辺境伯令嬢はギルドマスター!?

夜想庭園

戦場に咲く金の薔薇

第1話 辺境の冒険者ギルド閉鎖の危機

「サーラさん、虹の水仙花、採取してきたわよ!」

「本当ですか!? 今すぐギルドマスターを呼んできます!」


 私はエリスティア・フォーリーフ・フォン・ライゼンベルク、ライゼンベルク辺境伯の長女として王都で貴族の子弟が通う学院に通う傍ら、辺境で養った魔獣との戦闘の勘を鈍らせないように冒険者をしている。


「お嬢、聞いたぞ! 虹の水仙花を手に入れたんだって?」


 十二歳からの三年間でAランク冒険者にまで上がり、今では“金の薔薇“なんて少し恥ずかしい二つ名が付く程度に名を馳せ、こうして身元が割れないようにお父様の伝手ツテでギルドマスターに便宜を図ってもらっていた。


「ガンツさん、ええ、言われた通りの場所にあったわ」


 そう言ってクエストを受注する際にもらった地図を渡す。


「このバツ印の場所に住み着いていたアイス・ドラゴンはどうしたんだ?」

「ちょっとメギド・フレアで炙って尻尾を剣で切ったら退散したわよ」


 そう言ってマジックバックから尻尾の先を少し出して見せる。ドラゴンのステーキは美味しいから、今から楽しみだわ!


「上位魔法のメギド・フレアはちょっとじゃねぇだろ。てか尻尾を切断してきたのか! 相変わらずお嬢には驚かされる」


 そう言ってガンツさんはギルドマスターの承認欄にサインをする。これで王都での最後のクエストは達成ね。


「しかしこれでお嬢ともお別れか。お嬢が辺境伯のおやっさんと一緒に初めてギルドに来た日が懐かしいぜ。辺境に帰ったら、花嫁修行でもするのか?」

「まさか! 魔獣が沢山いるライゼンベルクに帰ったらクエストしまくりの毎日を送るわ!」


 王都近辺より辺境の方が強い魔獣が沢山いるのよ。学院も卒業できたことだし、これからは入れ食い状態ね。そう思ってホクホクしていると、ガンツさんから衝撃的な一言が発せられた。


「あー、言いにくいが、ライゼンベルクから冒険者ギルドは撤退する予定だぞ」

「な、なんですって! どういうことよ!」


 詳しく事情を聞くと、辺境の魔獣が強すぎて冒険者の集まりが悪く、ギルド運営が立ち行かなくなってきたという。クエストをこなす冒険者がいてこその冒険者ギルド、討伐依頼だけでは需給バランスが取れず、どうにもならないのだとか。


「決定的だったのはギルマスの不在だな。今までいたギルドマスターも老齢で、ギルド運営から足を洗って田舎で楽隠居するらしい」


 ライゼンベルクは辺境で他の地域より危険が伴うことから、クエストの需給バランスの欠如でギルドへの身入りが少なく、手当の皺寄せがいくことからギルマスのなり手がいないという負のスパイラルに陥っていたらしい。


「おかしいわね。そんなに危険だったかしら。街は平和そのものだったと思うけど」

「そりゃ、お嬢のところは騎士団が強いからな。最悪の事態にはなりようがないが、あいにく、一般的な冒険者はそこまで強くない」


 そう言うわけで一ヶ月後にはライゼンベルク支部は閉鎖だという。


「そんなことになったら私が困るじゃない!」


 魔道具に必要な魔石集めとおこずかい稼ぎに最適な冒険者稼業は辺境に住まう令嬢の嗜みなのよ?


「そんなこと言ってもなあ。もしもの時に冒険者の上に立てるほど腕っ節が強くて、それでいて収支計算のチェックができる程度に頭が回って、現地の領主や騎士団とタフな交渉ができるような都合のいい奴は…ん?」


 そう言ってガンツさんは顎に手を掛けて押し黙ると、私をじっと見てぶつぶつと呟き始めた。


「腕っ節、頭脳、領主や騎士団は交渉するまでもなく、お嬢の言いなり…」

「なにか不穏な言葉が聞こえてくるんだけど?」


 なんだか嫌な予感がしてきたわ。これは、そう! 学院で私を慕う子たちに知らぬ間に会長に祭り上げられそうになった時に感じた悪寒にそっくりよ!


