この世で一番綺麗な『宝石』
御厨カイト
この世で一番綺麗な『宝石』
「アハッ、今月の宝石も凄く綺麗だな~」
手に持った“宝石”をまじまじと見つめながら、僕はそう呟く。
まるで恋人を見ているかのようなうっとりした目。
誰が見ても僕が宝石の事を心から愛していることが分かることだろう。
いやー、今月もまた素晴らしいコレクションが増えたな~。
やっぱり僕の目に狂いは無かった。
大事にショーケースに入れておかなくちゃ。
……それにしても、もうこんな時間か。
そろそろ工房の方も開けないといけないな。
この作業をするとどうしても時間を忘れて没頭してしまう。
……僕の悪い癖だ。
取り敢えずこれはショーケースに移しておいてっと……
楽しむのはまた仕事が終わってからだな。
そんな事を考えながら、僕はぐぅーっと背伸びをする。
長時間しゃがんで作業をしていたからかポキポキッと関節が鳴った。
ジーンとした痛みに少し顔を歪めながら地下からの階段を上る。
……よっし、それじゃあ今日も仕事頑張りましょうかね。
********
ある県の山奥にある小さなガラス工房。
僕はそこを一人で切り盛りしている。
有難い事に月に10件くらいは注文が来るし、週に何人かはこの工房を訪れる。
そのおかげで僕はこの仕事を続けることが出来ている。
今日も昨日作りかけだったガラス細工の仕上げをしようと作業に取り掛かろうとした時、工房のドアが開く。
そして、1人の女性が姿を現した。
すごく綺麗な女性。
胸がドキッとする。
きょろきょろと工房内を見回している女性に僕は笑顔で話しかける。
「遠路はるばる僕の工房へお越し頂きありがとうございます。ご見学でしょうか?それともオーダーメイドのご注文でしょうか?」
急に話しかけられたからか、彼女はビクッと少し驚いた様子。
でも、僕がこの工房の者と分かると恐る恐るではあるが返答する。
「あっ……えっと……オーダーメイドの注文をしたいのですが……」
「なるほど、それはありがとうございます。それでしたら、ここではなんですので奥の方で注文に関して伺いますね」
「あ、はい、分かりました」
……よし、今月はこの人だな。
「それでは早速オーダーメイドに関して色々と伺っていきたいと思います。ではまず最初に、そもそもこの工房で頼もうと思った理由みたいなのがあればお聞かせ願えますか?」
奥の部屋にて、彼女の目の前にお茶を置きながら僕はそう尋ねる。
「えっと……元々私はガラス細工に興味があったのですがやはりオーダーメイドとなると些か高くて……。それでどうしようかなと思っていたらこちらの工房を見つけたんです」
そこでお茶を一口。
「やはりオーダーメイドの金額が他と比べて安いというのと作品が凄く綺麗で私好みだったので『是非この工房で頼みたい』と思って、今日来させていただきました」
「それはそれは、本当に嬉しい言葉ありがとうございます。ここを選ばれた事をお客様が後悔なさらないように誠心誠意作らせて頂きますね。……それでは早速本題のオーダーメイドについて色々質問させて頂きます。まずどのような物が良いのかふんわりとしたイメージでも良いのでお聞かせください」
「そうですね……私が考えていたイメージとしては――――」
これからは色々話し合いをし、具体的にどのようなデザインが良いのか固めていく。
そして30分が経った時、ある程度のデザインが固まって来た。
「……はい、これで一応全ての質問が終わりました。これから早速、お客様のご要望やデザインを基に色々案を考えていきたいと思います」
「なるほど、ありがとうございます。……それにしても、本当にここのガラス細工は宝石のように綺麗ですね」
「……そう言って頂き光栄です。ここまで来るのに結構大変でした」
