第6話 戦場に咲く金の薔薇
冒険者ギルドが軌道に乗ってから三ヶ月が経過した頃、それは突如として発生した。
「大変だ! スタンピードが起きたァ!」
ギルドの扉を蹴破るようにして入ってきた騎士団の斥候は、冒険者ギルドへの支援要請を携えて私の元にやってくる。
スタンピードは、西の魔の森にあるダンジョンから溢れてきた魔物たちが、群れを成して襲ってくる現象で、通常、その数は一万以上にのぼる。だけど、重要なのは数ではない。
「指揮個体はなんなの?」
「オーガ・エンベラーです!」
エンペラーを冠する魔物の出現に、ギルド内にいた冒険者たちが騒ついた。エンペラー級の指揮個体が率いる魔物の軍勢は最低ても五万は下らないからだ。
「そんな、魔物が五万以上は攻めてくるということか?」
「やべぇよ。騎士団は持つのか?」
要請によると、街を守って欲しいとあるけど…困ったわね。ライゼンベルク支部はAランク以上の冒険者が少ないから、ほとんど任意参加ということになるわ。
でも悩むのは後にして、まずは緊急クエストを発動しましょう。
「ギルマス権限で緊急クエストを発動するわ! Aランク以上は強制参加、Cランク以上は任意参加、それ未満は待機よ!」
「お嬢様! Aランク以上ということはお嬢様も強制参加に入ってしまいます!」
ナッシュが声を張り上げて止めようとしてきたけど、私はそれを手で制した。
「何を言っているの? 私はライゼンベルク支部のギルドマスターなのよ。ランクに関係なく参加するに決まっているでしょう。いいから触れを出して!」
「くっ…わかりました。気をつけてくださいよ、お嬢様!」
こうして、数十年に一度とされるエンペラー級のスタンピード討伐クエストが発動されることとなった。
◇
「特級装備構え! 撃てィ!」
ドゴォーン!
「団長! 前方、魔物数千消し飛びました!」
敵の消滅に湧く部下たちに、しかしゴードンはその手応えのなさに違和感を覚えていた。
「おかしい。
オーガ・エンペラーが率いているとなればオーガ・キング数体はいるはずだが、粉砕した正面の魔物には、一体しか見当たらなかった。正面が本隊ではないとすると…側面か!
「左翼、右翼! 側面攻撃に備えよ! まだ八割以上は残っているはずだ!」
「団長ォ! 後背四時方向の森に敵影多数! 正面を囮として潜伏していた模様!」
「なん…だと?」
街に戦火が及ばないようにと前進していたのが裏目に出た。しかし、魔物がそんな知恵を働かせるとは、さすがにエンペラー級ということか。
「後背四時方向、オーガ・キング四体魔物約四万で本隊と接敵! 更に後背八時方向に…オーガ・エンペラー確認! 約千の少数で街に向かって進行中!」
四倍の敵を前に背を見せては、いかにライゼンベルク騎士団が屈強といえどもタダでは済まない。やむを得まい、まずは多数の敵を叩く!
「四万の魔物の殲滅に注力せよ! くっ、お嬢様…どうかご無事で!」
街を守るよう協力依頼を出した以上、オーガ・エンペラーと相対するのは冒険者ギルド、つまりエリスティアだ。そのことに気がつきながらも、首が回らない状況に歯噛みするゴードンだった。
◇
「前方に敵影千! 指揮個体は…オーガ・エンペラー!」
合流した斥候が知らせる敵の陣容に、冒険者たちは動揺を隠せないでいる様子だったけど、その一方で、私はホッとしてしまった。千なら…楽勝じゃない。
そう思った私は声を張り上げた。
「総員傾聴! “銀狼の牙”の牙は、冒険者を率いて主力の撃ち漏らしを掃討せよ! 主力は…」
そこで一旦言葉を区切り、左右の嵌めた金の腕輪と銀の腕輪を外して、三年振りに魔力と体力、地脈の力を全開にして言い放つ。
「私一人で十分よ!」
その言葉に冒険者たちが驚く間もなく、次の瞬間、砲弾のような速度で金の閃光が魔物の集団に突貫していった。
◇
「コキュートス、メギド・フレア」
カッ! ズドォーン!
