第5話 ただの冒険者レオ

「冒険者登録を頼みたい」

「…なに言っているんですか、レオナルド殿下」


 冒険者ギルドのライゼンベルク支部で臨時受付嬢をしていた私は、見覚えがありすぎる御尊顔と平民にしては不自然に豪華なちに半ば呆れながら返事をした。


「私はレオナルドというものではない。そう、ただの冒険者レオだ」

「はあ、じゃあレオさん? こちらが申請書になります。登録料は銀貨五枚になります」

「む? これで足りるか」


 カラン…


 そう言って出されたものは白金貨だった。金貨を通り越して白金貨とは、どんな金銭感覚をした冒険者さんなのかしら。などと現実逃避をしている場合ではないわ。


「今はキャンペーン期間中で登録料無料だったのを忘れていました!」

「お嬢様、苦しい。それはかなり苦しいですよ…」


 ナッシュのツッコミを無視して白金貨を殿下、いえ、レオさんに突き返しつつ、どうしてこうなったと内心で頭を抱えながら、つい数日前の出来事を思い出していた。


 ◇


「辺境伯よ、もう一度チャンスをくれないか。この通りだ」


 そう言って頭を下げるレオナルド殿下にお父様は困った様子で答えた。


「チャンスと仰られましても、エリスティアは母上直伝の武術を修めておりまして、正直、勝ったらという条件は万が一にも厳しいかと」


 知らなかったけど、あの決勝での、もし勝ったら宣言はお父様がどうせ無理だろうと突きつけた条件だったという。

 最初から言ってくれたら、少しは手加減したかもしれないのに。無意識だったせいで、腕輪の負荷がかかった状態とはいうものの、ほぼ、ありのままの実力差が露呈してしまい、今から手加減したらあからさま過ぎてすぐにバレてしまう。


 そして、レオナルド殿下はそんな手心を望むようなお方ではなかった。


「くっ! なぜ私はこんなにも弱いのだッ!」


 そう言って肩を落とされる様子に、お父様は少し思案する様子を見せたかと思うと、閃いたとばかりに口を開いた。


「そういえばエリスティアは冒険者ギルドのギルドマスターをしておりまして、弱い冒険者しかおらず運営に難儀しているようです」

「なに? そのようなことをしているのか」


 お父様の言葉に、私の方を向いて問いかける殿下に、曖昧な笑いを浮かべて答える。


「ええ、まあ…後任が見つかるまでの暫定処置ですけど」


 結婚するまでには後任を探してもらう条件で潰れかけたギルドの運営をし、冒険者の育成やギルドの収支改善に努めている現状を話した。


「なるほど、では私もなんらかの形で協力しようではないか」

「はあ、恐縮でございます」


 あんまり特定の国との結びつきが強くなるようなことは困るけど、辺境の産業育成や職人招致、商会誘致につながるような施策を考えてくれるというなら、頼もしいことだわ。


 ◇


 そう思っていたけど、殿下が取られた行動は、弱い冒険者しかいないなら自らが冒険者として活躍すれば良かろうという、どストレートなものだった。


「はあ、仕方ないわね。ゴードン団長! ちょっと殿…じゃなくて、レオさんの面倒を見てあげてくれないかしら」

「ハッ、初級冒険者でありますか。では初級冒険者講習で二週間ほど揉んでやります」

「そう? それはいい考えかもしれないわね。じゃあお願いしようかしら」


 それを聞いたナッシュがギョッとした表情を見せたかと思うと、猛然と反対してきた。


「お嬢様! それはダメです! 天地がひっくり返っても、それだけはおやめ下さい!」

「な、何よナッシュ、急に大声出して。みんな、講習で強くなったじゃない」


 冒険者ギルドの支部としては奇跡的と言える死亡者数ゼロを達成したのよ? このままいけば、冒険者も安全安心なお仕事として通用しそうな勢いよ。


「あれは、精神に影響が出るので殿下にはそぐわないかと!」


 言われてみれば、確かに講習前と後では少し雰囲気が変わるんだったわ。確かにレオナルド殿下があんなふうになったら、ちょっと嫌かも…


「わかったわ。じゃあ、私と一緒にクエストをこなしましょう」


 そう言ってクエストを張り出している掲示板に寄っていき、面白そうなものがないか見回すと、ちょうど良いものがあったので、掲示板から剥がしてナッシュに見せた。


 “ファイアー・ドラゴンの討伐 Sランク依頼


 ・なるべく表皮を傷つけないこと

 ・カイザー・レッド・ドラゴンでも可

 ・魔石はギルドの取り扱いに準じる

 ・いつもの調子で頼むぜ、お嬢!