「お嬢、ギルドマスターをやってみないか?」

「は? 何言ってるのよ。冒険者ギルドは国と独立した組織なんだから、貴族が運営したらまずいでしょ」

「そりゃそうだが、お嬢は爵位を持ってないからギリギリセーフだ。それに王都はともかく、実力が全ての辺境で組織の独立性云々を言っても仕方ねぇだろ」


 次のギルマスが見つかるまでの繋ぎとして、潰れるよりはいいだろうというガンツさんの言葉に、真面目に考えてみる。

 このままギルドがなくなってしまうと、私の都合だけでなく、辺境伯の騎士団のみで住民の安全を維持しなくてはならなくなる。当然、行き届かない場所も出てくるでしょう。

 不便で行き届かない地域というイメージが定着すると、辺境伯領全体の弱体化は免れない。


 それならいっそのこと、私が一時的にギルドマスターを務めて、ライゼンベルク支部を延命するのも一つの手かもしれないわ。

 そう判断した私は顔を上げ、ガンツさんにあることを念押しする。


「私が結婚するまでには後任を決めてよ?」

「ははは、第二王子との剣闘大会決勝で、勝ったら婚約してくれとまで言われておいて、流れるような連続技で優勝しちまったお嬢が、そう簡単に結婚なんて出来ねぇよ」

「あれはレオナルド殿下が突然あんなこと言うから、びっくりして手が滑ったのよ!」

「手が滑って、瞬息の間に上下段突きからの肘鉄かよ! 見事に場外まで吹き飛ばされて、さすがに同情したぜ」


 全く…決勝戦で大声で告白しながら剣を振るってきたから頭が真っ白になって、気がついた時には、お婆さまに練習で鍛えられた通りの猛虎の型が決まってしまっていたわ。

 体に覚え込ませた技は裏切らないとお婆さまは仰っていたけど、裏切りまくりよ!


「それはさておき、辺境全体のために引き受ける事にするわ」


 こうして私は冒険者ギルド・ライゼンベルク支部のギルドマスターとなった。


 ◇


 そんな一ヶ月前のことを思い出しながら、閑散としたライゼンベルクの冒険者ギルドで、経費節減のために臨時受付嬢として立っていた私は、コテンと首を傾げてため息をついた。


「はあ…どうしてもっと冒険者がやってこないのかしら」


 マッドジャイアントボア、ルナティックビッグホーンディア、フォレストマーダーウルフ、ファイアー・ドラゴンにアイス・ドラゴンと、狩りごろの魔獣がたくさんいて入れ食い状態なのに、どういうことなの?


「皆が皆、エリスティアお嬢様のように武芸百般、上級魔法を湯水のようにブッパできるわけじゃないんですよ。そろそろ、おわかりいただけましたでしょうか」

「私がつくった魔剣を使えば、初心者でもイチコロじゃない」


 一振りでメギド・フレア程度の威力が出る火炎剣でよければ、お婆さまから教わった錬金術で今すぐできるはずよ。


「あのような物騒な魔剣を民間に流出できるとでもお思いですか? お嬢様の頭の中は、本当にお花畑でございますね」


 幼いころから付き人としてついてきてくれたナッシュの慇懃無礼な物言いにカチンときながらも、現状打開に向けて頭を悩ませていたその時、入り口の扉が弾かれるようにして開かれた。


「大変だ! ゴブリンキングが発生した! 今はウチの“銀狼の牙“が食い止めているが、街に向かってくるのは時間の問題だ! 助っ人を頼む!」

「助っ人と申しましても、Aランク以上は“銀狼の牙”だけですし、Cランクを招集してもゴブリンキングが率いているようでは、時間稼ぎにもなりませんよ」


 そうやってナッシュが冷淡な調子答えると、斥候の男性は焦った様子で続ける。


「噂の“金の薔薇”がいるだろう! それが無理なら騎士団の出動を要請してくれ!」

「おじょ…コホン、“金の薔薇”は女性冒険者です。いかがわしいゴブリンの前に出すなど言語道断―― 」

「わかったわ! 騎士団の連絡はお願いね、ナッシュ!」

「お待ちください! お嬢さまァ!」


 私はナッシュの静止を振り切り、受付嬢のコートをバサリと脱ぎ捨てると、返事も聞かずに飛び出した。


 ◇


 それからしばらくして、騎士団に討伐協力の緊急要請が早馬で届けられた。要請を受け取った新米騎士は、中身を確認すると急いで修練場にいる団長のもとに走る。


「ゴードン団長! 冒険者ギルドからゴブリンキング討伐の協力要請が来ました!」

「ゴブリンキング如きに何を慌てている。というか、辺境随一と呼ばれるライゼンベルク騎士団がそんなひ弱な魔物を相手に出動したらいい笑い物だ。追い返せ」


 そう言って皆の鍛錬に戻る団長の後ろから、新米騎士が遠慮がちに声をかける。


「あの…エリスティアお嬢さまが、ゴブリンキングに突っ込んで行ったと」


 ドガァ! ズザザザァ…


 最後まで言い切ることなく、新米騎士は団長の目にも止まらぬ右ストレートにより十メートルほど後方に吹き飛んでいた。


「馬鹿野郎ォ! それを先に言わんか! 全員、特級装備で緊急出動だ! お嬢さまに何かあったら、貴様ら全員ぶち殺す! ついて来れなかったやつもぶち殺す! 死ぬ気で馬を走らせろ! わかったか!」

「「「イエッサー!」」」


 幼い頃から騎士団の修練に混ざって剣を振っていた愛くるしい姿、蝶が羽化するかのように、日を追うごとに強く美しく成長していくエリスティアの姿を知る騎士たちは、皆、エリスティアの信望者だった。


 その中でも、譜代の家臣であるゴードンはその急先鋒と言っていい存在だった。


 ゴードンは、エリスティアが幼い頃に、魔獣に付けられた自分の強面に付いた傷に恐れることなく、その小さな手を這わせて花が咲くように笑って掛けられた言葉を思い返していた。


「ゴードンがいてくれたら、辺境でもあんしんね!」


 そのお嬢様が、万が一にでもゴ、ゴ、ゴブリンなどに!


「出し惜しみするな! エリスティアお嬢様の為に死んでも殺せ! 征くぞ!」

「「「殺せ、殺せ、殺せェ!」」」


 こうして死兵と化した騎士団を止められるものは誰もいなかった。

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