疑惑

再度、封緘した畏霊の情報を確認する。


―――――――――――――――――――。


斬神斬人ざんじんきりうど

性質:幽霊・怪異 形状:変異人体型

 ある国を祀る不従万神まつろわぬかみを斬り殺した神殺しの畏霊。

 その膂力は神による天災によって変貌し、二つの右腕は一つと化した。


熟練じゅくれん度『八十五』

 身体性能(最高位百段)

 武力:七十五段 速力:八十段 耐力:六十段 気力:七十段 霊力:八十段 


異能変遷いのうへんせん

 『暴霊斬流ぼうりょうざんりゅう』斬撃を不規則な軌道を描き飛ばす。

 『神足即刀かむたりそくと』一瞬で抜き去り、軌跡に立つものを斬り殺す。

 『一刀万切いっとうばんせつ』一振りで空間を裂き、複数の斬撃を周囲に展開する。

 『神誅之刃かみごろしのつるぎ』神すら殺せる斬神の剣術、万物を切り裂く剣術を扱う。


―――――――――――――――――――。


『斬人』は進化して『斬神斬人』と言う名前に変わっていた。

長峡仁衛は苦労の末に手に入れた『斬神斬人』の情報を見続けながら、ゆっくりと膝を曲げて尻餅を突いた。


「はぁ…生き残ったぁ…」


そう言って長峡仁衛は生への実感を覚えつつあった。


「(式神が進化するのは十分嬉しい事だけど…熟練度が『八十五』か…今の俺だと、使える事も出来ないだろうなぁ)」


熟練度はコスト制限以外にも、その式神の実力を図るものでもある。

熟練度と言う概念は、多少ながら式神も理解しており、その熟練度と言う物差しで、術者の性能を確認する。


そして自分よりも弱ければ、従う道理はないと思ってしまう。

だから、長峡仁衛の式神は、熟練度が高い事で矜持を得、自分よりも弱い長峡仁衛には見向きもしていない。


「(けど、指標が出来たな…この迷宮から脱出するまでに『斬神斬人』を召喚出来る様にしておかないと…)」


よし、と長峡仁衛は決め込むと、立ち上がる。


「(次は俺の式神を回収しよう。手負いだけど、回収して材料を与えれば、回復出来るだろう)」


式神を回収しようと、長峡仁衛が部屋の奥からボスの部屋へと移動した時。

長峡仁衛の内部から、契約が急に途絶えたかの様な感覚が過る。

体は軽くなったが、その分喪失感が身を包んだ。


「…なん、だ?」


長峡仁衛がボスの部屋へと入った時。

其処には、既に、彼の式神の姿は何処にも無かった。

あるのは、ただ、白いシスター服を着込んだ、桃の様な髪の色をした白髪の女性が立っている。

長峡仁衛を確認すると、彼女は長峡仁衛の方へと向かっていく。


「お前誰…あ?もしかして、柩、か?」


長峡仁衛は、彼女の顔に見覚えがあった。

そして思い出して彼女の名前を口にする。


霊山柩は、長峡仁衛に暗器で衣服に隠しておいた『スケッチブック』を取り出して文章を書いていく。


『ご無事でしたか、仁衛さん(;O;)』


顔文字を付け加えて、霊山柩は安堵の息を漏らした。


霊山柩の登場に長峡仁衛は驚いていた。

だが、それ以上に長峡仁衛は屋敷の周囲を目を配る。

部屋の周囲には彼女が持ち出したであろう武器や弓矢の矢が地面に突き刺さっていた。

悪い予感を覚えていた長峡仁衛は彼女に伺う。


「まさか…、俺の式神を、祓ったの、か?」


長峡仁衛の言葉に彼女は首を縦に振った。

長峡仁衛は手で自らの頭を押さえた。


「本当かっ…嘘だろ?」


長峡仁衛は軽く絶望感を覚える。

この三日間でようやく手に入れた式神は、彼女の手によって全て消えてしまったのだ。

残っているものがあるとすれば先ほど長峡仁衛が封印した『斬神斬人』と強化素材として所持している『八尺様』の二種類だけだった。


『八尺様』を強化すればまた『七尋女房』を手に入れることはできるだろう。

しかし長峡仁衛が式神を強化していたその時間は失ったも同じだった。

心のどこかで喪失感が伺える。

長峡仁衛の憂鬱な表情を確認した霊山柩は軽く頭を下げてスケッチブックに謝りの言葉を描く。


『ごめんなさい(;´д`)』


スケッチブックの内容を確認した長峡仁衛はため息をついた。

言葉を喋ることができない彼女だがスケッチブックでの誤りは何だか煽られているように思えた。

何よりもその顔文字が長峡仁衛の癪に障るのだろう。

本人に悪気はないのだろうがそれでももう少し謝罪の方法はいくらでもあっただろうと長峡仁衛は思った。


もっともこの状況でそんなことを言ったところでどうしようもない。

なので長峡仁衛は彼女の謝罪を受け入れることにした。