「本当に凄いです。ガラス細工と言ってもここまでクオリティは……
「あはは、お疲れのようですね」
「あっ、すいません。急に眠気が……」
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそこんな山奥まで来ていただき本当にありがとうございます。何でしたら僕は先ほどの工房の方で作業をするのでこちらで少々お休み頂いてもよろしいですよ」
「……それじゃ、そのご厚意に甘えようかな。少しだけ休ませて頂きますね」
「はい、僕は工房で作業しているので起きたらまた声を掛けて下さい」
「分かりました、ありがとうございます」
そうして、ニコッと微笑みながら僕はこの部屋を後にする。
……数分後、直ぐに僕はそーっと戻る。
……良かった、ちゃんと寝てる。
ソファに横たわっている彼女の口元に軽く手を当てて寝ていることを確認する。
よし、ステップ1はクリア。
次は地下室に運ばないとな。
彼女がお茶と共に飲んだ睡眠薬は市販の奴を色々混ぜて作った強力な奴だからちょっとやそっと動かしても起きないだろう。
そう思いながら、僕は彼女をお姫様抱っこして地下室へと運ぶ。
地下室もそもそも僕しか存在を知らないし、行き方も分からないからな。
万が一のことがあっても大丈夫。
起こさないように慎重に階段を降り、その先にある台の上に彼女を乗せる。
その間も彼女は気持ちよさそうに寝息を立てている。
……見れば見るほど綺麗な女性だ。
これならきっとこれから作る“宝石”も凄く綺麗なんだろうな。
ものすごく胸が高鳴る。
台に乗せた後は手足を台に拘束して、逆に気体を送れるように改良したガスマスクを彼女に着ける。
そして、いつも仕事で使うあの気体をガスマスクに送るようにバルブを開ける。
あとは大体6時間放置するだけ。
もし途中で起きたとしても手足は拘束してるし、そもそもガスマスクは着けている側から外れないようにしてあるからそれも大丈夫。
……でも、最初の頃は睡眠薬の量が足りなくて途中で暴れ出す人とかいてマジでびっくりしたな。
まぁ、数分後には静かになってたけど。
それじゃあ、完成するまで作業しながら楽しみに待ちますかね。
僕は「ふぅ」と小さく息を吐いて、工房の方へと戻る。
ふと顔を上げるともうあれから6時間経っていた。
結局あの後からお客さんは一人も来なかったな。
でも、逆に今回は都合が良いかもしれない。
凝り固まった首を回しながら、僕はまた地下室へと向かう。
……うん、暴れた跡も無いから結局あの後は静かに逝ったのかな。
良かった良かった。
そう安心しながらマスクを外すと、台に乗せた時と同じ綺麗な彼女の顔が現れる。
アハハ、これからもっと綺麗にしてあげるからね。
ステップ2は完了したから、次はステップ3だな。
僕は部屋の奥から大きな水槽を持ってきて、まずはそこに服を脱がせた彼女を入れる。
そして次にネットで買った硫酸をその水槽の中に入れる。
大体1回に500mlのボトルを20~30本を使うから、何気にこの作業が一番大変かもしれないな。
……頑張らないと。
全体が浸かるぐらい硫酸まで入れたら、また6時間ぐらい放置。
ふぅ、あともう少し、あともう少しで“宝石”が手に入る。
あぁ、ニヤニヤが止まらないな……
そんな感じで僕はまた時が過ぎるのを楽しみに待つのだった。
……何だかんだ作業しているとあっと言う間に時間が経っていた。
地下室を開けて、様子を見に行く。
……うん、良い感じだ。
良い感じに皮膚が溶けて、柔らかくなってる。
これなら作業しやすそうだ。
これでステップ3も完了。
あとは最後のステップ4。
ちゃんと作業出来る様に防護服を着てから、彼女の事を水槽から取り出す。
