34――巫女服の少女と喫茶店へ
どうやら車も来ず人通りも無かったのは、巫女の人が結界というものを張っていたかららしい。よくわからないけれど、結界を張ると術者の望んだ人間以外はその空間の中には入れないんだとか。でも元の空間とは切り離されているので結界に車や人がぶつかることはないし、結界内で物を壊したとしても元の空間の物は壊れずそのまま無事に存在しているんだとか。
私達の姿が突然現れたように見えたからか、それとも巫女の人の格好に驚いたのか。どちらかはわからないけれど、通行人のおばちゃんがぎょっとした表情でこちらを見てはすぐに目をそらした。多分関わっちゃ駄目な人だと判断されたんだろうね、私じゃなくて主に巫女の人が。
「少し興味が湧いたのう、その辺でお茶にせんか?」
「ええ……急に襲ってきた人とお茶なんてすると思う? 常識的に考えて」
私は思わず顰め面になって、巫女の人に言った。何が目的なのかとか、ミーナにこんな危ない人を近づけたくないとか、そういう身の危険的な理由が一番だけど。こんなコスプレみたいな格好の人とお店に入るのが恥ずかしい、という気持ちもあった。
「お主は別に来なくてよいぞ、儂はそこの童女と話せればそれでいいのでな」
「……私が行けば、今後このような襲撃はしないでもらえますか?」
「約束しよう、しかしお主は話し方に違和感があるな……なるほど、翻訳魔法か。こちらの言葉ではまだ流暢に話せぬということか?」
ミーナがこくりと頷くと、巫女の人は『日本語は難しいものな、儂も最近の若者らしい言葉遣いをしろとよく言われるがなかなかうまくいかん』と嘆いていた。
「巫女の人は……」
「ちょっと待て、物知らず。巫女の人とはもしや儂のことか!? 失礼な、儂にはちゃんと咲夜という立派な名があるのじゃ!!」
「だったら、私のことも物知らずって呼ばないでください! 私にだって佐奈っていう名前があります!!」
声を大きく反論してきた巫女の人、もとい咲夜さんに私も声を大にして言い返した。言っておくけど、物知らずの方が絶対に失礼だからね!
私の勢いに押されたのか、咲夜さんは少しモゴモゴと口の中で何かを言った後で『そう言えば自己紹介がまだじゃったな、すまなかった』とペコリと頭を下げた。そんな風に素直に謝られると、私もいつまでも怒っていられない。私もごめんなさいとお互いに謝り合って、一応のわだかまりを解消した。
往来で巫女姿の少女と女子大生の私が頭を下げあっている姿に、通りがかった人がチラチラと不審げな視線を向けているのを感じていた。仕方がない、このまま歩道にいるよりは喫茶店にでも入って話をした方が精神的に楽だと思う。例え相手が巫女服姿の女の子だったとしても。
周りを見回すとちょうどいいところにいい感じに古びた純喫茶っぽい喫茶店があったので、咲夜さんに提案するとふたつ返事で乗ってきた。集まる視線を避けるようにそそくさと店内に入ると、カランカランというカウベルが鳴ってカウンターにいるおヒゲのマスターが出迎えてくれた。
さすがに巫女服を着た女の子がやってくるとは思っていなかったのか、一瞬驚きに目を見開いたけれどすぐに普通の顔に戻る。その立て直し方にプロだなぁと感心してしまった。
片方がソファーでもう一方が椅子のボックス席を選んだ私達は、ソファー側に私とミーナが座って対面に咲夜さんが静かな佇まいで腰を下ろした。喋るとガサツだけど、こうして黙っていて所作だけみると優雅な感じがするよね。雰囲気的に古くから続く伝統あるおうちの子みたいだし、躾が厳しかったのかもしれない。
マスターが人数分のお冷とおしぼりを出してくれるのを待って、注文を済ませる。私はカフェオレ、咲夜さんはオレンジジュースを頼んだ。ミーナはどうするのかなと隣に視線を向けると、メニューに載っている写真にキラキラとした表情を浮かべていた。フルーツパフェね、ミーナは野菜も好きだけど果物も大好きだもんね。お値段高いけどいいや、今日は危ない目にあったのに頑張って守ってくれたからご褒美をあげないと。
私がマスターに注文を告げると、ミーナはすごく嬉しそうに笑顔を浮かべていた。注文した飲み物とかを持ってきてもらうまでは、マスターに話が聞かれる危険性があるからだろう。咲夜さんは本題に入ろうとせずに、ぼんやりと窓の外を眺めていた。その横顔が想像していた年齢よりもあどけなくて、考えるよりも先に言葉が口から出てしまっていた。
「ねぇ、咲夜さんっていくつなの?」
「ん、儂か? 儂は今年で14になる」
「ええ!? ちゅ、中学生なの?」
いや、確かに外見は中学2年生ぐらいから高校1年生に見えるって感じではあるんだけど。でも口調のせいか、それとも魔法のイメージがあるからか、秘術で身体の成長を止めているお婆さんとかそういうのを想像していたよ。
「んん? 何か不満がありそうな口調だの、そもそもお主も儂とそう変わらん歳じゃろう。儂の年齢にケチを付けられる謂れはないと思うが」
「別にケチを付けてる訳じゃないんだけどね」
なんでそんなに喧嘩腰なんだろうと思いつつも、段々その様子が知らない人に吠えかかるチワワみたいに見えてきて、怒りよりも仕方ないなぁみたいな感情が心の中に広がる。苦笑しながらそう前置きをして若い姿をしたお婆さんだと思っていたと言ったら、一拍間を置いた後で咲夜さんが我慢できずに吹き出した後で大きな声で笑い始めた。
「お、お主……なかなか想像力たくましいのう。儂がこの口調なのは
「ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまって」
「何、構わんよ。顔も覚えておらんが、儂の存在が母が生きていた証拠になると思えば、特に寂しいとは思わん。だからそんな悲しそうな顔をせんでもええぞ、ええと……」
そう言えばミーナもまだ名乗ってなかったよね、ミーナも同じことに思い至ったのか、自分の胸に手のひらを当てながら『ミーナです』と挨拶をした。
ちょうどその時にカウンターからマスターが私達が注文したものをトレイに載せて持ってくるのが見えて、一旦雑談は中断された。雑談にしてはちょっとだけ重い話だったような気がしたけれど、相手のことを少しでも知れたのはよかったと思う。
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