私は先輩に何を求める?

くと

プロローグ

第1話 出会いと電気パン

  私は春という季節が苦手だ。春は変化の季節。その変化は、私の意志にかかわらず向こうからやって来る。慣れ親しんだ人や環境と別れなけれならない。小学校、中学校のクラス替えのたびに憂うつな気分になったし、中学や高校の進学の時はさらに大きく人間関係や環境が変わる。そういうことは、とにかく疲れる。だから、私は疲れないようにしたい。


 それでも、春という季節に前向きな気持ちで向き合う人は多い。そういう人たちは、春という季節に何を期待し、何を求めているのだろうか。








 高校入学から1か月ほど過ぎた。高校生になったからといって心機一転、何かをするわけではない。何かやりたいことがあるわけでもない。入学からのこの1か月は,惰性で過ごしてきた。今のところ私の高校生活は中学とさほど変わらない気がする。中学の頃も自ら変化を求めて行動するなんてことしなかった。髪型でさえ、ずっと肩より少し下あたりまで伸ばすスタイルから変えていない。変わったところといえば、通学手段が徒歩から電車に、制服がセーラーからブレザーになったぐらいだろうか。それらの変化は自分自身の行動の結果ではなくたまたまそうなっただけだ。


 別に変化がないからと言って不満があるわけではない。むしろ今までと同じなら深く考えなくていいぶん楽だとも思う。


 5月を迎えるころには、みんな学校にも慣れ始め、新しくできた友達とどこかへ遊びに行ったり、部活動に精を出す姿を目にするようになった。そんなある日の放課後、いつものように友達と少し雑談をしてから帰り支度をする。そうして、友達と帰りの挨拶をして校舎を出た。

 玄関を出るとすぐに一本の木が目に入る,あまり詳しくないから分からないけどおそらく桜の木なんだろう、その枝には青々とした葉が茂っていて街路の樹としか認識できない.桜をあまり意識してみたことは無いけど少なくとも入学式の時には散っていたと思う、中学の卒業式の時は咲いていただろうか。だとしたら桜は別れの花なのだろう。もうすぐ春も終わりだ。


「ねえ、部活やってる?」

「はい?」

「やってないならちょっと来て!お願い!」


 突然、声をかけられた.話しかけてきた方に目を向けると1人の女子生徒が立っている。リボンの色は赤、ということは2年生だろう。もう5月だというのに部活勧誘をしているのかとは思ったけど、一旦置いておこう。

 私は今まさに家路につこうとしている。部活の見学なんてしたらいつ帰れるかわからない。というかそもそも何の部活にも入る気がないので見に行く意味がない。だから帰ろう。


[ちょっとでいいから見に来て?]

「…まあ,少しくらいなら」


 別に道場とかそういう気持ちが湧いたわけではない.ただ,何故だか分からないけど了承の返事をしていた.


「ほんと、ありがとう!」


 どうせ暇なわけだし見学くらいはまあいいか。


 大事なことを忘れていた。この人は何の部活をしているのだろうか。何も考えずに返事をしてしまったけど運動部とかは嫌だなぁ、疲れるし。

 隣を歩く先輩をちらりと見る。服装は体操服ではなく制服。背は私より少しだけ高くて細身。髪は肩に少しかかる程度で長くはない。だけどスポーツをしているようには見えない。日焼けもしていない。歩いている方向からして運動場や体育館ではないことがわかる。茶道部や文芸部のある部活棟でもない。音楽室や、美術室のある教育棟へ向かっている。ということは、吹奏楽部や美術部だろうか。でも、それらの部活は人気で部員が足りていない。なんて聞いたことがない。だから5月になっても部員を集めているなんて思えない。私が知らないだけかもしれないけど、新入生向けの部活紹介には大勢の部員が参加していたと思う。


「あの、聞くのを忘れてたんですけど、何の部活なんですか?」

「あ、言ってなかったね。自然科学部だよ」


 自然科学部、部活が一覧で書いてある紙にそんな名前の部活があった気がする。何をしているかは知らないけど。勝手なことをいうと、凄そう。とか賢そう。とかそんなよく分からない感想しか出てこない。


「♪~♪~」


 隣を歩く先輩は、相変わらずうれしそうで、鼻歌まで歌いだした。

 自然科学部がどんな部活かは分からないけど、あくまで自分のイメージを言うと、隣で鼻歌を歌っているこの人が自然科学部の部員だと言われても、ぽくないと思ってしまう。何部っぽいかと聞かれても分からないけど、自然科学部ではない。

 それから軽い雑談をしながら少し歩くと目的地に着いた。


「着いたよ。ここが部室」


 化学準備室と書かれたプレートが掲げられているる部屋の前に着いた。どうやら先輩の言っていることは本当らしい。「どうぞ入って~」と案内されるがままにに化学準備室に足を踏み入れる。部屋の中には椅子や机、棚がある。机は部屋の真ん中に長机が1つ、部屋の奥に職員室にあるような机が1つある。棚の中には実験で使うであろうビーカーなどの器具が置いてある。他にも、部屋の角には冷蔵庫やら流し台まである。そこまで広くない部屋だけど物は多い。


「えっと、部員は他に2人いるけど、今日は用事でいないからわたしが案内するね」


 どうやら残りの部員は2人らしい。以前、暇なときに見た生徒手帳には部活は部員が4人以上必要と書いてあった。それ以下だと廃部になるらしい。

 なんとなく私が呼び止められた理由が分かった気がする。


「それじゃあ、さっそく活動内容として、実験を見せるから化学室で待っててね」


 そういって先輩は準備を始めた。言われた通りに隣の化学室で待つ。化学室も初めて入ったけど中学にあった理科室とさほど変わらない。流し台のついた大きい机がいくつか並び、後ろには実験器具が仕舞われた棚がある。理そして、前方には黒板と大きい教卓が設置されている。まさに多くの人がイメージする理科室だ。


