第2話 ゴブリンキング討伐
騎士団に連絡が届いた頃、エリスティアは街の外の高台に来ていた。
「あれかしら? ずいぶんいるわねぇ」
高台から東方に広がる魔の森を一望すると、数百と思しきゴブリンの集団が押し寄せてくる様子が見えた。奥の方に、ひときわ大きな個体が奥で指揮をとっており、その少し手前で、”銀狼の牙”が奮戦していた。
でも、多勢に無勢で苦しそうだわ。となれば、選択肢は一つね。
「このまま駆け降りて、ゴブリンキングに向かって一騎駆けよ!」
そう言って高台から駆け降りると、ゴブリンの集団に突貫した。
◇
「くそっ! 増援はまだかッ!」
”銀狼の牙”のリーダー、エルドは倒しても倒しても押し寄せてくるゴブリンの集団に焦りを覚え始めていた。
「リーダー! もう魔力が持たねぇ! 撤退しようぜ」
「やむを得ないか。む? あれは…」
街の方向から、こちらに向かって一直線に駆けてくる戦士、いや、魔法剣士が見えた。たった一人にも関わらず、上位魔法を二並列で乱射しながら双剣が閃く度にゴブリンの首が吹き飛んでいく。
その魔法と剣の四重の型は、四方を完全にカバーし、長く輝くブロンドヘアーを些かも乱すことなく最短距離を駆け抜ける。
その勝ち気な蒼い瞳は、ゴブリンキングのみを捉えていた。
「”金の薔薇”か!」
彼女は瞬く間に目視できる距離まで来ると、
「よく頑張ったわ! あとは私に任せて!」
そう言ってエリスティアは”銀狼の牙”のメンバーたちに、この場に不釣り合いな穏やかな笑顔を向けてきたかと思うと、そのままゴブリンキングがいる奥に向けて突貫していった。
◇
”銀狼の牙”も無事だったし、あとはゴブリンキングを倒すだけね。そう思いながら更に奥に向かって突入していくと、高台から確認した通り指揮個体であるゴブリンキングの姿が目に映った。
『ヒトリデワガマエニクルトハイキノイイメスダ! ワガキサキニシテヤロウ!』
「流石にゴブリンからの求愛は御免被るわ、じゃあさようなら」
ボスと会敵すると、なんの気負いも感慨も抱くことなく、無心でお婆さま直伝の四重の寒暖攻撃を喰らわせる。
「コキュートス、メギド・フレア、アイスブレード、ファイアーブレード」
『バ、バカナ…』
何も出来ずに手にした武器ごと胴体から真っ二つになったゴブリンキングが最後に見たのは、ただ穏やかに微笑む少女の優しい相貌だった。
◇
「はい、おしまい! それにしても辺境にゴブリンなんてよく生き残ってこれたわね」
ライゼンベルクは大型魔獣が多いから、ゴブリンのような弱い魔物は発生しても早々に食料として狩り尽くされてしまうので、普通はゴブリンキングが発生するまで繁殖するようなことはない。
ひょっとして、騎士団のみんなが強い魔物を倒しているうちに、強い魔獣の数が少なくなって、弱い魔獣の生息域が広がったのかもしれないわ。
帰ったらナッシュに報告を上げてもらって、ゴブリンキングが住めるようになるほど安全な土地になったって宣伝してもらって、初級冒険者にも来てもらえるようしましょう!
ちょっと鍛えれば、これくらい簡単に倒せるはずよ!
そんなことを考えていると、街の方から地鳴りがするほどの大軍が押し寄せてくるのが見えた。あの旗は…うちの家紋じゃない! どこか周辺国でも攻めてきたのかしら。このライゼンベルクに? とんだ命知らずが居たものだわ。
「エリスティアお嬢様! ゴードン、ただいま到着しました!」
「どうしたの? ゴードン団長が特級装備で相手にするような敵国なんて、帝国でも攻めて来たの?」
「いえ、お嬢様がゴブリンキングに突っ込んでいったと聞いて救援…は要らなかったようですね」
胴体から真っ二つになったゴブリンキングを目にしたゴードン団長はホッとした様子を見せた。
ひょっとして私のために全員で来てくれたというの? 嫌だわ、いくらなんでも過保護よ!