『しかし、懐かしいですね、最後に会ったのはいつ程てしょうか(*_*)』


スケッチブックの中身を確認する。

まさか彼女はこの状況で思い出話でもしようとしているのだろうか。

長峡仁衛と霊山柩は昔は訓練相手のパートナーとして活動していた。

そのためか他の霊山家の人間よりかは多少は仲がいいとも言える。

だがそれはあくまでも昔の話である。

長峡仁衛と霊山柩のパートナー関係はわずか半年しかもたなかった。

彼女の戦闘技術が凄すぎてその相手が持たないと言う事態が発生。

当然ながら長峡仁衛も半年の間で霊山柩に完膚なきまでに叩き潰されていた。

そのために長峡仁衛は彼女を苦手意識を持っている。


「それで…一体ここまで何をしに来たんだ?」


長峡仁衛は霊山柩に緊張感を持ちながらそう聞いた。

下手をすれば彼女が長峡仁衛を殺しに来たのかもしれない。

彼女はスケッチブックに文字を書いて長峡仁衛に見せた。


『貴方を助けに来ました(^-^)/』


その内容を見て長峡仁衛は驚く。

てっきり霊山家が送り込んだ刺客かと思ったのだが。

彼女は長峡仁衛を助けに来たとそう書いてあった。


「助けに来たって…でも、それ本当なのか?」


長峡仁衛はスケッチブックに書かれた文字を確認しながら伺う。


『信じられない? (;O;)』


顔文字で喜怒哀楽を映し出す霊山柩。

長峡仁衛は首を縦に振る。


「だって、こうして俺を殺しに来た可能性もあるだろ?」


彼女はスケッチブックに文字を書く。


『霊山家の御当主様だったら、無限廻廊に確認しに行って来いなんて言わないよ。貴方は、霊山家の中では価値が低いから。様子を見に行かせて霊山家の人間に万が一があったら大事だから、多分、そう思うでしょう? ('ω')』


彼女の言葉に、長峡仁衛は確かにと頷いた。

貴重な霊山家の人間を、それ以下な存在である長峡仁衛の生死の確認の為だけに無限廻廊に送るなど無謀な事だ。


「…でも、爺さん。ボケてるからなぁ」


長峡仁衛は霊山蘭を思い浮かべる。

高齢である霊山蘭は何れ次の世代に託す日が近くなっている。

その理由の一つとして、記憶障害…それが、頻繁している事が多かった。


「…まあ、正常でもボケてても、俺を嫌ってるし…、俺の元に向かう様な命令はしないか」


そうして長峡仁衛は納得する。


「じゃあ、こんな所まで、ありがとうな」


感謝の言葉を口にした。


「それにしても…大丈夫なのか?無限廻廊なんかに戻って来て」


そう、霊山柩に聞く。

彼女はペンを走らせた。


『大丈夫、これがあるから( ^)o(^ )』


長峡仁衛は彼女が手に持つものを確認する。

それは、スケッチブック以外にも、地図の様な代物だった。

その道具に対して指摘をした長峡仁衛に、霊山柩は長峡仁衛にそれを手渡すと、スケッチブックで説明する。


『これは、無限廻廊の地図です。これさえあれば、出口までの入り口が分かります!(^^)!』


それを聞いた長峡仁衛は驚いた。

この無限廻廊を脱出する事が出来る代物があるなど、思いもしなかった。

長峡仁衛はマジマジと無限廻廊の地図を確認する。

しかし、長峡仁衛は地図の内容を確認する前に、何か違和感を覚えた。


「(地図に付着しているこれ…血か?)」


長峡仁衛は霊山柩の方を見る。

彼女は、畏霊と戦闘をしているのに、その体には、傷と呼べるものは無かった。

長峡仁衛は首を傾げる。通常、畏霊の噴出した体液は、時間と経過すると共に渇いていき、消える筈だ。

これが、畏霊の血では無いのだとすれば、一体、誰の血であるのか。

長峡仁衛は、彼女に訝し気な視線を向ける。


「なあ…」


長峡仁衛が、この血液に対して何か言おうとした時。

ふと、部屋の隅で動くものを見つける。


「あれ…『人形師』?」


確実に祓われたと思っていた『人形師』が復活している。

と言っても、肉体は『骸機』と同じ様な陶器の肌をした体となっている。

それでも、長峡仁衛は感覚でそれが『人形師』だと理解出来た。


「自らの肉体を身代りにして他の人形に移し替えたのか…良かった」


長峡仁衛は安堵をする。

多少の異能変遷が喪失していたのを確認したが、それでも十分すぎる性能を所持している。


「(後で八尺様を使って強化しないとな)」


長峡仁衛は、その様に思っていた。

霊山柩は、光の通わない視線を、式神に向けていた。



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