。

その時に顧問の先生から呼び出され、

労いの言葉と共に

大会には出れないことを聞いた。


知ってはいた。

そうだろうなとは思っていたよ。

けど、やっぱりちょっとだけでもって

希望を持っていたかったみたい。

突きつけられて漸く

悔しいって思うようになった。

その日はしょんぼりしちまったけど、

今じゃ全然そんなことない。


記録だって4月に更新して

いいところまできてたけれど、結局…。

…。

練習だとしても走り切れば

それでよしって思うようにしたんだ。

そうすれば少しくらいは

心が軽くなった。

みんなには心配かけただろうけど、

空元気だとしても元気が伝われば

それでいいかなって。


前田「…そっか。」


愛咲「うちってば大天才だか」


前田「それはない。」


愛咲「被せてまで否定するだとっ!?」


前田「あはは…愛咲は強いね。」


愛咲「そうかー?」


前田「うん。うちには出来ないね。」


愛咲「ちょいとちょいと前田さん、これからみんなが走るんですぜい?」


前田「…。」


愛咲「そんな顔してるマネージャーがいたらさ、みんなこっちばっか見ちゃって走れねーよぅ。」


前田「でも、もし愛咲が1500mに出てたら、もしかしたら勝ち進んでだかも」


愛咲「かもしれないはかもしれないけど、今うちはここにいるんですぅー。」


前田「…。」


愛咲「あと、前田も十分強いぜ?」


前田「…うちは…。」


愛咲「だって、今マネージャーやってんじゃん。」


前田「…うちはまだ引き摺ってるよ。」


愛咲「んじゃ、いっそのことおばあちゃんになるまで引き摺ってやろう!」


前田「はいー?」


愛咲「そしたらいつかのタイミングでぱって手放してくれるぜ?多分な!」


前田「…あっはは、だといいねー。」


前田はノートの端を

片手でぐしぐしと弄って遊んだ。

前田がマネージャーになったのにも

勿論理由はある。


前田も今のうちのように

悔しい思いをしたことがあった。

最初はうちと同じように

選手側として部活に入ったのだから。


前田「…うちはさ、愛咲が無理してるんじゃないかなーって時々思うんだわ。」


愛咲「うちが?」


前田「そ。家でもお姉ちゃんしてるんじゃなかったっけ?」


愛咲「こう見えて長女な!ふっふー。」


前田「だよね。意外なんだよなぁ。」


愛咲「誰が馬鹿だ誰が。」


前田「言ってねー!」


愛咲「だっははー!んで、なんだっけ。」


前田「あー、愛咲が無理してそうってこと。」


愛咲「そうそう、それだ。」


前田「時にゃ吐き出せる人に吐いときなよ?」


愛咲「んー…けどうちは別になぁー。」


前田「それ、自分が気づいてないだけって時があるからさ。」


愛咲「ま、前田…大人になったな…。」


前田「え?あはは、うちは愛咲より大人びてるってー?今更だろー!」


愛咲「あー、おいおいおい!」


前田「はははっ、ま、うちはそれで1回失敗してるからさ、がち反面教師にしてくれなー。」


愛咲「失敗かぁ。」


前田「そ。相手大間違いしたんだよ。」


愛咲「わお。修羅場?」


前田「割と。」


愛咲「わおわおわおわおー。」


前田「聞いてねーだろー!」


愛咲「だっはは、聞いてるよぅ。」


前田は時折自分だ顔をするけど、

うちはそれを照らすように、

その暗さから目を背けるように戯れた。

後に他の部員から

静かにしてなんて言われてしまって。

けれど、前田と顔を合わせたら

お互い笑っちゃってさ。


愛咲「…?」


その時、びりびりと

右足が響いたのだ。

どう形容すればいいのか不明だが、

座り続けて足が痺れた時のよう。

足先の感覚がじんわりとなくなっていくも

それはたったの数秒で戻っていく。

そんなことが何度かあった。

4月頃にはなかったのだが、

6月以降、ここに戻ってきてから

稀に発生するのだ。


そんなことはすぐに忘れて

いつの間にか走順が次にまで迫っていた

部員をじっと見つめ応援した。

時に声を上げて。

隣にいる前田と一緒に、

そして戻ってきた部員達と共に。

夏を感じた。

どうしようもなく夏だった。

うちの大好きな季節だ。

大好きな。

…。

今年ばかりは、少しだけ寂しい夏になるかな。


それからはあっという間だった。

前田からうちが大会に出場出来なかったことを

悔やむような話も出てこなくなっていた。

久々に2人で過ごした時間は

暗い話が多くなってしまったかな。

笑顔がなかったわけじゃないけれど、

それが少し気になった。


部員らは惜しくも予選敗退となったが、

みんないい顔をしていた。

1、2年生は来年へ希望を託し、

うちら3年生はこれで終わり。

高校最後の走りとなった。

数人は顧問の先生の話を聞きながら涙し、

数人は最高の仲間と抱き合いながら涙し、

また数人は涙を呑んで

泣かないようにと息を殺した。

みんな、いい顔をしてた。


この部活で高校3年間を過ごせて

ほんとによかったと思う。

最高の思い出だ。

最高の。


今日は絵に描いたような星が

夜を輝かせてくれるといいな。

星のワッペンのように。


…。

あぁ。

走りたかったな。

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