明日延長と予約 【なとなとの番外編】
たくひあい
◎第0話 記憶実験
■■
――他に、言いたいことは?
「言いたいことを纏めるのは難しい。けれど一番難しいのは、自分の感情ではないという事です」
「変だと思いませんでしたか。ぼくは思いました。おかしいと思いませんか。ぼくは、最初からおかしいと思います」
「これって、思想犯って事ですよ。ぼくは記憶しているだけで、それを外部に売り込んだ訳ではありません」
「それが犯罪だっていうならお笑いですよね。でもあちこちで見かけました。今も思い出してしまうんです」
「例えば、掲示板などに匿名で書き込んでも、特定されないよう、誰に対する書き込みかぼかす事は容易に出来る」
「沢山の人が書き込みをしていますが、その情報だけを見ている筈の人達が組織的に家に訊ねて来たら、どうです? 余程犯罪に関わるものでもなければ、書き込んだ人が悪いでしょうか? 『おかしい、こんなの異常だ』って思いますよね」
「最初から目的を持って監視していなければ、誰に対して思想を持っている等の具体的な事はわからない。わかったらおかしい」
「つまり監視が先にあって、だからこそ反感を持っていると結論づけて身辺調査をした」
「 は、ぼくが身内に反感的思想を持っていたという理由だけで身辺調査が行われた結果なんですから」
「独断で。異常ですよ。どうして勝手に難事件の捜査をしたからとかじゃなく、ただの に反感を持った程度で?」
「思想が外に漏れているとはさすがにぼくは思いませんよ。大半の人はそうです。ただの一般人が何を考えて居るかなんて普通、興味無いですよね。でも、誰かがこうして身辺調査に乗り出している事実、監視し続けて居る事実は存在していた。そしてその頂点に必ず が居る」
■■■
――どうしてか、そこまでして重要な だった。
昔から何処か異常で、健康観察表に怪我をしたと書いたことを知るだけで発狂する だった。
生れたときから、彼の悪口だけは世界中のあらゆる権力をもってして許されない だった。
なぜ、単なる に、そこまで許されているのかは知る由も無かったけれど、
それでも今も思うのは、ぼくがまつりと出会ったからじゃなく、そこまでして絶対的に上にしておきたい の事を語ったからなのではないかという、奇妙で不可思議で、
不気味な、絶対的権力についての事。
そして、それでも、そこまでして絶対的に悪く言われてはならないとすべての社会的な大人が庇う について、やはりぼくは語る。
――だって、やっぱりわからないのだ。
彼の怒りは「悪口を言ったから」でしかなく。
それなのに。それだけで思想すらも許さない勢いを持っている。
まるで独裁国家のように。
わからない。
冒頭からの質疑応答を永遠に脳裏で繰り返してしまうのはその為だ。
それがぼくの罪なのかっていうと、
果たして、そうだろうかと今一つ腑に落ちる事が無い。思想が罪だとしても、それ以外の罪は犯していない筈で――――
監視して居なければその罪すらも暴かれないわけで……
だって、しょうがないじゃないか。
記憶が永遠に残るのだとしたら。
思想がずっと蓄積するのだとしたら。
それほどの監視と、
彼への絶対視が
ぼくを苦しめているんだから。
2020/5/25/22:11追加。初夏の話
記憶。
記憶。
嫌な記憶程、永遠に。
・・・・
ぼくは行七夏々都。
自分の見た景色や長期的な自伝的記憶を覚えている。
――――世間的には『
それに……頭の中にいろいろな情報が浮かんでくるのだ。
小さい頃は浮かんでくるそれらが怖くて、けどどうしていいかわからなくて常に周囲に怯えていた。ひぐらしのなく頃にの雛見沢症候群のモデルになった統合失調症のように、頭に情報があふれ出す病気があると聞いて診断を受けた事もあるけどどうもそれとも違っている。
――だってぼくは、妄想ではなく現実を見ているのだから。
突然こんなことを言い出すと、「えっ、いきなり自慢? 普通にメリットじゃないの!?」と言われることがある。
確かに記憶力が悪い人にとっては凄い事なのかもしれない。だけど……これは同時に、意識を切り替えるペースが通常よりも遅れるという事を意味している。
