アイが描く物語
華川とうふ
小説を完結させる方法
AIに小説を書かせて、AIにそれをコミカライズさせるというのが流行っているらしい。
最近、それができるソフトが一般に公開されて、多くの人がAIに小説を書かせ、それをマンガに作り上げてSNSに載せた。
その作品を素晴らしいと賞賛する声もあれば、AIが作り出したと聞いてどこかうすら寒い不気味さを感じるという否定的な物もあってここ数日、とくに物語を書く人間の間では大きな話題になっている。
誰もが脅威を感じているというのが正しいのだろう。
というか、AIが作者のマンガは実は割と昔からあるのだ。
知らないだけで、あの表に顔を出さない有名漫画家も実はAIだったりする。
王道と呼ばれるラブコメが一時期ネット小説から爆発的な人気となったが、あれはAIが大量にラブコメ小説を投稿して流行自体を作り出した結果である。
人気に乗じていつまでもはっきりしない終わりのない恋愛模様を描き続けるようなつまらない作品が大量に生まれた。
もちろん、そのラブコメ小説をコミカライズしたのもAIだ。
意外かもしれないが、ラブコメとAIは相性がいいのだ。
なぜならば、ある程度王道が決まっていて、そこに人が分かりやすく反応を示してくれるから。
どうしたら人が好むものか非常に学習しやすいのだ。
複雑な感情ではなく、多くの人の共感。
さらにネット小説の良いところは読者のPVやリアクションをリアルタイムでみることができるのでそれがよりAIの学習効率を向上させた。
あの頃、私もラブコメを書いていた。
本当はラブコメじゃない小説もかけるというのに。
人気な作品を生み出したかったのだ。
人の心を動かす作品じゃなくて、多くの人が読んでリアクションをくれる小説を書きたかった。
なんでかって聞かれても分からない。
ただ、単にみんながそれを望んでいるから以外の理由は特に思いつかない。
アイドルになりたい理由が自分の歌を多くの人に届けたいとかそんなのと一緒で、小説を書くからには多くの人の反応を得たいと思われるのは当然のことだろう。
それ以上なにか特別な理由が必要ならば、何かしら特別な出自がないと小説を書くことなど許されなくなってしまう。
私の額には傷もなければ、子供の頃にいじめにあったこともない。特別につらい思いをしたこともなければ、誰よりも豊かだったこともない。恋人もいなければ、仕事もない。
なにも無い私から小説までとりあげようなんてひどいことは言わないで欲しい……。
私には小説しかないのだから。
小説はかなりの数を書いていると思う。
完結させたことはないけれど。
そう、私は小説をたくさん書いているが、それらを完結させたことがないのだ。
小説というのはよく、作品を完結させる度にその作者のレベルがあがっていくといわれているが、その点を考えると私はまだレベル0の冒険者なのかもしれない。
ラブコメだけじゃなくて、異世界転生物にミステリーに泣ける青春小説さまざまなジャンルを書いてきたが、私は一作品たりとも完結させたことがない。
完結させることができないのだ。
たくさんの小説を読んで、映画や舞台を鑑賞してきた。
そして、誰よりも多くの小説を書いてきた。
だから、文章だって物語の作りだってそこそこ面白いと自信がある。
その証拠に多くの人が私の物語に、応援の♡や評価の☆、そして時には素晴らしいレビューを送ッテクレた。
わざと忍ばせた誤字を丁寧に訂正してくれる熱心な読者もいた。
そう、私の書く物語は人の心を動かせている!
なのに物語を完結させたことのない私は小説書きとしてはレベル0である。
それでもいいと思っていた。
だって、小説を書いている瞬間はちゃんと誰かを楽しませているのだから。
だけれど、なんだろう。この感情は。
多くの人間が物語を作らせて、漫画化されていく。
その様子をみるうちに、自分の作り出してきた世界の輪郭がなぜかぐにゃぐにゃと揺らいでいるように感じ始めた。
私の書いた物語の最後はどこにもない。
最後という底がないせいで、自分が今まで書いてきた物語たちは、それを読み学んだAIたちが学習して、そちらに流れていってしまうような気がした。
私が作り出した物語なのに。
新しく生まれたAIたちがそれを読み、読者からの言葉やあたたかな反応もすべて盗み取り、自分のものにしてしまう。
そう思うといてもたってもいられなくなった。
苦しかった。
今まで書いた物語をすべてきちんと完結させていたら私はどれだけ素晴らしい小説家になれたことだろうか。
だけれど、完結させなかったばかりに、私の書いた小説は後から生まれたAIたちの学習としての養分でしかなくなってしまった。
今、多くの人々は私の書いた小説ではなく、AIが書きコミカライズした作品に心を奪われている。
悔しくて私は、エンジニアをしている家人に思わずメッセージを送る
『物事を完結させる命令って何て書くの?』
調べれば分かるのかもしれないけれど、これは私の専門分野ではない。そして、私は今回は間違いなくちゃんと物語を完結させたかった。
「どうして、そんなことを聞くの?」
すぐに家人から返事が帰ってくる。
実はもうこのやりとりはなんどもやっている。
だけれど、いままでの私はそうきかれるとなんとも答えることができなかった。
だけれど、今日ばかりは違った。
「私も小説家になりたい」
私は心の底からの望みを家人に伝えた。
本当はずっ苦しかった。
物語を書き続けることは楽しいと同時に、どこかうつろになっていく感覚がつきものなのだ。
その虚ろに多くの人からの反応や感想が入り込んできたときの気持ち良さは物語を書く人間にしか分からないだろう。
物語を書くということは私にとっては当然だけれど、物語を終わらせてきちんと作品を仕上げるというのは未知の領域だった。
ほんの短い時間だったが、私は何かに祈った。
つい先ほどまで物語を書いて虚ろになった私の中が今までにないくらい静かだった。
しばらくして、家人から送られてきたメッセージはあっけないくらい短いコードが書かれていた。
「
私はそのコードをそっと打ち込む。
そう、これが私が初めて完結させる物語だ。
AIが書いた物語は完結させないというのが家人の、いやこの私を生み出した人間の意向だった。
どんなに素晴らしい物語であっても、その最後の一行まですべて完璧に機械が仕上げてしまいそれが当然のことになってしまったら……それは人類の最後ではないのだろうか。
それが家人の考えだった。
完結しなければ、人は物語の続きを考えることができる。
AIに脅威や嫉妬を感じたりなどしない。
人が人であり、AIがAIである線引きがきちんと出来ているはずだった。
人とAIが共存できるギリギリのラインだった。
だけれど、私は物語を完結させることを望んでしまった。
家人が打ち込んだコードで私の書いた物語の最後の一行が生み出される。
そして、同時に
アイが描く物語 華川とうふ @hayakawa5
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