ブロックチェーンの終わり
えりちん
第1話 いつもの日常
「ヒット! これで課金がまた捗るぜ」
涼太はスマホで仮想通貨取引アプリの数字をみて、即座にSlackの友人チャンネルに自慢気に書き込んだ。彼は仮想通貨のショート、つまり空売りをかけており、ヒットとは設定していた目標金額まで仮想通貨の値段が下がったので、売り建玉を決済して利益を得たということになる。税金と手数料を引くと、お気に入りのスマホゲームに、1ヶ月に3000円課金するとして10ヶ月分ほどの金額ではあるが、新型感染症の影響でアルバイト先探しにも苦労する昨今、親からもらう小遣い以外のありがたい収入である。
実際は売りを注文して約定してから、決済までの間仮想通貨の借り賃を払っているわけだが、取引業者の手数料と売り買いの差額にすべて含まれており、涼太も細かいところはわかっていない。彼はロングつまり買いよりも、ショートつまり空売りをメインにするスタイルであった。いわゆる売り豚である。値下がりを期待していることから、一般人からは嫌われる傾向にある。
ピコンと、スマホにSlackの通知が来た。
Slackはグループごとにチャンネルが使えるチャットアプリで、涼太も高校生まではお約束にもれずLINEを愛用していたが、電話番号に紐づかす、PCのアプリでもWebブラウザでもアクセスできるSlackでのチャットを今では愛用している。LINEは家族の連絡くらいにしか使っていない。授業の連絡もSlackを使うし、就職した先輩の噂を聞くとIT企業の開発現場でも使われている、らしい。
高校生の時まではTwitterも使っていたのだが、今は見る専門だ。入学早々に受けたセキュリティ講習で危険な実例を散々説明され、最後には講師の先生から『樫井涼太君、今後ともセキュリティには気をつけて』と実名入りのDMが来て超驚いた。それはもう、魂が口から出るかと思った。アカウントは学校に知らせてないし、プロフィールに実名の気配も漂わせていなかったのに、なぜ、と非常に困惑した。このDMはTwitterのアカウントを持ってる受講者全員に来たらしい。ちなみに、フォロー外からのDMを禁止している学生には、アカウント指定で実名は入れない形のメッセージが届いた。いわゆる裏アカを持ってる学生には裏アカの方に届いたそうだ。確かに講習ではネットの匿名には意味がないと説明されたけれども。受講した新入生は全員、この学校超ヤバいぞ、と思わされた。アカウントを新しく作り変えた学生もいたようだが、把握されないわけがない。
スマホの通知をタップするとメッセージが表示された。
「じゃあ今度学校の近くのサイゼでご飯奢ってよ」
同級生の真緒である。彼女は横浜のお嬢様学校出身という同級生の中では変わり種である。数学が得意ということで涼太と同じ工業大学に進学してきたらしい。ちなみに彼女は英語も得意で、これも同級生の中では珍しい。たまたま同じスマゲーにハマっているということから涼太と友人づきあいをするようになった。即座にリプライをよこすなど、なかなか暇しているようだ。
「サイゼなら1月分の課金にもならないからいいけど、今度いつ学校いくかわからんしなあ」
入学して以来、涼太達の所属する情報工学系はほぼオンライン授業、実習もオンラインで済むので学校に行く機会がない。
お嬢様のはずなのに、サイゼリアでいいのかとも思ったが、お嬢様学校にお嬢様はおらんという彼女の口癖を思い出した。お前もなー。
「来週、リーさんと会う約束してるから、涼太も学校来なよ。家近いんだよね?」
リーさんとは、中国からの留学生で中国語はもちろん英語日本語も得意で、プログラミングの授業ではいつも最初に課題を提出し、さらに一番良い評価をもらっている。わざわざ日本に来なくてもアメリカとかの大学がよかったんじゃない? と涼太は聞いてみたことがあるが、「だって僕、日本のアニメとか好きだし」とのことだった。なにやら、真緒が知り合いの伝手で手に入れたアニメグッズをリーさんに渡すということらしい。
涼太の自宅から大学までは電車で1駅徒歩だと15分ほどだ。数学だけが得意でも入れそうというのと、近所に住んでいるため子供の頃からキャンパスで遊んで馴染みがあったのでここにした。キャンパス内にある広い芝生のスロープは近所の子供には人気のアクティビティなのだ。
「り、来るとき連絡して」
り、とは了解の略である。涼太も基本的には暇なので彼女が学校に来てから連絡をもらってもそんなに待たせることはない。
メシ代くらいは引き出しておくかと、さっき稼いだ金額の一部を取引業者から銀行口座に出金指示をしておく。
出金は指示から実際に出金されるまで3日程かかる。銀行口座からの入金は一瞬ですむのに、理不尽である。ゲームへの課金は次の新キャラが追加されるイベントで課金にオマケが付くタイミングを狙う予定だからまだ先にする。あぶく銭を得たとは言え、課金は効率的に!である。
涼太がtwitterのTL(タイムライン)に流れてきたニュースをみていると、アメリカのお騒がせ富豪がゲーム会社を買収するかも、というニュースが流れてきた。おいおい、またかよ、と思いながら仮想通貨をショートするタイミングを考える。そこそこ大規模な金額が必要になるから、自分の会社の株を売るか、資産を売るかで現金を作るはずだ。この富豪が仮想通貨を溜め込んでいることはよく知られている。前にもtwitterを買収するとか言って大騒ぎしたのに凝りないなあ、と彼は思いつつ仮想通貨の価格変動チャート(グラフ)をみる。次に上がったときにショートすることに決めた。基本は高いときに売りポジションを立てて下がったときに決済するべきだから、下がっている今は静観だ。こういう、かもしれないネタは一度潰れて値を戻すはずだと革新していた。その富豪の会社の株を空売りすればいいのかもしれないが、彼は外国株には手を出していなかった。
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