33――保育園の見学といきなりの襲撃


 夏休みも残り少なくなってきたある日、ミーナが入園予定の保育園へ見学に行った。元気いっぱいにそれぞれのやりたい事で遊んでいる子供達は、それはそれは可愛かった。


 でもこの中に入っていくのって勇気がいるよね、特に精神年齢が私とほとんど一緒なミーナにとっては苦行以外の何物でもないと思う。現に何度か一緒に遊んでおいでと背中を軽く押してみたりもしたけれど、ミーナは私の足にしがみつくように隠れてそこから一歩も動こうとしない。


「緊張してるみたいですね、ミーナちゃん」


「……ミテル、ジロジロ」


 保育士の先生が苦笑しながら言うと、ミーナが片言でその理由を話した。確かに外見が外国人そのものなミーナが珍しいのか、チラチラ視線を向けてきている子供達も少なくない。中には無遠慮にジーッとミーナのことを見ていたり、『あのこのかみのけ、きんいろとかへん!』とハッキリ言う子も数人いる。


 まぁ大人がそんなセリフを言ったら問題だけど、この年頃の子供なんて言っていいことと悪いことの区別もつかないだろうし、言った子達はさっそく先生が集めて言い聞かせていたから今後は言わないんじゃないかな。あんまり続くようなら私も黙ってないけどね、まぁ初回は許しましょう。うちのミーナをいじめるなんて、姉として許しがたいことだもの。ちゃんと家族として守ってあげないとね。


 そんなことを考えていると、トテトテと足音を立てて女の子がふたり私達の前にやってきた。どうやらミーナを誘いに来てくれたみたいで、『いっしょにあそぼ!』とミーナに手を差し出してくれた。さすがに幼児がこうして勇気を出して誘ってくれたのだから、ミーナとしてもこれ以上は駄々をこねていられないと思ったのか、恐る恐る手を伸ばして彼女達の手に自分の手を重ねた。三人でおもちゃがたくさんあるスペースに駆け出したのを見送って、先生とお話する。


「まだ日本語が片言で流暢に話せないのですが、段々話せるようになってきていますので、どうぞよろしくお願いします」


「もちろんです、お任せください。付きっきりというのは難しいかと思いますが、クラスの皆にもちゃんと言い聞かせますし、優先的に気を配るように情報共有もします」


 そりゃそうだよね、この人数の面倒をふたりの保育士さんで見るんだから、ミーナにばかり気を配っていられるはずもない。ただこうしてかなりの譲歩をしてくれているので、私としてはそれを信じてミーナを送り出すことしかできないんだよね。問題が起こらないように気を配ってもらって、それでも何か起こった時は私がしっかりとミーナを守るために頑張ればいいんだから。




 からかってくる男の子達からは一緒に遊んでいた女の子達が守ってくれて、ミーナとしては楽しい時間を過ごせたみたい。見学の帰り道に手を繋いで楽しそうにしているミーナを見ていると、今日来てよかったなと思った。


 そんな事を考えながらふと顔を上げて見ると、国道沿いの歩道なのにさっきから全然車が通っていない。行きの時は何人も見かけた歩行者や自転車に乗っている人もいなくて、まるで突然ゴーストタウンになってしまったみたいに、人の気配がまったくしない。


「サナさん、私の後ろに」


 さっきまで翻訳魔法を使っていなかったのに、急にミーナが短く流暢にそう言って私の前に一歩進んだ。いや、ミーナの後ろに隠れるのは無理だよ。だって体格差があるし、何より私にとって庇護対象であるミーナに守られるなんて保護者失格だもの。


 そう考えてミーナの前に出ようとすると、空の上から火の玉がすごい勢いでこちらに向かって飛んできた。ええ!? 隕石でも降ってきたのかと、突然の事態にパニックになりそうだ。


「障壁!」


 そんな私を守るように、ミーナが両手を前に勢い良く出しながらそう叫ぶ。きっとあっちの世界の言葉で叫んだのだろうけれど、翻訳魔法がうまく日本語にしてくれていて、パニック中の私にも意味がすぐに理解できた。


 これが映画とかアニメとかだったら、きっと目の前にお皿みたいなバリアが現れたりするんだろうけれど、特に変化はなくて。もうすぐそこまで迫ってくる火の玉に、思わずミーナを庇うようにしがみつく。この勢いだと私の身体ぐらい簡単に貫けそうなんだけど、それでもきっと何もしないよりはマシだもの。ぎゅっと目をきつく閉じて来るべき障壁に備えていると、ドカァンとまるでトラック同士がぶつかったようなすごい衝突音がした。


 おそるおそる火の玉が飛んできていた方向に視線を向けると、透明の壁が火の玉を防いでいて、しばらくこちらに向かって飛んでこようと壁に向かって突進しようとしていたけれど、やがて勢いを失って空気に溶けるように消えてしまった。なんだかそれを見てようやく慌ててパニックになっていた思考も落ち着いてきたのだけれど、もしかしてあの火の玉って魔法だったり?


「……神力を盗み取った盗人の分際で、小癪な真似をする」


 確かに誰もいなかった場所に、初詣に神社に行った時によく見掛ける巫女さんが立っていた。右手にはなんて言うんだっけ、お祓いの時に使う紙がわさわさと先端にいっぱい付いている棒を持っていて、ビシッとこちらに突きつけながら言った。


「わ、私達は何も盗んでないです! 突然現れて、何なんですかアナタ!?」


「2週間ほど前、明治神宮にて神力をわずかながら盗んだであろう? 少しでも変異があれば知れるよう、あの地は見張られているのだ」


 私が反論すると、巫女さんは静かにそう言った。確かにミーナのためにちょっとだけ魔力をもらったけど、こんな風に命を狙われるぐらいダメな事だったの? ほんのちょっとだよ!?


「物知らずはしばらく黙っておれ、儂はそちらの子供に用がある。その歳で先程の術は見事だったが、我らや敵対組織の術式とは違う物であった。どこの手の者か」


「……この世界の術式ではありません、私はこの世界に飛ばされてきた人間です」


 ミーナが力無くそう答える、声には力がなく先程の透明な壁の魔法でかなりの魔力が持っていかれたのかすごく体調が悪そうで、すごく心配だ。


「なるほど、道理でこの世界に適化されていない術だと思ったわ。異邦人か、現にこうして目の前におるのだから信じるしかないな」


 ええ、そんな簡単に信じちゃっていいの? いや、信じてくれるならこちらとしてはありがたいのだけど。私にはわからない証拠みたいなものが、巫女の人にはわかったのかな。


「して、そこの物知らずはお主とどういう関係じゃ?」


「ちょっと! さっきから物知らず物知らずって、すごく失礼だよ!?」


「彼女はこの世界に漂流して意識を失っていた私を助けてくれて、家族になってくれた方です。私にとってはとても大事な人ですので、侮辱や中傷はやめていただきたい」


 私の抗議に続けて、ミーナがキリッとした表情ではっきりと注意してくれた。いつものかわいいミーナもいいけど、キリっとしたミーナもかっこよくて好き。なんだかドキドキしてしまう、女の子同士なのにおかしいよね。


 ミーナがしっかりと言ってくれたおかげか、巫女の人はしぶしぶと言った様子だったけれど『すまぬ』と謝ってくれた。単語は短いし誠意は感じなかったけれど、とりあえず形だけでも謝罪してもらったので許す事にした。

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