 席に座り先輩が来るのを待っていると、何分か経ったころで先輩がトレーにいろいろなものを載せて理科室に来た。


「改めまして、自然科学部へようこそ。わたしは部員の天野春です」

「えっと、高田咲です」

「咲ちゃんだね、よろしく!」


 早速、名前で呼んでくるとはフレンドリーというかなんというか。ただ、悪い印象は受けない。天野先輩のふんわりとした雰囲気と人懐っこそうな表情が小動物を彷彿とさせるからだろうか。


「それじゃあ、今から電気の実験をするね」


 そう言って天野先輩はトレーから机に実験器具らしきものを出して準備を始める。牛乳パックの下半分、四角い容器みたいになってる。それと2枚の金属板。ここまでは分かる。あとは、先端が洗濯ばさみみたいになってる赤と黒の線。ビーカーに入った白い液体?。それと、よくわからない機械がある。なんかよくわからないけど自然科学部ぽい。この人ちゃんとした部員だったんだ。


「まず、使う器具について説明するね」


 使うものについての説明を受ける。どうやら、さっきの赤と黒の線は中に銅線が入っていて電気を通すらしい。それで先端の洗濯ばさみはワニぐちクリップというそうだ。よくわからない機械は電気を発生させる電源らしい。よくわからないけど。


「この白いやつは秘密だよ。終わってからのお楽しみ」


 ビーカーの中に入った液体らしき何かは秘密らしい。そうして天野先輩は実験を始める。牛乳パックの中にさっきの白い液体を入れ、2枚の金属板をその中に挿した。2枚の金属板の片方に赤い線を、もう片方に黒い線ワニぐちクリップでつなげた。最後に赤い線、黒い線の何もつなげていないもう一端を電源に接続してスイッチを入れた。


「後は、完成まで待つだけだよ」

「何かを作ってるんですか?」

「うん、完成したらあげるね!」

「え?」


 なにが出来るかわかっていないのに、あげると言われても困る。小学校の時、クラスの子がクラブ活動で作ったというスライムを教室に持ってきていたけど、もし今スライムを貰っても困る。そんな感じだ。

 そんなことを考えている間も実験は進み、牛乳パックの中の液体?は次第に固まっていく。そして膨らんでいく。大丈夫?爆発とかしない?


「完成したよ~」


 電源を入れてから数分で出来たらしい。牛乳パックの中には白いふっくらとしたパンのようなものがあった。


「これは何ですか?」

「電気パンだよ。食べてみて」


 よくわからないけど食べ物らしい。フォークを受け取り電気パンを食べてみる。


「ホットケーキ?」


 見た目は違うけど、味はホットケーキ。うん、普通においしい。「おいしいです」と言ったら、天野先輩は「良かった~」とすごくうれしそうだった。なんというかよく笑う人だ。


「これはね、ホットケーキミックスと、牛乳を混ぜたものなんだよ。それを電気で温めたの」


 やっぱりホットケーキだっだった。どういうふうに出来上がったのかは知らないけど、まあ、特に興味はない。多分聞いても分からないだろうし。


「…」


 ふと思った。私は今、何の部活の見学をしているのだろうか。確か自然科学部だ。調理部じゃない。先輩だって実験をすると言っていたし、調理器具を使ったわけでもない。出来上がったのが食べ物であるということで。


「あの、天野先輩」

「春でいいよ」

「え?」

「春先輩でいいよ~」


 なんかめんどくさそうなので、とりあえず受け入れよう。


「春先輩、普段はどんな実験をしているんですか?」

「今のだよ」

「…他には?」

「わたし、電気パン好きなんだ。あ、でも、たまにほかのお菓子も作るよ」


 お菓子作りって言っちゃたよ。実験じゃなかったんですか。


「どうしたの?」


 実験が何をすることなのかよくは分からないけど、お菓子作りでまとめられるものじゃないと思う。


「あの、お菓子作り以外はなにを」

「お菓子作りじゃないよ。実験だよ」


 さっき自分でお菓子作りって言ってましたよ。春先輩。


「普段はどんな活動をしているんですか?」

「えっとね…」


 春先輩が言うには、実験(お菓子作り)はしたい(食べたい)ときにするとのこと。それ以外は部室で他の部員と雑談したりしているらしい。話を聞いてもここが自然科学部であると納得できなかった。




 電気パンを食べ終えたあと、しばらくは先輩と話をしていた。話の途中先輩はずっと楽しそうだった。愛想笑いとは思えない心からの笑顔だった。私自身も案外楽しかった。初対面の人と話をするなんて疲れると思ったいたけど、そんなことは無かった。だからだろう。


「どうだったかな?」


 先輩がこっちを不安そうに見てる。


「少し考えてみますね」


 こう答えることは決めていた。だけど、その意味は変わった。もともとは、適当に話をして、うやむやにするつもりだった。でも今は、もう少し先輩と話をしてみたいとすら思えた。、


「ほんと!」


 先輩は、凄くうれしそうに笑っている。表情豊かな人だ、私とは違う。私はこんなにうれしそうな、楽しそうな顔になれるだろうか。。


「また、見学に来ますね」

「うん、待ってるね!」


ともかく、どうせ暇なんだ。

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