前方の敵、約二百が一瞬で凍結したかと思うと、直後、わずかに遅れて放たれた地獄の炎に巻かれ、粉々に消し飛んだ。
「久しぶりで力加減が難しいわね。あまりやり過ぎると、後で街道の整備とかが大変だわ」
溶岩のようにブクブクと
キェエエエエエ!
「うるさいわよ」
超音波を発して威嚇してくるコカトリスの腹に蹴りを突き込むと、頭と足を残して胴体が破裂した。
ドッパァーン!
「さあ! どんどん行くわよ!」
開けた前方に接敵した敵の全滅を確認すると、次の敵へと奥の敵の真っ只中に飛び込んで行った。
◇
そんな様子を後ろから見ていたギルドの冒険者たちは、皆、一様に大口を開けて呆然とエリスティアの勇姿を見ていた。
そう、主力の撃ち漏らしの掃討といわれても、エリスティアの通った後には、跡形も残らないほど粉微塵に吹き飛ばされるか、上下真っ二つにされた魔物の残骸しか残らなかったのだ。
「あれがギルマスの、いや、“金の薔薇”の真の実力…」
「嘘だろぉ、あんな可憐な顔をして圧倒的じゃねぇか」
そんな一方的な虐殺であるにも関わらず、その所作ひとつひとつが舞うように美しい型をなぞり、斬撃が放たれるたびにフワリと花が咲くように舞い広がる金の髪は、高純度の魔力と地脈の力を
そんな
「オーガ・エンペラーだ…」
「嘘だろ、あんなでけぇのかよ」
身の丈、五メートルに及ぶ魔物と、三分の一ほどの小柄な少女との戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
◇
「キサマ、オレノツマニナレ!」
「どうしてみんな戦いの中でしか求婚してこないのか知らないけど、お断りするわ。次があったら、もっと雰囲気を大切にするのね!」
そう言い放つと、先手必勝とばかりに四重寒暖攻撃を喰らわせる。
「コキュートス、メギド・フレア、アイスブレード、ファイアーブレード!」
しかし、オーガ・エンペラーは自らの肉体の損傷に構わず、手を伸ばして捕まえに来た。
「フハハ! イチドツカマエレバコチラノモノ…」
しかし、哄笑しながら声を発していたオーガ・エンペラーのセリフは、彼自身が見る風景が不意に上下逆になったことで、強制的に停止させられた。
フワリ…ズドォーン!
「ナ、ナニガオキタ!」
訳も分からぬ間に地面に叩きつけられたオーガ・エンペラーは、痛みよりも驚きに声を上げていた。
「そんなスローモションで無防備に手を差し出してきたら、投げてくださいと言っているようなものじゃない」
三分の一の身長しかない小柄な少女が、身の丈五メートルを超えるオーガ・エンペラーを相手に、最小限の体崩しで綺麗に投げを決める非現実的な光景に、冒険者たちの誰もが声を発せずにいた。
「じゃあね、オーガさん」
「コンナバカナ! テンカムソウノチカラヲホコルコノオレガァ!」
一本の剣を納めて剣を上段に構えて地脈の力を最大限まで汲み上げると、私は終結奥義を放った。
「地龍」
ドォーン!
倒れ伏したオーガ・エンペラーが剣から発せられた地脈の闘気に包まれたかと思うと、跡形もなく消滅していた。
振り下ろした体制のまま、しばらく残心していた私は、脅威が完全に去ったことを確認して構えを解いた。
「天下無双の力を誇るなんて、両手でもいいからお婆様に腕相撲で勝ってから言うのね」
マジックバックから金の腕輪と銀の腕輪を取り出して嵌め直すと、私は冒険者のみんながいる方に振り返り、手を振りながら緊急クエストの終了を告げた。
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