 納期:二週間後 王都ギルド仲介依頼”


「ええ、これならサクッと終わるし、魔石も貰えてステーキも美味しいし一石二鳥よ!」

「なんですか、この“いつもの調子“のくだりは! どう見てもお嬢様専用依頼じゃないですかァ!」

「何言っているの? 指名依頼はSランク冒険者だけでしょ。私はAランクよ」


 そう言って依頼受付欄にサインをし、鼻歌混じりに支度を始めた私にそこはかとない不安を感じたのか、ナッシュはなおも食い下がってきた。


「お、お嬢様。こ、これを殿下と…ですか? 流石に、もっと薬草採取とか、オーソドックスなものにされてはどうでしょう」

「ナッシュ、ここは王都じゃないのよ? 薬草なんて、これでもかというほどウチで栽培しているじゃない」


 お婆様が辺境とその近隣地域のポーションを作っていることを忘れたのかしら。


「ああ、そうでした。と、とにかくドラゴンは駄目です! 殿下の初クエストの付き添いは、私の方で“銀狼の牙”にでも頼んでおきます!」

「わかったわ。でも、お付きの人も控えているようだし、そんなに心配することはないと思うわよ」


 殿下の後ろに控えているのは、どう見ても近衛騎士の副団長です。本当にお疲れ様です。隣には、確か、若手でピカイチの宮廷魔道士のはずよ。


 それはさておき、依頼を剥がして受付欄にサインをしてしまった以上、クエストは履行しなくてはならない。


「じゃあ、私一人で行ってくるからあとはお願いね」

「はあ…早めに帰ってきてくださいよ?」

「わかっているわ!」


 そう言って、私は冒険者ギルドを飛び出した。


 ◇


 ドラゴンが住まう山岳地帯に着くと、ナワバリに入った私を感知したのか、早速お出迎えがきた。


 グルルルルッ!


「グリーン・ドラゴンは間に合っているのよね。というか、あなたは死ぬには若すぎるわよ」


 私は瞬歩で間合いを詰めると、心臓の位置に向けて発勁を放った。


 ズトーンッ!


 発勁をまともに受けたグリーン・ドラゴンは、白目を出して地面に倒れ伏す。


「悪いけど、しばらくそこで眠っていてね」


 舌をダラリと垂らして横たわるグリーン・ドラゴンを尻目に、山岳地帯を更に登っていくと、途中の岩場で赤い表皮をしたドラゴンが顔を覗かせてきたと思ったら、出会い頭にファイアーブレスを放ってきた。


 ゴォオオオオオ!


「残念だけど、錬金術師にブレスは効かないわ」


 そう言って炎のブレスの熱エネルギーを左手で吸いとり、右手からそれと等価のアイスブレスを反射させる。


 カキーンッ!…ゴトン


 属性ドラゴンのブレスを反転させてドラゴン自身に返す、お婆様直伝の錬金術の奥義だけど、あんまり戦った気がしないから好みじゃないわ。でも、依頼はなるべく傷つけないということだし、これがベストよね!

 そう考えてマジックバックにファイアー・ドラゴンの氷漬けを収納して、山を降りようと振り返ると、なぜかそこに殿下とお付きの二人が立っていた。


「あら? レオさん、ご機嫌よう。こんなところで会うなんて奇遇、なのかしら?」

「エリスティア、そなたがここまでの強者だとは知らなかった。学院ではまるで本気を出していなかったのだな」


 どうやら、グリーン・ドラゴンやファイアー・ドラゴンと戦っていたところを見ていたらしい。


「えっと、まあ、そうですね。はい」


 なんというか、王都に着いた当初は辺境伯家の人たちとのあまりの差に、壊れ物を扱うようにで力加減に気をつけていたわ。


「そなたに相応しくなれるよう、徹底的に鍛え上げて出直すとしよう」


 そう言ってレオナルド殿下はきびすを返した。お付きの二人も、私に軽く会釈をしたかと思うと、殿下の後に付いて去っていった。


「なんだか、またやってしまった感がするのは気のせいかしら」


 後に残された私の独り言に答えるものはなく、冒険者ギルドに戻り獲物を引き渡して辺境伯家に戻ると、レオナルド殿下は既に王都に戻られた後だった。


「冒険者レオさん、強くなってくれるといいわね」


 ナッシュが淹れてくれた紅茶を嗜みながら、ここ数日のドタバタした状況から一転して静かになった周囲に人恋しくなり、ふと言葉を漏らした。


「殿下のあの目を見る限り、強くおなりになるでしょう」

「ナッシュが他人をそんな断定的に言うなんて珍しいわね」

「いつも鏡越しに見ていましたから…自分の目を」


 そう言って微笑むナッシュは、ひどく懐かしそうな顔をしていた――

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