第3話 前日2-2
「冗談だよ、じょ・う・だ・ん」
「明らかにおちょくっているだけだろ‼」
「えー。そんなことないよー」
分かりやすすぎる棒読みで答えてきた。
「せっかく何かこのタイムスリップに対する解決策があるのかと思ってついてきたのにただ遊びたいだけだろ」
さすがに同じ日を3回やることは勘弁しい。
「いやいや、他にもちゃんとした意味はあるんだよ」
「何だよ」
「それは行ってからのお楽しみ!」
何言っているんだ。
正直、信じれるかどうかでいったらかなり疑わしい…。
けれども、この子と離れてからのこれといった対策は立っていない。
結局俺はそのまま言う通りに従うことにした。
「分かった。ついて行こう」
「そうこなくっちゃ!」
まあ、なんだかんだでこの子が笑顔で何より。
「ちょろいなー(笑)」
今何か聞こえたような……⁉。
山道は以外とハードなものだった。
平日の昼間ということもあって人はほとんどいなかったが、何分山道がきつい。
そもそも、いくら近くにあるからって言ってもこの山に登りに行くことなんてほとんどなかった。
最後は小学校の2年生ごろだろうか。
母さんに連れられて行った記憶がある。
俺はこの子について行くのがやっとだった。
「遅いぞー」
「仕方ないだろ。こっちは文化部なんだぞ。鍛えてないんだ」
「いいから、がんばれー!」
そう言うと、俺の手をまたいきなり掴んでさっきまでのスピードとは倍くらいある速さで進んで行った。
もう、今さら早いだのなんだの注意してもこの子は聞かないだろう。
俺はどうにでもなれの精神でこの子に全力でついて行った。
そして、案の定というべきか少し大きな岩があるところでもスピードを緩めなかった結果、俺たち2人は見事後ろにいた俺が覆いかぶさるという形で勢いよく転倒した。
俺のほうは上に重なっただけなので、そこまで大きな被害はなかったが、この子のほうは土がついていて服も汚れていた。
そして、ゴムで止められていた髪がほどけるだけではなく、上の服も少しめくれていて健康的な背中がちらっと見えていた。
この子は何も言ってこない。
「お前、大丈夫か」
俺はそっとそこから視線を外して起き上がりながら答えた。
「うん。ありがと」
この子の膝のあたりには木で擦った跡ができていて、少しばかりの血も出ていた。
そして、軽く怪我をしたことによってか、少ししゅんとした姿はさっきまでの明るいイメージとは違ってまるで別人のようだった。
怪我をしているとはいえ、少し服もはだけていて目もうるっとしており正直かわいいなとさえ思えた。
「立てるか?」
ゆっくりと右手を差し出すと、この子はありがとうと言って俺の手を掴んだ。
「優しいんだね」
さっきまでの表情とはまた違って、何だか別人と話しているようにすら感じられた。
sそして、俺はそんなことないよと言って少し目線をそらしてこの子を引っ張ろうとした。
すると、そうは上手くいかなかった。
逆に強力な力でこっちのほうが引っ張られ、俺はうぁっと声を上げてこの子に抱き着く形で倒れてしまった。
そして、俺が上にきたタイミングでこの子は俺の後ろに腕を回して話さんとばかりの態勢をとってきた。
「ちょっと何をするんだ」
「いいじゃん。ちょっとくらい」
現状の俺の態勢のせいで正面からこの子のことを見ることはできないが、横から見るにさっきまでのしゅんとした感じとは対照的に満面の笑みに戻っていた。
けれども、さっきとは違ってただ明るく振舞っているのとは少し違うように見えた。
「ちょっと照れてる優斗は可愛かったよ」
今度は、全力で笑うというよりは優しく語りかけるような感じで言ってきた。
「いいから離せ」
「いいじゃん。同級生のこんなにかわいい女の子に抱きついてもらう機会なんてなかなかないよ」
「それは…」
それに関してはその通りだと健全な男子としては思ってしまった。
「ねえ、今すごくどきどきしているでしょ」
「そんなことは…、ない…」
「今、すごくわかりやすく悩んだね」
返す言葉もない。
「でも、この距離だから君の鼓動は伝わるからどきどきしているのはすぐに分かったんだけどね」
全てお見通しだったのか。
この場合、なんて答えるのが正解なんだろう。
この距離で抱きつかれていることにも驚いているが、正直さっきまでとは違ってただ明るいだけというわけではなく、どこか包み込むような優しさも垣間見えることにも驚きを隠せなかった。
「ねえ、このまま山から下りて私と一緒にどこか遠くの街に行かない?」
俺は、いきなりの提案過ぎてとっさに何て言えばいいのか分からなかった。
何を言いているんだ?
「きっと、楽しいよ」
でも、不思議と声や表情から冗談で言っているようには聞こえなかった。
何て答えればいいのだろう。
足りない頭で必死に考えたが納得のいくような答えは出そうにない。
「行くってどこへ?」
この時間から行って帰ることのできる場所はあまり多くはないだろう。
ましては、ここは岐阜城がある山の半分を超えたあたり。
戻るだけでもそれなりの時間はかかる。
「それは、2人で決めようよ。どこかここからすごく離れたところがいいな」
本当に何を言っているのか分からない。
「できれば、あったかいところがいいな。今からだと沖縄は厳しいから福岡とかどう?」
今から福岡?
新幹線を使えば今日中にたどり着くことも不可能ではないけど、帰ってくることは確実に無理だ。
いち高校生がいきなり遠くに行くなんて普通はできない。
ただ、このまま流したら後ですごく後悔しそうな気がする。
そのことだけは強く伝わってくる。
「そんなこといきなり言われても困る」
俺が言える最大限の言葉だった。
「私を信じて」
さっきまでよりさらに違って真剣さが強く伝わってくる声だった。
ここで、「どうして?」と疑うような言葉をかけようとは思わない。
でも、肯定できるのかといえばそれは難しい。
「君のことは悪い人だとは思わない。だけど、いきなり遠くに行くことはできない。きっと、家族だって心配するだろうし、明日は卒業式なんだ。3年間遊んだメンバーに会える最後の機会なんだ。だから、その提案を受け入れることはできない」
俺は、できるだけ真剣にこの子と向き合って返事をしたつもりだった。
この子も分かってくれただろうか。
「冗談だよー!!」
「え?」
「また、本気にしたのー?」
この子はさっきまでの真剣な表情とは一転して笑顔を取り戻していた。
「この時間からそんな遠くに行くわけないじゃん!」
どんだけ表情を使い分けることができるんだよ。
正直、さっきの演技は本心から言っているかと思ったわ。
俺は、つくづくこの子のことを理解できないなと思った。
けれども、この二面性のある表情は演技でできるものなのだろうか。
何かあった時に笑い飛ばす昔の自分の癖と重なっているようで、いまいちすっきりしないと感じながらも、俺たちは山頂に向けて再び一歩ずつ歩き始めた。
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