たまにミスると運ぶ際に柔らかくなった皮膚がズルリと取れて全部台無しになってしまう事があるから、慎重に慎重に……
……ふぅ、よし今回はミスらなかったな。
広げたブルーシートの上には皮膚が柔らかくなったことで顔の輪郭が崩れてしまっている彼女が横たわっている。
そんな彼女をニコニコ見ながら、僕はおもむろにナイフを取り出し彼女の顔の肉をゆっくり慎重に削いでいく。
この作業が一番神経を使う。
皮膚や肉は柔らかいから削ぎやすいけど、だからこそ勢い良くいきそうで怖い。
せっかくの“宝石”に傷がついてしまったらたまったもんじゃないからな。
慎重に慎重に……まるで生ハムの原木を削ぐかのようにゆっくりと削いでいく。
……少しして、キラッと光る物が見えてきた。
傷をつけないように、そっと……そっと……
ふぅー……やっとだ……
やっと僕の宝石が手に入った……
あぁ、今月も良い出来だな……
僕はとうとう露になった“宝石”へとなった頭蓋骨を見て、そう呟く。
青や緑、そして紫へとカラフルに輝く『蛍石』へとなった頭蓋骨を見て、そう呟く。
僕のようなガラス工芸士はガラスに装飾を施す際にフッ化水素(HF)などを用いることがある。
まぁ、所謂ガラスエッチングと呼ばれる技法だ。
そして、今言ったフッ化水素(HF)と人間の骨の主成分であるカルシウム(Ca)が合わせるとフッ化カルシウム(CaF₂)所謂『蛍石』へと変貌する。
……言ってしまえばこれはただの化学だが宝石に魅せられていた僕からしたら神様が僕のために作ってくれた化学式の様にしか思えなかった。
この時だけは神を信じたな。
……おっと、まだ全ての作業が終わっていない。
流石に全て終わるまで気を抜くことは出来ないな。
もう一度気を引き締め、今度は体の方へ移っていく。
無言で慎重に慎重に皮膚や肉、ズタズタになった臓器などを削ぎ落していく。
……まるで化石を掘り出しているかのような感じだ。
そんな感じで全身の骨以外を全て綺麗に削ぎ落していった。
……圧巻だ。
ライトに照らされながら、キラキラと輝く骨、いや“蛍石”を見て思わず言葉が漏れる。
やはり骨と言えども純粋なカルシウムでは無い為、所々壊死しているところがあるがこれはこれで良い味を出している。
これこそが『不完全の美』と言うのだろうな。
「はぁー」と見惚れてしまう。
ずっと見ていられるほどの美しさ。
ゴテゴテのダイヤモンドよりも何十倍も美しい。
そんな美しい宝石をずっと鑑賞できるようにガラスのショーケースに入れて、大切に保管する。
今月もまた素晴らしいコレクションが増えたものだ。
手間やコストの関係で1か月に1つしか採れないのが残念だが、こればっかりは仕方がない。
……まぁ、それに後片付けも大変だしな。
皮膚とかを溶かすのに使った硫酸は石鹸を作るという表向きの目的で買った苛性ソーダを使って中和させ、下水道へと流す。
削ぎ落した皮膚や肉は角煮の様に柔らかくなっているからミキサーでドロドロにして、山奥で適当に穴を掘ってそこに流す。
そして最後に、使ったブルーシートとかは焼却処分して、出てきた灰も山奥で適当に撒く。
言うのは簡単だけど、やるのは結構大変だからやっぱり1か月に1回ぐらいが丁度良いのかもね。
……ホント、これ綺麗だな。
ずっと見ちゃう……っていけないいけない。
この作業してるとどうしても時間を忘れて没頭しちゃう僕の悪い癖が出てるよ。
次回から直そうって先月決心したはずなんだけどな……
来月の自分に期待だな、こりゃ。
それにしても来月は一体どんな“宝石”が僕のコレクションに加わるんだろうな…………
楽しみだ。
この世で一番綺麗な『宝石』 御厨カイト @mikuriya777
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