4 不遇な第二皇子


 アレックスに嘆願書を出した数日後。

 ヴィクトール率いる遠征部隊に組み込まれたユーフェは大張り切りだった。

 遠征部隊は思っていたよりも少人数だ。

 第二皇子ヴィクトールと彼を守る十人の騎士たち。

 そこにユーフェと、アレックス皇子が聖女の護衛としてわざわざつけてくれた部下が二人。総勢十四人程度だ。第二皇子の警護をするにしてはいささ心許こころもとない。


「あなたが『聖女』ですか?」


 気さくに声を掛けてきたヴィクトールの姿に、ユーフェは背筋を伸ばした。


「はいっ。お初にお目にかかります、ユーフェ・エバンスと申します。この度は同行を許可してくださり、ありがとうございました」


「はは。こちらこそ、聖女様に守っていただけるなんて嬉しいよ。兄上の心遣いに感

謝しないとね」


 紫色の瞳を細めて優しく笑ってくれる。


(わー、爽やか……)


 どこぞの俺様皇子や、ちくちくユーフェを虐めてくる鬼畜王太子とは違い、性格の良さそうな人だった。そしてどこか儚げで――あの強気なアレックスと次期皇帝の椅子を争えるような好戦的なタイプではなさそうだと思う。


(とにかく、この遠征で成果を残してヴィクトールとお近づきにならなきゃ)


 出来れば、ヴィクトールの怪我の手当てをユーフェがするのが望ましい。

 ユーフェのことを気に入ったヴィクトールがアレックスの元から引き抜いてくれることを期待したが……、この温厚さじゃ難しいかもしれないと思い直す。


 ならばプランB。大活躍して、軟禁できないくらいユーフェの力を知らしめる。


 騎士たちの支持を得られればある程度の自由が手に入るかもしれない。


「精一杯務めますので、どうぞよろしくお願いします」


「ありがとうございます。しかし、危険もたくさんありますので、どうぞユーフェ殿は御身の安全を守ることを第一に考えてくださいね」


 紳士的なヴィクトールの笑顔にときめいていると、ズン! とユーフェの前に筋肉の壁が立った。


「心配ご無用」

「聖女様は我らがお守りしますゆえ」


 筋骨隆々の巨漢、プロ=ポリスとプロ=テイン兄弟。


 アレックスがユーフェにつけた二人の護衛は、威嚇するように筋肉を主張する。

 ヴィクトールは苦笑していた。


「もちろん、兄上が付けて下さった貴方がたの事は頼りにしていますよ。それでは、また」


(あ~、待って。ヴィクトール様……)


 ヴィクトールは先頭に行ってしまい、ユーフェは筋肉二人と共に後方へ付くことになってしまう。せっかくのアピールチャンスが!


 乗馬ができるユーフェは一人で馬に乗り、その横をポリスとテイン兄弟が並走する。


 城門を出た一行は北へ北へと進み、初日は予定通り、目的地で野営を行った。


 二日目は一日目よりも悪路だったため、進みが悪く、この遠征が長引きそうな暗雲が垂れ込めた。野営時、ヴィクトールは騎士たちと今後の事について話し合っているというのに、こちらときたら我関せずのスタイルだった。とても感じが悪い。


「あのー……わたしたちもお話を聞いておいた方がいいのではありませんか?」


 ユーフェ専用の小さな天幕から声を掛けたが、兄弟は関係ないとばかりに熾火に木をくべた。


「聖女様は怪我人が出た時に手をお貸しになればよいのです」

「我々は奴らが切り開いた道を歩くだけですから」


 ユーフェが騎士たちに近寄ることも許されなかった。


 そうして三日目――、野生の狼に襲われた時、騎士の一人が腕に怪我を負った。

 出番だ!


「わたしが治します!」


 名乗りを上げたユーフェに、ヴィクトールは頷いた。


「ああ、じゃあ、頼むよ聖女どの――」

「――なりませぬ‼」


 しかし、なぜか兄弟が大声を上げてユーフェを止めた。


「今回、聖女様が同行されたのはヴィクトール殿下の御身に何かあった時のため。このような程度の怪我、聖女様の御手を煩わせるものではありません」


「……え、でも……。ヴィクトール様をお守りするための戦力となるべき方なのですから。わたしが治すのは当然のことで――」


「いけません。これは、アレックス殿下のご命令です」

 筋肉が立ちはだかるように壁を作る。


「…………聖女様、ヴィクトール様、俺、大丈夫ですから」

 怪我をした騎士はそう言って笑った。

 血を洗い流してきます、とその場を離れる。


 場の空気は最悪だ。

 ユーフェは兄弟を睨んだ。


「わたしの仕事は怪我人の治療です。これではわたしが同行した意味がありません」


「では、城に帰られますか?」


「聖女様が働きたいとおっしゃるからアレックス様は承諾なさったのですぞ。言いつけを破ったとなれば、もう二度と外へは出して下さらないかもしれませんなぁ」


 クソ皇子め。

 快くヴィクトールの遠征に同行させてくれると思ったら、聖女ユーフェへのヘイトを集めるためらしい。


「二人の言うとおりです、ユーフェ殿。……兄上に逆らえば今後のあなたの立場も危うくなるかもしれません。幸いにも彼の怪我は深手ではありませんでしたし、お気になさらないでください」


(え~~~⁉ なんでヴィクトールまで兄弟と同じことを言うのよ! そんな日和ひよった態度をとってないでガツンと言いなさいよ!)


 これでは筋肉兄弟は増長する一方だ。彼らはにやにや笑ってヴィクトールを見下している。


 不満を隠しきれないユーフェの手をヴィクトールは握った。


 どきりとするほど優しい笑み。

 触れたら消えてしまいそうな儚さだ。


 彼はユーフェの耳元で囁いた。


「あなたの優しい気持ちだけで十分です。もし、俺に何かあったとしても、あなたのせいではありませんから、どうか気に病まないでくださいね」


「……? あの、どういう意味で――」


 問いかけたユーフェの言葉は、「ヴィクトール様!」と叫ぶ騎士たちの声にかき消された。


「魔獣が現れました! 沢に降りたジャスパーの血の匂いに惹かれたようです」

「数、目視で六!」

「わかった、俺もすぐに加勢する!」


 ヴィクトールは馬に飛び乗り、騎士たちと共に沢の方へ向かった。


「わたしたちも追いましょう!」


 ユーフェも自分の馬に駆け寄ろうとしたが、テインに首根っこを掴まれた。

 担ぎあげられるようにして乗せられたのはテインの馬。ユーフェの馬を置き去りに、二人はその場から離れた。


「ちょっとぉ! こっちは逆……」

「聖女様の安全確保が我らの仕事」

「戦闘が終わるまで退避」


 あんたら、その無駄な筋肉をちょっとは役立てに行きなさいよ!

 怒鳴りたいユーフェの視界に、木立の中、駆けていく馬が見えたような気がした。


 ヴィクトールの後を追っているようにも見える。


(味方?)


 いや、違う。

 ――あなたのせいではありませんから……。


 ヴィクトールの意味深な言葉に妙な胸騒ぎを感じる。

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