精神世界と頭の中のテーマを瞬時に切り換えるのは大変なことで、上手く状況を切り替え無いと単語レベルでも辛い記憶が過度に呼び起こされる事も多い。
そのせいで今でも調子が狂ったりするのだけど――――今のところ制御する方法がこうやって記録を残しておくくらいしか存在せず、しかもそれだけで制御しきれていないって事も判明してしまった。
そう、以前、ちょっとした事件があって、ある場所に隔離されたことがあるのだが……記憶力がこういうときに悪く作用する一例として
そこで行われた非人道的実験の一つを上げてみよう。
2023年9月21日0時38分
条件:
■このとき、ぼくの側は外部との接触を断たれているので、一方的に聞かれるのみ。周りも知らない人。
■協力者あるいは実験者は『知り得ない情報を断片的に知らされた赤の他人』
1.誰かが対象(ぼく)を何処かから監視していて、監視に従ってお題を選出する。
→『お題の単語』を電話で実験者に伝える。
マイルドなお題例:「小学校について聞け」「今、水を飲んだか」
2.その単語を即座にぼくに問う
着信のタイミングは知らされておらず、生活の何処かの部分で事前告知無く
着信と質問。
着信と同時にすぐ入室→「小学校について聞く」「今、水を飲んだか」
ときどき、端末の画面を持って来て、音楽や映像を交える。
※このとき実験者は受け答えをしない。「何故聞いたのか、今聞く事なのか」という疑問を投げかけられてもなんとなく聞いた、と答えるのに徹する。
■■■■このときの状態■■■■
外と隔離されていることと、自分が監視されている事、
監視や問われた単語と繋がりのある映像や音楽だけが、用意される。
監視内容、自身の行動によってそれらはショッキングなものに切り替わる可能性もある。
■■■■精神状態■■■■
→いつどのタイミングで着信があり、何を問われるのかわからない。
唐突に挟まれる為、決まったルーティンが在る場合精神的にも著しい乱れが生じる。
→
厳密にはある程度の近所の外出は禁じられていない。ただし常に監視されている。
部屋に居る間は時間、空間感覚が麻痺してくるようになる。
しかし実験者が席を離れないとその場を去れない制約がある。
3.これを一日のうち、電話が掛かってくる度に実験者が対応し、電話の単語を直接ぼくに問う、という実験が行われた。
ときに映像や音楽が同時に送られてくるというもので、
一日に2,3セット繰り返し、1か月ほど毎日行っていた。
・鏡を見続け「お前は誰だ」と問う状態に近くなる。
■異なる点
・外部情報と内部情報のずれが生じ、更に突然電話が鳴ると言う不規則性
『定期的に自己暗示をかける』のとは違い、逃れようのない自然災害のように、突然外部情報としての洗脳を行う。
……と、まぁ、普通はやってはいけない実験の一つなのだが、実際に行われたのだから仕方が無い。
恐らくは人間の耐久精度を調べるような実験だったのだろう。
そのときのぼくは頭の中が一杯になってとても大変で、
やがてはパブロフよろしくベルが鳴るたびに体に異常が起きるし、フラッシュバックが四方八方から来て収拾が全然つかなくなり解散してしまったほどだ。
後遺症で、今でもろくにテレビや本を読むことが出来ない。出来なくもないが自発的にはやらなくなった。
と、いうか、出来なかった。
ずっと。
ゲシュタルトが崩壊したかのように。
文字列が分解されて。
景色が、分解されて。
歪んで、壊れて、しまった。
いや、厳密に壊れては無いのだろうけれど、
喋る人形が接触不良を起こしているみたいに、うまく接触が、合わなくなって、結局のところある程度の認知機能――ベースとなる生体的な情報を取り戻す必要が生じていた。
けれど、
そこで見るものもやはり、ただ広い宇宙なのだった。
何を言っているかわからないと思うが、
ぼくにも何を言っているのかわからない。
わからない。
広くて、遠くて、果てしない宇宙。
眼前に見えるのが、幻覚などではなく……いや、分からない方がきっと幸福だ。
