第2話 「助けに来て」

 朝か昼か夜か…、太陽の軌道も認知できない暗い地下室


 女は暗黒の闇の中で目を覚ます。


 何も見えない。


 しかし、女は分かっていた。


 目と鼻の先にあの顔が覗き込んでいることを…


「目を覚ましたか。」


 やはり悪魔の囁きが地下室に木霊する。


「カチッ、カチッ」とワッカが外される音がする。


 女は重たい鉄のような瞼をゆっくりと開く。


 精神薬の残量が血液中に未だに残っているのか、意識は朦朧としている。


「パチッ」と音がし、地下室の電灯が点けられた。


 朧げな視界の中には、やはり、あの悪魔の顔しかなかった。


 女は男から顔を背け、ベットから起き上がり、鬱血した手首をそっと撫ぜた。


 男は恰も飼い猫を見るように、暫し、女の行動を歪な眼付きで観察している。


 女は男に何も言わずに、鉛のように重く感じる脚を床に付け、ベットから一歩一歩、ゆっくりと離れて行った。


 女は歩くたびに酷い偏頭痛に襲われ、片手で頭を支えながら、地下室の階段を登って行った。


 男は女の直ぐ後ろを歩いている。


 赤ん坊がヨチヨチ歩きをしているのを見守るように…


 女は地下室の扉を開け、一階に上がると、服を脱ぎ捨てながら、風呂場に入って行った。


 男は何も言わずに、カウンターキッチンに置かれた料理皿をテーブルに飾り付けた。


 シャワーを浴びた女がバスローブ姿でリビングのテーブルに腰掛けると、


 男は女のために各種皿に料理を盛ってあげる。


「さぁ、お食べ。」


 男は優しく女にそう言いながら、自身は何も食べず、両手に顎を乗せて、女が食べるのをじっと見つめ、


「今日は魚料理だ。カルシウムも補充しないと。」と女に食べるよう顎で促した。


 女は仕方なく箸を持ち、一口、一口、ゆっくりと料理を食べる。


 女はこの生活時間が夕食時間である事を察知し、その後、寝室で営まれる悍ましい行為が待っているのを敢えて引き伸ばすかのように、ゆっくりと時間を掛けて食事を行う。


「じゃあ、シャワーを浴びてくるから。


 食べ終わったら、寝室に来なさい。」


 男は女にそう指示をすると、ニタニタ笑いながら席を立った。


 女は男の姿が見えなくなると、箸を置き、そして涙を流し、泣いた。


 此処は男と女が暮らす建物


 小ぢんまりとした庭付きの平家建て。


 だだっ広いリビングとキッチンが一体となり、仕切りも何もなく、テーブルのみが真ん中に置かれている。


 寝室?


 寝室はあの地下室である。


 女がどんなに悲鳴を上げようとも外には届かない地下室。


 女は男に言われた通り、外の景色を見ることなく、また、地下室へと降りて行った。


 女は地下室の真ん中ににあるベットに腰掛けると、


 濡れたバスローブを脱捨て、全裸でベットに横たわる。


「バタン」と


 地下室の天井扉が閉まる音がして、男がゆっくりと階段を降りて来た。


「お利口さんだ。ちゃんと俺の言い付けを守ってる。」


 男は全裸で横たわる女をニタニタ笑いながら見遣り、


「カチャ、カチャ」と手に持った瓶を鳴らした。


 女はその音のなる方を直視した。


「これが欲しいか?」


 男がそう言うと、女は大きく頷いた。


「貰うためにはどうするんだったのかなぁ?」と男が女に注文を付けると、


 女は仕方なく起き上がり、四つん這いに男に尻を向けた。


「よしよし、お利口さん」と男は女を褒めながら、女の丸い尻を優しく叩く。


 そして、男は手に持った瓶をベットテーブルに置き、性行為を始める。


 女は悲しみか悦びか区別の付かぬ声を漏らしながらも、ベットサイドの瓶の中身を直視している。


 瓶の中には女の全ての苦痛を取り除く魔法の薬が詰められいる。


 そう、『魔薬』であった。


 男が女を調教するたに飲ませ続けたモルヒネ麻薬を合成した『魔薬』であった。


 女はもはや、それを服用しなければ生きていけない身体となっていたのだ。


 男から逃げる気も失せ、男に反抗する気概も失せてしまった。


 こんな悪魔顔の男と結婚したばかりに、ペットのように扱われている。


 好きでもないこんな不気味な顔した変質者に…


 狡猾に練られた罠に掛かってしまった…


 女の心裡の淵に僅かに残存している真心の声が声なき声をあげていた。


「助けに来て…、助けに来て…、」と


 


 



 

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