カタリベ

瀬野しぐれ

開幕

第1話 カタリベと使怪

 北海道の玄関口、函館。

 和洋折衷が彩る街のとある場所。朱色の鳥居がたたずむ神社がある。

 そして、神社の境内には一人の男が立っていた。

 ミツカ トモエ。

 この物語の主人公である。


「いつまでそうしてるつもりですか」


 トモエの脇からひょこっと白髪の少女が顔を出す。

 少女の背には日本刀と思しきモノが担がれていた。


「いやそうは言うけどさ、新しい仕事ってのは簡単に見つからないんだよ?」

「ボクはお腹がすいたので、何か食べに行きたいのですよ」

「……食べ物を買うのにもお金が要るんだよ?」

「ですから、早くカタリベになろうと言っているのです」


 トモエは自身の眉間を指でつまんで考え込む。


「そろそろ腹をくくる時か」

「はい。カタリベは万年、人材募集中です。特に、主殿のような逸材は喉から手が出るほど欲しいでしょう」


 自身の両頬をぴしゃりと平手打ち。


「よし、決めた。カタリベになるか」


 日本には各地に妖怪が存在する。

 しかし元より妖怪の少ない土地も存在した。

 北海道。

 かねてより妖怪のほとんどいないこの土地は、本州に住処を失った妖怪たちの格好の餌食となりかけたのだ。

 妖怪たちは北海道へ向けて大移動を始め、それは後に「百鬼夜行」と呼ばれる大事件となった。

 妖怪の見えない者は病に侵され、妖怪が見えてかつ戦うことのできる者は対処に追われたという。勿論、犠牲者も数えきれない。

 その百鬼夜行の決戦地となったのが北海道への入り口である、函館だったのだ。


 そして辛くも勝利した人間側。

 妖怪と戦うことのできる者たちは百鬼夜行が二度と起こらないようにする為、適度に妖怪を受け入れては害のある存在を間引きするという仕事を確立させた。

 これが「カタリベ」である。


 トモエは神社の階段を降りると、また別の神社へと向かって足を進め始めた。


 夏の暑い日差しが髪を焼く。

 額に浮き出る汗をぬぐいながら、何とか目的の神社へとたどり着いた。

 とある学校の裏に鎮座するその神社はどこか懐かしい雰囲気。

 階段を上った先にある拝殿に今回用はない。肝心なのは社務所、そこにいる人へ目的を伝えることだ。


「すみません。カタリベになりたくて来たんですけど」

「カタリベ希望者ですね、本殿の方へどうぞ」


 トモエは担当者に案内されるがまま本殿へと向かう。

 刹那、耳が痛くなる程の怒号が飛んできた。


「だからよ、俺が賽銭を盗んだって証拠はどこにあんだよ!」

「俺は確かに見たぜ、お前が木箱の裏から何か持ち出すのをな」


 声をした方を見ると、強面の男と赤髪の男が言い合っている様子。


(こういうのは関わらない方が良いんだよな)


 自分たちで解決してくれと言わんばかりに本殿へと向かい再度歩き始めるトモエ。

 しかし、次の瞬間見過ごせない行動が彼の眼に映る。


「俺はお前みたいな奴が、無駄な正義感を振りかざすような馬鹿が、一番大っ嫌いなんだよ! いっぺん、地べた這いつくばれや!」


 男が叫ぶと赤髪の上着が突然発火した。


「うおおおおっ!?」


 パニックになる赤髪。このままでは洒落にならないやけどをすることになるだろう。

 それを見過ごせるトモエではなかった。


「キク!」


 トモエの声に呼応するように身体から白髪の少女が飛び出した。

 そして背中の刀を抜き放つと赤髪の上着を微塵切りにする。

 火のついた上着は燃えカスと共に地面へとこぼれ落ちた。


「てめぇ、会話で解決しようとしてる相手に問答無用で手を挙げるなんざ、男のすることじゃあねぇだろ」

「外野がうるせえな。お前も燃えカスにすんぞオラ」

「やってみろよ」


 次の瞬間、ボッという音とともにトモエの腕時計が発火する。


「熱っ!」


 急いで腕時計を斬り落とす。

 左腕の手首は真っ赤に腫れあがり、もう数秒遅かったら……と嫌な想像をさせる跡が残っていた。


(野郎、全然攻撃する素振りを見せなかった。だが現実リアルに俺の腕時計が火の粉を上げやがった! 一体、どんな使怪つかいを持っていやがる)


 使怪つかい

 人と縁を結ぶことで一心同体となった妖怪のことである。

 使役者は妖怪の力の一部を使怪として引き出すことが出来、それが主軸の能力となる。


「どうした? ビビっちまったのか? そりゃビビるよなぁ、火は怖いもんなぁ!」


 トモエの頬にぬるい汗がつたう。

 次に発火する場所がどこか分からない。服か? ズボンか? 燃えた瞬間に可燃物を斬り捨てる為、キクを攻撃に回すことはできない。


(どうする……!)


 ふと足元に落ちている腕時計だった物を見る。


「!」


 そこには虫の死骸のような物が付着していた。

 イモムシのような、胴の長い虫。それが黒く焼け焦げたらしきモノがぴったりとくっついているのだ。


「そうか分かったぜ、てめぇの使怪の能力がな」

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