第2話 サイゼリアにて

翌週、真緒から、学校に来いという連絡が来た。仮想通貨取引業者からの出金は3日程かかると思っていたが、翌日には口座に振り込まれていた。ので、モバイル交通系ICカードにサイゼリア代分をチャージしておいた。ちなみに、彼は関東の私鉄沿線在住なのでよく知られているSUICAではなくPASMOを使っている。


 待ち合わせの図書館に着くと、真緒とリーさんが待っていた。リーさんは170cmほどの身長で、ちょっと細めだが、今は30cm程もあるデフォルメされたキャラクターのぬいぐるみを持っており、ニコニコしていた。これが例のブツらしい。クレーンゲームで普通にゲットできそうな感じだが、真緒のお父さんの会社の業界団体がうんぬんかんぬんの関連で、要するにレア物らしい。涼太はリーさんがマスクを外したところを見たことはないが、眼鏡の下はいつもニコニコしている。


「じゃ、僕帰って写真アップするんで」


 と言うとリーさんはいそいそと帰っていった、住んでいる部屋にアニメグッズ撮影用の簡易スタジオセットを持っており、お気に入りのブツを撮影して、地元の友だちに自慢するんだそうだ。


「涼太は学校に用ないんでしょ、じゃ行こうか」


 リーさんを見送ると真緒は正門に向かって歩きはじめた。身長は160cm台の半ばくらい、ベリーショートが小さめの顔によく似合っている。髪型と長身でバスケでもやってそうだが、授業以外ではやったことはないらしい。涼太は彼女がスカートを履いているところを見たことがない。今日もルーズなワイドパンツスタイルだ。ときどき一緒に食事をするので、マスクを外したところを何度かみている。普通にかわいい、と思っている。


 チーズケーキと呼ばれる図書館から外に出る。なぜそう呼ばれるかというと建物を見れば一目瞭然で、地上部分がカットしたチーズケーキの形をしており、エッジは見事にとんがっている。この大学にチー牛みたいなルックスの学生が多いのと関係あるんだろうか。歩いて2分ほどのサイゼリアは比較的広くて、待つことはほとんどない。席についてメニューを見ながら感染症対策用の注文票を記入する。注文の際に客が話さなくて済むように導入されたようだ。


「いつもの」


 と真緒が真面目な顔でふざけたことを言う。彼女はサイゼリアで注文するメニューがほぼブレない。辛味チキン2、柔らか青豆の温サラダ、バッファローモッツァレラのピザのダブルチーズ、それにドリンクバーである。で、青豆の上に乗っている玉子の黄身だけ同席の誰かに押し付ける。このなりをして偏食なんである。


「一回店員さんに、いつものって言ってみろよ」

「やだよ、思ってるうちに注文票になったし~」


 涼太は、へいへいと頷きながら彼女の注文に自分の分を書き加えて店員に渡す。


「で、リーさんには交換でなにもらったの?」


 意外にしっかり者の彼女がただ渡しするわけない。と涼太は確信していた。


「PCのグラフィックボード、最新版」


 と、最新機種の型番をあげた。


「まじかよ、それ20万超えるんじゃねえの?」

「なんかね、中国の友達が注文してたけどいらなくなって大量に余ってるんだって」

「へー、とはいえレア物の交換だからそれなりの値段はまだするってことか」

「らしい」


 話しているうちに注文した料理が届くと、彼女は確認もなしに青豆の上の玉子の黄身部分だけを器用に涼太のほうれん草のソテーの上に移動した。白身部分は自分で食べるらしい。


「おまえさー、医学部の彼氏いたんじゃないんだっけ?」

「別れた~、3ヶ月前に」


 涼太が彼女と会うのは3ヶ月以上ぶりだった。


「まじかよ、なんで?」

「性格の不一致ってやつ?」


 これは話題を変えるしかない、と涼太は思った。彼のこの方面の経験値はゼロである。彼にとって真緒は男友達同様の気楽な付き合いをする仲ではあったが、踏み込みにくい領域からは撤退するしかない。


