31――やらなきゃいけないことをこなしながら明治神宮へ
必要な情報も私が書くべき書類も全て警察に渡したので、わざわざ警視庁に行くことはなくなった。『もしかしたらたまに呼び出されることがあるかもしれないよ』とは言われたんだけど、それには素直に応じるつもりだ。ミーナと姉妹になるために必要なことなんだから、行かないという選択肢はない。
警視庁や各県警のデータベースを念入りに検索したみたいなんだけど、ミーナらしき子供を探す捜索願はまったく見つからなかったらしい。そりゃそうだよね、だってミーナはこの世界の人間じゃないんだもの。ミーナの存在自体を知らないのだから、探す人だっているはずない。
大人ならば捜索願を出していても警察は積極的には捜索を行わないらしいのだけど、子供の場合は特異行方不明者という判断がされて直ちに捜索が開始されるんだって。その場合はもちろん大規模に報道もされるし、近隣の警察にも情報共有がされるから情報を見逃すという事はありえないそうだ。現時点で捜索願も出ておらず未発見の外国人の幼児の未発見情報もないということは、ミーナの事を探している人は存在しないとみてほぼ間違いないと電話で教えてもらった。
後は警察から家庭裁判所に書類を送ってもらって、養子にしてもいいよという許可証をもらえばミーナは私の妹になる。通常の場合はそれほど時間もかからず許可証が出るらしいのだけど、ミーナの場合は事情が特殊なので半年ぐらい掛かるかもしれないと言われている。
日本人の赤ちゃんならほとんどの人が接種されているはずのワクチンも全然打っていないミーナは、何種類かのワクチンを注射されて涙目になっていた。ただ可哀想なんだけどね、ミーナ。何度か打たないと効果が出ないものもあったりするから、しばらくは注射三昧の日々を送らないといけないんだよ。
そう伝えると、まるで絶望したかのように顔を青褪めさせたミーナが、弱った様子で私の胸にぽすんと倒れ込んできた。確かに私も子供の頃は注射嫌いだったもんね、気持ちは痛いほどわかる。
「……あちらの世界では練習用の木剣で殴られても耐えられていたのに、あの小さな針の痛みはまったく我慢できそうにありません」
ほんの少し震えた声でそう言ったミーナの頭を、私は思わず撫でてしまっていた。でもその痛みに耐えないと、しんどい病気に掛かっちゃうかもしれないからね。ミーナには試練だと思って、頑張って注射に立ち向かってほしいと思う。保健センターのお医者さんも、打たないよりは打った方が絶対にいいよと言ってたもんね。
間隔を明けながらワクチンを全て打ち終えたミーナは、達成感を滲み出るような清々しい笑顔を浮かべていた。もちろんちゃんと最後まで頑張ったミーナをたくさん褒めた私だったけれど、褒めるだけではミーナの頑張りに比べて足りないと思ったので、フルーツパフェを食べに行った。口の周りにクリームをいっぱい付けながらも、美味しそうにパフェを頬張るミーナの姿は眼福で、私の方がご褒美をもらってしまったみたい。
帰省中に小さな神社の社の中にある道祖神像から魔力が溢れ出ていた件についても、あの神社が特別なのかそれとも他の神社や寺でも同じ事が起こるのか。それを夏休み中に確認しておきたくて、私とミーナはお正月になると参拝者がたくさん訪れる明治神宮に行く事にした。
選んだ理由としては、明治神宮の
ミーナの仮説では祈りが神像に染み入るように積み重なって、像から魔力が発せられるようになったのではないかというものだった。現代まで積み重ねてきた時間は短くても祈りが魔力を発生させる原因なのだとしたら、きっと明治神宮の境内には魔力が満ちているはずだろう。
たくさん電車が乗り入れているので、とりあえず間違えないように原宿駅で降りる。まだ住み始めて半年経ってないからね、田舎者の私としてはどの電車に乗ったらどこに到着するのか、まったくもってチンプンカンプンだ。
夏真っ盛りなので日差しが強くて熱射病になりそうなくらいいい天気なので、ミーナにはかわいいハットを被せてきた。髪を下ろしていると首元が蒸れて汗疹ができそうなので、緩くお団子を作って頭の後ろにまとめている。薄手のノースリーブワンピースだからいくら日焼け止めを塗っているとはいえ、ミーナの白い肌が赤く腫れないか心配だ。
原宿駅から少し歩くと鳥居があって、くぐると参道がまっすぐに続いていた。木々が周囲に生えているのが日除けになって、少し涼しい感じがする。
「散歩みたいで楽しいですね、サナさん」
「そうだね、木も多いし公園みたいだしで、ちょっと地元を思い出すかも」
手を繋いでそんな事をおしゃべりしながら歩いていくと、左側に枝分かれしている道に大きな鳥居が現れた。後で知ったんだけど、この鳥居は木製の鳥居としては日本で一番大きいんだって。
前もって調べておいた情報によると、この鳥居をくぐった方が本殿に行きやすいって書いてあったので、ミーナと一緒に再び鳥居をくぐる。参道を歩いていると、段々と本殿に近づくにつれてミーナが時々立ち止まるようになった。最初は体の具合が悪くなっちゃったかなと不安になったのだけど、特に顔色も悪くないしどうやらそうではないみたい。
「どうしたの、ミーナ?」
「サナさん、この神社は魔力がすごく濃いです。おそらく魔力の発生源はもっと向こうだと思うのですが、ここでもすでにあの神社の何倍もの魔力が大気に含まれています」
私にはまったく何も感じないのだけど、ミーナによるとこれ以上奥に行くと魔力あたりになるかもしれないらしい。魔力がまったくなくても敏感な感性を持っている人は、魔力がたくさんある場所に行くと突然気持ち悪くなったり体調に何かしらの変化が起こる場合があるんだとか。
もしもミーナの体調が悪くなったらと思うと心配でたまらなくなるので、今日は本殿まで行かずに引き返す事にした。その前にせっかく魔力が潤沢にあるところなので、ミーナの魔力を完全回復していくことにした。私から見ればただ目を閉じて深呼吸をしているミーナなのだけれど、呼吸によって体内に魔力が取り込まれているらしい。しばらく待っていると、ミーナが大きな瞳がパチリと開いて『終わりました』と静かに呟いた。
本殿までは辿り着けなかったけれど、そこに行くまでにその周囲が魔力が濃い状態になっているということは、ミーナの仮説が正しい可能性が高いんじゃないかなと個人的には思ったりする。他の人の願いをこんな風に魔力として使っちゃうのはちょっと良心が咎めるけど、この世界には魔法を使える人がいないんだから別にいいよね。資源の再利用だと、無理矢理に自分を納得させる。
帰りに木造のおしゃれなカフェがあったので、休憩も兼ねて寄ってみることにした。私はアイスのカフェオレとシュークリーム、ミーナはりんごジュースとショートケーキを食べた。少しお肉がついてきたけれど、ミーナはまだまだ細いと思う。保健センターの保健師さんも、もう少し体重欲しいねって言ってたもんね。甘くて美味しいものをあげて、ぷくぷくの美少女にしてあげたいな。
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