「それはそうだけど、見て! みんなの頑張りでゴブリンキングが住めるほどに安全な土地になったようだわ。ゴードン団長と騎士団のみんながいればライゼンベルクは安心ね!」
「お嬢様…クッ。ライゼンベルクの平和は、我らにお任せください!」
ゴードン団長は目に光るものを見せたかと思うと、直立不動する団員に振り返り声を張り上げた。
「団員傾聴ォ! 掃討戦を終えたのち、大型魔獣一人一殺するまで帰るな! 以上ォ!」
「「「イエッサー!」」」
こうして、ゴブリンキング騒動は幕を閉じた。
◇
と思っていたら、ギルドに戻るなりナッシュに大目玉を食らっていた。
「どこをどう解釈したら、ゴブリンキングが生息していることが安全安心の宣伝材料になるのか、このナッシュに是非ともご教示願いたいですね!」
そう言って私を見つめてくる目はいつになく冷たい。でも私は騎士団のみんなの頑張りをアピールするために負けじと声を張り上げる。
「普通はゴブリンキングが発生する前に大型魔獣に食べられて生きていられないはずなのに、ゴブリンの集団が生活できるようになったなんて凄いじゃない!」
「お嬢様の頭の中は、本当にお花畑でございますね! ゴブリンキングは、第二級災害指定種ですよ!」
そう言って、ナッシュはギルドの文献を元に災害指定種について説明していく。第二級は街が壊滅する恐れがある魔物だとか。それで第一級が都市壊滅の危機と。なんだかピンとこないわね。魔物で都市が壊滅するなんて有り得るのかしら。
「なんで、ゴブリンキングで街が壊滅するのよ。そんなんじゃ、ドラゴンやフォレストマーダーウルフが群れをなして襲ってきたらどうするのよ」
「それは、立派に第一級災害ですよ! なに考えてるんですか!」
「えぇ…折角、初級冒険者が大挙してやってくると思ったのに」
なかなか冒険者の育成というのも難しいのね。これは初心者講習を強化しないといけないわね。そうだわ、騎士団の訓練を一週間か二週間ほど体験して貰えば、いいんじゃないかしら。
そんな思いつきをナッシュに話すと、しばらく考える素振りをしたあと、意外にも私のアイデアを肯定してきた。
「その案には重大な欠点があるような気がしますが、まあなんとかなるでしょう。いえ、なんとかするでしょう…ゴードン団長が(ボソッ)」
「え? 最後よく聞こえなかったわ。なんて言ったの?」
「いえ、なんでもありません。ささ、お嬢様はゴードン団長へのお願いの文をしたためてくださいませ」
ナッシュの態度に釈然としないものを感じたものの、冒険者の育成もギルドマスターの仕事のうちと、書面をしたためた。
◇
「ゴードン団長! 冒険者ギルドから初級冒険者の訓練の協力要請の書面が届きました」
「なにぃ? ちょっと見せ…了解したと伝えろ」
「は? 中身をご覧に」
ドガァ! ズザザザァ…
またも最後まで言い切ることなく、新米騎士は殴り飛ばされていた。
「いいか、この”ゴードン団長へのお願い”と書いてある筆跡を覚えろ。この筆跡を見たら、すぐにイエスと返せ。それがこの騎士団の掟だ」
「イ、イエッサー!」
あらためて書面を確認すると、エリスティアお嬢様から初級冒険者を二週間で死なないように鍛えてほしいと書かれていた。そしてゴードン団長ならやってくれると信じているとも。
「ふっ、ふはははは」
この信頼に答えるには、やるしかないな。ライゼンベルク伝統のあの訓練を!
こうして、のちに冒険者ギルド・ライゼンベルク支部の名物となる地獄の特訓が幕を開けようとしていた。
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