第4話 佐々木講師への質問
涼太の書き込みから暫くして、佐々木講師は返事をよこし、涼太と真緒はハドルと呼ばれるSlackの音声チャットに参加することになった。
「ブロックチェーンについてお聞きしたいんですが」
涼太が時間を取ってもらった礼を行った後に切り出す。
「マイニングアルゴリズムのブレークスルーってできないんでしょうか』
と、続ける。マイニングをもっとドカンと効率よくやる方法はないか、という質問だ。
「それは、いわゆるPoWアルゴリズムの話ですよね。サトシ・ナカモトの論文は読みました?」
佐々木講師は特に躊躇なく続けた、この分野にも詳しいらしい。PoWとはProof of Workの略で、ビットコインなどの初代の仮想通貨実装となるブロックチェーンを構成するアルゴリズムである。新しい取引を承認するために、過去のすべての取引チェーンより得られるハッシュ、つまり指紋のような数字を含むデータの指紋、つまりハッシュの先頭や末尾の桁が数個連続して0になるような値、プルーフを見つけることによって新しい取引を承認してブロックに追加できるという仕組みのことだ。そして、ハッシュとはデータの指紋のような数字といったが、データ全体の値を使ってある計算方法・アルゴリズムで計算し256ビットの値を算出する。データを1文字変えただけでハッシュの値は異なるため、ハッシュとデータを付け合わせることによってデータが変更・改ざんされてないことを証明できる。
サトシ・ナカモトはビットコインに関する論文と実装プログラムを発表した仮想通貨の父とも言える人物で、日本人風の名前だが仮名であり日本人ではないという説が有力だ。現在まで正体は判明していない。
「はい」
と、真緒。英語の自信のある彼女は原文を読んだようだ。
「和訳なら」
一方の涼太は原文を読むなど思いもしなかった。
「ビットコインは、新ブロックに対してSHA-256を計算するのですが、このアルゴリズムは洗練されていて従来型の計算機では改善の余地はありません。また、ハッシュ探索にしても現在の理論値を超えることは難しいですね。専用FPGAなどでハッシュ計算を高速化はしているようですが」
SHA-256とは現時点では十分に安全と考えられているハッシュであり、多くのの仮想通貨で採用されている。Keccak-256という更に新しいハッシュアルゴリズムを採用した仮想通貨もある。また、FPGAというのは専用に設計・製造された集積論理回路のことだ。普通のPCなどではCPUとメモリは別部品だがFPGAの中にはCPUの構成要素とメモリが一緒に入っており、最適化した論理回路も組み込むことができることから、特定用途の処理ではCPUより圧倒的に速い。
「じゃあ、やっぱり専用ハードウェアの工場以外どうしようもないんですか」
と、真緒がしょんぼりした声で言う。
「桜井君は仮想通貨を保有してるんですか?」
と、佐々木講師が尋ねる。
「いえ、マイニングだけでそんな大した額は…」
「じゃあ、樫井君は?」
「彼は売り豚なので」
と、真緒が勝手に答える。こいつめ、と涼太は思った。
「なるほど、大量に保有しているのでなければよいことです。ビットコイン以外の新しいアルトコインとよばれる仮想通貨は、いろいろ考えて専用ハードウェアでのマイニングを難しくして、PoW以外の仕組みを使って計算力だけでは過半数を占められないように考えられているものがあります。論文を読んだことあるなら51%問題は知ってますよね? 悪意のないノードが過半数を占める場合に限り、という条件でPoWの仕組みが成立するのですが、圧倒的な計算力を持つノードが接続すればこの条件が壊れてPoWの承認が機能しなくなります。またPoS、Proof of Stakeなどの計算力だけに依存しない仕組みも考えられていますが、既得権益ノードだけが利益を得ることを防ぐためには、信頼できるノードを設置するしかないですかね。いや、それではもともとのサトシ・ナカモトの理念が」
「あ、あの、先生。ハッシュの高速化ってFPGA以外にないんですか?」
佐々木講師の話が止まらなくなりそうだったので、涼太は話を遮ってもとの質問に戻した。
「ええっと、失礼しました。FPGAの利用をアンフェアと思う人達が、メモリ帯域に依存するアルゴリズムを考えて、FPGAではパフォーマンスが出ないように工夫しました。GPUは高速に大量のメモリに並列でアクセスできるので、FPGA対策されたアルゴリズムでも十分に速いですね」
GPUとは、この前真緒がリーさんからもらっていたグラフィックボードのことだ。
「先生、でも中国でもグラフィックボード余ってるって。それに入れてみたけどあんまり効率よくなくって、そりゃCPUよりは全然いいんですけど」
と、真緒。リーさんからのアニメグッズのお返しはもう手元に届いているようだ。
「ふうむ。中国は、まあ国の規制もあるでしょうし、理由は簡単には推測できませんね。それはそれとして、現状の接続ノード数が増えているんですかねえ」
「トランザクション自体は早くなってる感じがするんです」
真緒はしょんぼり声で続ける。トランザクションとは仮想通貨の取引の承認のことで、ネットワーク全体でプルーフを見つける速度が早くなっているということだ。
「どれくらい速くなってるかわかりますか?」
佐々木講師は若干食い気味に聞いた。
「体感で半分くらいでしょうか、5分以下?」
「それはおかしいですね。プルーフには一定の時間がかかるようにネットワーク全体の処理速度が上がったら難易度が上がる仕組みがあるんですが……」
佐々木講師は少し時間をかけて考え込んだ後、話を変えた。
「仮想通貨は暗号資産とも呼ばれますが、暗号の歴史は知ってますか? 有名なのはカエサル式暗号ですね。これはカエサルが使っていたとされていますので、約2000年以上前ですね。次に有名なのは第二次世界大戦のときのドイツのエニグマですかね。これはイギリスの電子計算機の父チューリング先生が解読に尽力しました。さて、この2つに共通する点はなんでしょう?」
「えーと、戦争関係ですか?」
と、自信なさげに涼太が答える。
「そのとおりです。暗号は昔から、その時代で最先端の秘匿された軍事技術だったわけです。おそらく現在も。ですので、現在最先端のハードウェアやアルゴリズムは公開されていない可能性が高い、かもしれません」
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