「で、グラフィックボード何に使うの?」


 大昔はPCのグラフィックボードはゲームの美麗な画面を高速に動かすために使っていたが、最近は機械学習などのAIなどにも利用されている。とはいえ、AI的なことがやりたかったらブラウザで大学の環境にログインして、それこそ単体のグラフィックボードとは比較にならないようなパワーを利用できる。


「や、ちょっとマイニングをパワーアップしようかと~」


 涼太は彼女が仮想通貨のマイニングをかじっていると聞いたことがあった。マイニングとは仮想通貨のネットワークに参加し、他の参加者の取引情報の承認をするために大量の計算を行い承認に必要な数字を発見することである。承認できると報酬が手数料としてもらえる。また、有名な仮想通貨ではマイニング工場が多数存在し、個人の新参者が参加する余地はなく新規のマイナーな仮想通貨に参加するのがよいと言われている。しっかりものの(がめつい)彼女は元手のかからない、といってPC代と電気代はかかっているわけだが、マイニングをやっている。スマホゲームももちろん完全無課金だ。


「ちょっと前までは、電気代くらいは稼げてたんだけどね~。最近は難しくなってきて。トランザクション(取引)も以前より速くなった気がする」


 と、真緒はこぼした。


「またどっかに工場できたんじゃないの。オレみたいにCFDやれば儲かるのに」


 CFDは差金決済の略で、仮想通貨の売買を現物で行わずに、取引の結果生じる差額だけで決済する取引のことだ。涼太の仮想通貨の取引もそれに相当する。理解を容易にするために買いポジションで説明すると、30万円分の仮想通貨を買い33万になったときに売るとすると、税金と手数料を考えないと元手が3万円かかり、3万円の利益となる。これは、その取引業者が元の資金の10倍までの取引を許しているためだ。3万円で30万円分買えることになる。逆に30万円分買って27万円に値段が下がったら元手の3万円は丸損になる。また、27万のタイミングで何らかの問題で売ることができずさらに値下がりしたら借金を背負うことになってしまう。リスクのある取引である。素人にはおすすめできない。仮想通貨以外のいわゆるFXも同じ仕組みである。大昔、今でもあるのだろうけど商品先物取引もCFDの一種だ。


「それは元手がかかるし、なんか違う気がして~」

「言うて、電気代は親持ちだろうに」

「PC代は自分で稼ぎました~」

「へー、なにで?」

「かてきょ、JKに英語教えてる。羨ましいか~」


 彼女は得意な英語を生かして女子高生に家庭教師で教えているらしい。ちなみに、女子高生に数学の需要は低いとのことだ。自分も2年前まではお嬢様学校のJKだっただろう、あと、こんな風に語尾伸ばして話すやつだったっけか? と涼太は思った。


「そんなに儲かるんか」

「実は、親に返済中でして~、まだ半分以下」


 涼太はこの前ネットで目にした噂を思い出す。


「そういや、例の富豪が仮想通貨売るかもしれないから、値段下がるんでないの」

「んー、換金するときには関係あるかもだけど、マイニングには関係ないね」

「そういうものなのか」

「そういうものっす~」


 と、答えながら彼女はピザの最後の一切れを口に収めた。小顔でアゴも口も小さいのによく食うなあ、瀬は高いけど、と涼太はぼんやりと思った。


「じゃあ、きょうはごち~。儲かったらまたよろ~」


 食べ終わってサイゼリアを出ると、真緒は帰る電車に乗るために駅の改札に入っていった。涼太はそのまま自宅まで歩きだ。仮想通貨はじわじわ値を戻していたが、前回ポジションを立てたときまでは戻りそうにない。富豪ショックですごく下がるとしたらそろそろショートするべきかなあと悩むのであった。


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