08――テレビと帰り道での会話
その後はみやがイタズラでテレビの電源を付けて、画面に映ったアナウンサーにミーナがびっくりして、その慌てぶりに私とみやは悪いと思いつつ笑ってしまった。随分前に未開の地に住む外国人を日本に招待して、あちらの国にはない物を見せてリアクションを見る番組があったのだけど、ミーナもその人達と同じように急に現れた知らない人影に飛び上がる程驚いていた。
テレビの事を説明してみると、ミーナは『遠見の魔法のようなものなのですね』となにやら納得して小さく頷いていた。ミーナの世界には遠くにいる人と話をする魔法があって、それが遠みの魔法と呼ばれているんだって。ただ魔法を使うには純度の高い水晶で作られた板を使わないといけないので、王族とか権力者しか使っていないらしい。主に外交で首脳会談をする時に使うんだって。
今度は私達の方が『テレビ電話みたいなものなんだろうね』とミーナの説明に頷く事になった。知らない世界の事をこうやって知っていくのは、なんだか楽しい。多分今後の人生でミーナの世界に行く事もなければ、この知識を使う事もないのだろうけれど、それでもね。
あっという間に時間が経ってしまって、意図せず昼食を抜く事になってしまった。私は一食ぐらい抜いても大丈夫だけど、まだまだ小さいミーナのご飯を食べ損ねさせてしまうなんて。
ミーナ本人は大丈夫だと言っていたけれど、少し早めに夕ごはんを食べる事に決めた。でも昨日の夜にわずかに残っていた食材は、全部使っちゃったんだよね。空っぽの冷蔵庫の中をため息をつきながら見ていると、その隣にミーナがちょこんと立っていて『これは氷室のようなものなのですか?』とキラキラとした表情で見ていた。やっぱり元男の子だからなのか、こういう機械とかが好きなのかな? 男の子って車とか家電とかスマホとか好きだもんね……いや、うちのお兄ちゃん達の話だけども。
それはさておき、とりあえず買い出しに行かないとご飯は炊けるけどおかずが作れない。私が帰ってくるまでみやにミーナと一緒にいてもらおうかと思ったのだけど、どうやらみやは夜に用事があるらしく一度自分の家に帰ってシャワーを浴びたり準備をしたいらしい。友達と遊ぶのかそれとも彼氏とデートなのか、深いところは聞かなかったけどね。昔からみやはモテてたから、デートの可能性も捨てきれない。何にしても彼氏いない歴=年齢の私には縁遠い話だ、同性には可愛いと言われるけど男の子達は近寄っても来ないからね。
あちらの世界では成人もしている元王太子だし、ひとりで留守番できるかな。『絶対外に出ちゃダメだよ』『テレビはいいけど他の物は触っちゃダメだよ、特に台所の物はすごく危ないから絶対にダメ』と言い含めて、みやと一緒に外に出る。しっかりとドアのカギを閉めて、ふたりで駅前の方向へ歩き出した。
「今日はごめんね、用事があったのに無理にお使い頼んじゃって」
「何水臭い事言ってるの、幼なじみで親友でしょ。困った時はいつでも頼ってよ」
私が素直に謝ったのに、みやはからかうように私の頭をポンポンと撫でてきた。ぐぬぬ、自分の方が背が高いからって私の事を子ども扱いするんだから。
なんとなく会話が無くなっても、ずっと一緒に育ってきたから特に気まずいとかはない。幼なじみだから、大体何を言いたいのかも雰囲気でわかるしね。多分今は何かを切り出そうとしているんだろうけど、うまくまとまってないから口に出すのを戸惑っているような感じがする。
「あのさ、佐奈。これからどうするつもりなの、あの子の事」
「どうするって?」
「嘘をついている感じはしなかったから、多分ミーナちゃんが話した事は本当なんだろうけど。でも普通の人達は魔法だの別の世界だのと言ったところで、多分信じてくれないよ? 元は男の子だったっていう話も若返ったっていう話もそうだし、下手したら佐奈が誘拐犯とかに疑われそうで心配なんだよ」
みやの心配は最もだと思う。ミーナと実際に話して声音とか雰囲気を実際に感じて信憑性が増したけど、話だけ聞くとどう聞いても作り話にしか聞こえないもんね。
「別にね、本当の事を話す必要はないと思うの。記憶喪失で何も覚えてなくて彷徨っているところを私が発見して保護したとか、そういう作り話を作り込んで本当にしちゃうとか。内容はいくらでも捏造できるんだから他の人が納得できる話を作って、早くこの世界でのミーナの居場所を作ってあげたいんだ」
自分が住んでいた国でクーデターが起こって、王太子として自分が守るべき国民や大事な家族が殺されて自分もまた敵に討たれたなんて、どんなにメンタルが強くてもトラウマが残る体験だろう。
もしかしたら幼い女の子に姿が変わったのは、ミーナに穏やかな国で別の人生を生き直して欲しいという神様からのプレゼントなのかもしれない。だとしたら私は、その居場所作りのために全力で協力したい。言葉やこの世界の常識を教えたり、あの子の衣食住を整えてできる限り笑顔で暮らしてほしい。今の私の頭の中にあるのは、そんな願望ばっかりだった。
それを伝えると、みやは何やら感極まったような表情で私の頭をぐいっと自分の胸の中へと抱え込んだ。突然そんな事をされたらバランスを崩してしまい、思いっきりみやの体へと寄りかかってしまう。
「優しいね、佐奈は。こんなに優しい妹を持っておねーちゃんは嬉しいよ」
「妹じゃないしっ! 同学年だし春に一緒に高校卒業したでしょうが!!」
「だって佐奈は早生まれじゃん、私は夏には19になるし。そしたら普通に私の方が年上になるでしょ」
年上ぶるみやにムキになって言い返す私。そんな風にじゃれ合いながら、私達は駅へと続く道を歩いていくのだった。
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