意味がさっぱりわからなくなったのはぼく
もその通りだったけれど、
「なんだよこれ!!!」
と叫び回るくらいしか出来なくなったぼくは、やはり正常では無いのだろう。
果てしない孤独だった。
何処にも、ぼく以外が無い孤独だった。
目の前にあるのは
水や酸素のある宇宙だった。
……
だから、星を追いかけていても、現実が何処にあるのか。
それで、ぼくはある日、聞いた。
聞いたというか、何気なく話してみた。
こんな話が出来るのは、
まつりくらいだった。
神童で、幼馴染の、佳ノ宮まつり。
『あの場所』から出た後。
二人で、家に帰って聞いた。
「――それで、ぼくは、なるべく記憶とかなんとか、思いださないようにしてたんだけど」
「ほうほう」
「そしたら、なんか、宇宙になっちゃって」
「ほうほう」
まつりは、始終真顔だった。
大爆笑とか、そういうのを期待したっていうのに。頷きながら真面目に聞いているのである。ぼくの方がむしろ混乱してきた。
「あらゆるものが視えて、何もかも、星が、並んでいて。ぼくだけが其処に在って……誰も居なくて、静かなんだ。ぼく以外が。
今までに感じた事が無いような孤独で」
「ふむ」
「ねぇ、どうして、何も言わないの?」
何か突っ込んで欲しいと、勢い余ったぼくは思わず訊ねたが、まつりは不思議そう瞬きした。
「言ってるじゃないか。聞いてるよ」
「そうじゃなくて……そうじゃなくてさ、笑うんだろ?」
「どうして?」
純粋に、疑問なようだった。
「なぁぜなぁぜ」
……。
「いや、さ。アレを受けてから、なんだか調子がおかしいんだ、認知機能が変わってしまったっていうか、前より……前以上に、なんだろう、広いっていうか」
「広い?」
「その……心の中に。空間を思い浮かべる、みたいなのが。
その、それが、すっと、壁が壊れて、目の前に宇宙が視えて、酸素があって、星があって……宇宙に、誰も居ないところに、ぽんと投げ出されてぼくが其処に居るような、酷く、寂しい、何処までも続く、果てしない孤独……こんなの、夢だよな。わかってるんだ。でも、ずっと」
ぼくが、例えば地球の周りを、ぐるぐる、回っている気がする。
なんて、ふざけたことを言っても
まつりは、やはり笑わなかった。
少し寂しそうに眉を寄せて、
「夢も現実なんだよ。現実も夢なんだよ」と意味の分からない事を言う。
だから、余計にぼくはどうしていいかわからない。
「抑えられないんだ、今まで抑えていたものが。全部、フレームごと、歪んで、絶対あのときのせいなんだけど」
まつりは、ただじっと何か考えて居るままだ。
「そう」
「なぁ、まつりは何か、知らないのか? 組織が何か開発してたとか……」
まつりは首を傾げただけだった。
「わかんないな。まつりはそっちに居なかったし、研究はお姉ちゃんやクズ兄貴たちの担当だから」
「噂程度でも何か、それらしいこととか」
まつりはきょとんとしたまま答える。
「んー、まつりもいろいろと探してるけど、今のところそういうのは、出てきてないかな」
「そっか」
でも、確かにそうか。
こんな、いきなり宇宙が見えるようになるものなんか、人間に作れるわけがない。
あぁ、でも、どうしよう、解決法も思いつかない。
頭を抱えていると、まつりがふ、と微笑んだ。
それは笑っている、というよりもぼくを愛おしそうに見つめている。
「大丈夫だよ。意識が溢れて止まらない時でも。その全身全霊でまつりのことだけを視て。まつりが封じ込めてあげる」
それに、どんな意味が込められているのかはわからない。
けれど、
「君はご主人様の事だけを考えれば良いんだよ」
孤独な宇宙以上に、ぼくに絶対的な支配力を持って、佳ノ宮まつりは存在する。
「まつりは、その為のご主人様なんだから」
ぼくを嫌いな人はよく神様などいない、魔女も居ない、って言って来るけれど、それは彼らの世界のにとって都合が良くないって話。
それはまさしく、ぼくの全宇宙の中で
唯一にして無二の神様以外の何物でもなかった。
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