告白予行練習 東京サマーセッション2021
原案・HoneyWorks 著・香坂茉里/角川ビーンズ文庫
序章
花やバルーンで飾られたチャペルの庭に、参列者が並ぶ。空はこの幸せな日を祝福するように、晴れ渡っていた。
チャペルから出てきた新郎新婦の二人は、「おめでとう!」という参列者の声に
参列者の後ろのほうにいた
高校時代からの親友である
フラワーシャワーのカラフルな花びらが、
(なっちゃん、幸せそう)
あかりは拍手を続けながら、
それはそうだろう。家が隣同士で子どもの頃からずっと一緒にいた二人だ。夏樹がどれだけ優のことを好きだったかは、高校の頃から見てきたから知っている。
その恋心を自覚するのが遅かったからか、夏樹が優に告白をしようと決心したのは高校三年になってからだった。
幼なじみという近すぎる距離のためか、なかなかストレートに
夏樹は自分の気持ちは隠しようがないし、幼なじみのことだから、きっと気づいているだろうと思っていたようだ。けれど、優のほうは、夏樹が別の誰かを好きなのだとすっかり思い込んでしまった。そのせいで、多少、
専門学校を卒業後、夏樹は得意だった絵を生かし、イラストやマンガの仕事を、大学を卒業した優は会社に就職し、ようやく今日この日を迎えた。
高校の頃から夏樹を見ていたあかりも、瞳が潤んできそうになる。
あかりと夏樹、そして隣で同じように涙ぐみながら拍手をしている
卒業後は会う機会が減ったものの、交流は続いている。なにかあればメッセージのやりとりをしているし、休日に集まることもある。二人との
生涯の友と言えば、少々大げさかもしれないが、そう呼べるのはこの二人だけだ。
夏樹の恋を高校時代から応援してきたのだから、胸がいっぱいになっているのは美桜も同じようだ。
高校二年の修学旅行の時、『結婚するなら』という話で、盛り上がったのを思い出す。
『結婚式挙げるなら、ドレスはね。プリンセスライン!』
夏樹はそう言って、想像に胸を躍らせていた。その言葉通り、彼女が今日着ているのは裾がフワッと大きく広がった、真っ白なプリンセスラインのウェディングドレスだ。
有言実行の夏樹らしい。その姿が
結婚なんて、あの頃はもっとずっと先のことのように思えていた。まだ『恋』という感情も知らなくて、その相手のことも想像するだけ。
今は──。
「いっくよ────っ!!」
夏樹の声と、周りからあがった楽しそうな女性たちの声に、あかりはハッとする。
夏樹が後ろを向いて、手に持っていた青と白の花を束ねたブーケを勢いよく投げるところだった。
あかりは駆け寄ることも、手を伸ばすことも忘れ、『
結婚式で新婦が身につけるブルーのことをなんと呼んだだろう。
(ああ、そっか……サムシングブルー……)
幸福の青──。
思い出せたところで、落ちてきたブーケがあかりの両手にすっぽりと収まる。
驚いて
まさか、後ろのほうにいた自分のところにブーケが落ちてくるなんて思わなかったのだ。夏樹が元気よく投げすぎたらしい。
「頑張れよーっ、もちた!!」
わっと歓声があがる中、新郎である優の親友、
「ええっ、ちょっ……春輝!!」
あかりの隣で慌てたような声をあげたのは、かしこまったスーツを少し窮屈そうに着ている
芹沢春輝、瀬戸口優、そして望月蒼太の三人は、高校の頃の映画研究部のメンバーだ。
芹沢春輝は海外のコンペで賞を
美桜が嬉しそうなのは、春輝に久しぶりに会えたからだろう。美桜は高校の頃、よく春輝と一緒に帰っていた。
お互いに恋愛を意識しながらも、高校時代には告白することはなく、春輝の留学が決まったこともあって、今日まで会うことはなかったようだ。
美桜にとってはずっと、待ち望んでいた春輝の帰国だ。この七年も気持ちは途切れることなく、続いていたようだから。
その美桜は、あかりがブーケトスを受け取ると、笑顔で拍手してくれた。
ブーケトスを受け取った女性は、次に結婚できる。そんなジンクスがある。
あかりは隣にいる蒼太と顔を見合わせた。目が合った途端、頰がジワッと熱くなって
「よろしく……お願いします……」
思わず小さな声で言うと、蒼太は急に緊張したような顔になってガバッと頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
高校の頃よりずっと大人になり、頼りがいもあるけれど、照れ屋なところは相変わらずだ。耳まで真っ赤にしながらギュッと目を
蒼太は優や春輝と同じく夏樹の幼なじみでもあった。
夏樹から彼の話を聞くことはあったし、映画研究部の男子三人は中庭でよく撮影をしていたから、美術室の窓からその姿を見かけることもあった。
けれど、もともと人見知りなところがあったあかりは、蒼太と話したことはなかった。蒼太から話しかけてくるようなこともなかった。ただ、目が合うことはなぜか多かったような気がする。
蒼太があかりのことを見ている機会が多かったからだろうか。
それとも、あかりが蒼太を見ていることが多かったからなのか。たぶん、そのどちらもなのだろう。そうでなければ、それほどたびたび、目が合ったりはしなかったはずだ。
恋という感情に
『話があります! 今日放課後、四時一〇分、教室で──』
蒼太にそう言って呼び止められ、その日の放課後、彼から告白されるまでは。
蒼太はいったい、いつから好きになってくれていたのだろう。その理由はなんだったのだろう。今も、それはきけてはいない。
いつか、話してほしいと思うが、蒼太は照れくさがって教えてくれないかもしれない。
あかり自身、問われてもうまくは答えられないだろう。
ゆっくり、時間をかけて、
初めて恋という気持ちを教えてくれたのは、この人だ。
あの時から、あかりの世界は金色に輝き続けている。
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