第4話 距離感

 いつものように学校へ向かう。中学から変化したものの1つである通学。徒歩から電車になった。幸いにして通勤ラッシュとは逆方向に向かうので満員電車ではない。それでも長い電車は立客がいるくらいには混んでいる。いつもより少し早めに出たのに、そこまで空いてなかった。いつだったら座れるのだろう。


「あれ?咲じゃん」


電車の中ででかおりに話しかけられた。どうやら同じ電車だったらしい。


「なんか早いね」

「ちょっと気分転換」

「珍しいね」

「気分転換ぐらいするよ」


 それから、かおりと一緒に学校へ向かう。昨日、入部したことを話すと、


「ついに高校デビューか」


 と、部活に入っただけで高校デビューにされるなんて、私はどれ程何もしてこなかったと思われているのか。


「やっぱり、あの先輩がいるから入部したの?」

「違うって」

「じゃあ何で入部したの?」

「どうなんだろうね」




 眠たい朝の授業を終えて昼休みが来た。


「咲ちゃ~ん」


 いつものように昼食を食べていると、春先輩が教室にやってきた。なんだかすごく笑顔だ。いや、普段も笑顔だけど。


「どうしたんですか?」

「咲ちゃん、今日は部活に来る?」

「まあ、はい」


 なんだか、周囲から視線を感じる。普段見慣れない人、しかも2年生が来たわけだから、気になってしまうのかもしれない。1人ものすごくにやにやとこっちを見てるやつもいるけど。気づかないふりをしよう。


「じゃあ、今日は咲ちゃんの歓迎会だよ」

「歓迎会…ですか?」

「うん、部室でやるから待っててね」

「えっと、ありがとうございます」


 春先輩は「またね~」と言って、教室を出ていった。隣を見ると、まだ、かおりがこっちをにやにやと見てる。


「なに?」

「今の人、この前の人だよね」

「そう」


 かおりは、「へえー」、「ふーん」と何か面白そうにしている。


「春先輩って、咲,ずいぶん懐いてるね」

「いや、先輩がそう呼べって」

「そっかー、そっかー」


 それから、昼休み中かおりはずっとにやにやしていてうっとおしかった。いつか仕返ししてやろう。




 放課後、部室へ向かう。上階からは吹奏楽部の演奏が聴こえる。


「おーい、咲ちゃん。こっちだよー」


 部室の前には春先輩が居た。わざわざ私を外で待っていてくれていたみたいだ。そうして私を見つけると手を振ってきた。


「こんにちは」

「こんにちはー、準備できてるから入って入って」


 そう言って、春先輩は私を部室の中に招き入れる。


「咲ちゃん、自然科学部へようこそ」


 早速、歓迎会が始まった。部室の長机には、お菓子やらジュースが並べられている。お菓子を持ち込むのは良いんですかと聞いてみたら


「顧問の先生が、「問題起こさなきゃなんでもいい」だって」


 とのこと。適当だな。とは思うけど、よく考えればこの部活が許されている時点で察することが出来る。


「これは…」


「電気パンだよ。この前おいしそうに食べてたから」


 先輩が食べたいんじゃないですか。と思ったが、まあ、せっかく作ってくれたんだ。


「ありがとうございます」


 それから、先輩たちとお菓子を食べながらいろいろと話ををした。


「咲ちゃんは、もう学校で友達できた?」

「中学から一緒の友達が一人います」


 私の交友関係は狭い。かおりを除けば仲が良いと呼べる人はほとんどいない。別に私は一人が好きというわけではない。周囲に誰かいてくれた方がやっぱりいい。ただ、生来の性格が友達作りにも影響を及ぼしているのだと思う。絶対本人には言わないけど、かおりがこの高校を受験するといったから私も受けた。


「そういえば、みなさんはいつ知り合ったんですか?」

「私たちここの学園の中学から一緒なんだよ」

「そうだったんですね」


 そういえば、ここには中東部もあったのを忘れてた。大半が高校からの入学者だけど一部は内部進学の人なんだ。確かに、中高一貫校だから、中学から一緒という人も少なくないのかもしれない。


「だから、そんなに仲がいいんですね」

「そう見えるかしら?」

「はい。とても」


 高校からの友達でも仲は良くなるが、なんというか年季というか、子供のころの遠慮のなさのようなものを3人からは感じる。そうやって気の置けない相手がいるというのは、安心できるものだと思う。私も高校になって、環境が変わって、周囲に友達がほとんどいないことに多少なりとも不安を感じたりしたけど、かおりがいたから安心できたんだから。本人には絶対言わないけど。先輩たちは中学から一緒で、部活でも一緒なんだからお互いのことが本当に大切なんだろう。


「そうだ、咲ちゃん。みんなのこと名前で呼んでよ」

「急に何ですか?」

「いいじゃんそれ。な、葵」

「そうね、春だけ名前呼びは少し寂しいわ」


 春先輩が突然そんなことを言い出し、川原先輩、佐保先輩も同調した。まあ、別に頑なに名字で呼ぶ理由は無いし、先輩方が名前で呼ぶように言うなら、それでいい。


「…わかりました。彩先輩、葵先輩」

「うむ、くるしゅうないぞ。サッキー」

「改めてよろしくね。咲」


 彩先輩の大仰なのかどうかよくわからない返答はともかく、これからは、名前呼びになりそうだ。


「よかったね。咲ちゃん」

「何がですか?」





 歓迎会も終わり、そろそろ時刻は18時半になろうとしていた。


「あ、帰り道一緒なんだね。じゃあ一緒に帰ろっか」

「そうですね」


 どうやら、春先輩と私は途中の駅まで帰り道が一緒らしい。


「じゃあ、二人ともまた明日ー」

「またね、二人とも」


 校門で葵先輩、彩先輩と別れて二人、駅への道を歩く。5月になったとはいえこの時間はまだ暗い。

 隣を歩く春先輩を見ると、何か考え事をしているようだった。


「ねえ、咲ちゃん」

「なんですか?」

「今日は、楽しかった?」


 何を考えているのかと思ったら,そんなことだったのか。


「まあ、そうですね」

「わたしはもっと咲ちゃんと仲良くなりたいって思ってる」


 真面目な顔で私に語り掛けてくる。なんの話だろう。


「だからね、遠慮しなくていいんだよ」

「…」


 遠慮……まあ遠慮というか一歩引いて先輩たちと接していたと思う。春先輩がいつ気づいたかはわからない。でも、今日の名前呼びの一件も、私に打ち解けて欲しいと思ったからなんだろう。


「はい」


 距離感なんて分からない。これから春先輩とはどういった関係になるのだろうか。

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