第17話 目覚め

 

 ニーナは目を覚ました。


 よく眠ったせいか、ここしばらく常であった頭にかすみがかかっているような感覚がなくなり、頭がすっきりして爽快だ。

 ベットから身を起こし周りをみる。机とベットだけがあるカランとした部屋。つまり慣れ親しんだ自分の部屋だった。

 カーテンにかかる窓からの日差しを見るに、朝のようだ。

 

 グラハム様はすでに起きているだろうか? 起きていないのであれば久しぶりに起こしにいくのも良いかもしれない。

 最近グラハム様は、私がメイドの仕事をするのを、よく思っていないようだがたまになら良いだろう。

 

 たしかにメイドの仕事を取ってしまうのはよくないが、今日ぐらいは多めにみてもらおう。

 グラハム様は私が働きすぎだと気にしているようだが、グラハム様の役にたつのは私の生きがいなのだ。

 たとえグラハム様本人であろうともそれを止めることはできない。

 

 ニーナはヨシとうなずくと、身支度しようとベットから立ち上がった。

 そこでふと疑問が浮かぶ。───あれ?

 

 今日の日付はいったいいつだっただろうか? 自分はいったいいつから寝ていたのか?

 

 思い出せる最後の記憶は、ガルバー様に妙な石のペンダントを見せられてそしてそれが砕けたシーンだ。

 

 思い出した、妙なペンダントを見せられるのはそれが2回目だった。最初の見せられたときから頭の中にカスミのようなものが、かかっているような感じが始まったのだ…。

 

 そのあとなにがあったっけ…?

 

 ───思い出してはいけない…。思い出すべきではない。思い出したらもう取り返しがつかない。

 

 心の声を無視してニーナは恐る恐る記憶を探る。

 

 

 私が切り飛ばしたグラハム様の腕、グラハム様の血があふれる執務室。

 信じられないような愕然とした顔をして私をみるグラハム様。

 

 グラハム様の憎しみの声が聞こえた…

 

『…俺を裏切ったのかぁ! ニーナァー!!』『恩を忘れた恩知らずが!!』

 

 ニーナは耳抑えてしゃがみこんだ。

 

 ───あ、あああああああぁ……違うのですグラハム様、私はそんなことをするつもはなかったのです……許してくださいグラハム様……

 

「あっあああああああああああ!!!!!!」

 

 そのままニーナは叫び声をあげた。

 

 廊下を通りがかったメイド二人が慌てて部屋に飛び込んでニーナの様子をみる。明らかに錯乱しているニーナを見て医者を呼ぶべく声を上げた。

「ニーナ様、いったいどうしたというのですか!? ニーナ様!! 至急お医者様呼んで! 急いで!」

 

 ニーナに声をかけたメイドがもう一人のメイドに命令をする。言われたメイドは慌てて外に出て医者をよびに行った。

 その間もニーナは頭をかかえ、グラハムへの謝罪を繰り返していた。

 

 ───申し訳ありません。グラハム様。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 ニーナは再び自室のベットの上で身を起こしていた。

 あれから時間もたち、やっと心が落ち着いてきた。今まで自分が行ってきた所業が正確に思い出せる。


 グラハム様の右腕を切り飛ばし、右目を潰した。

 城の地下牢に押し込め、さんざん嬲り者にした。

 

 王国から来た裁判官を賄賂で抱き込みグラハム様を領主から追い落とした。

 商人たちを抱き込み嘘の証言させた。

 街の住民たちへ、デマを流しグラハム様の名誉を貶めた。最初に石を投げたのはニーナが用意したサクラだった。


 ニーナは泣きながら頭を抱える。

 発作的に自らの首をかききって自死してグラハムに詫びたくなる。

 

 なぜ、なぜ! そんなことをした! おかしい、おかしいのだ。私がそんなことをするはずがない。

 

 思い当たる原因となればガルバーの怪しげな石のペンダントあれしかない。

 怪しげな呪術で私の心を操ったのだ。

 それしか考えられない!


 ニーナはガルバーを探すべく立ち上がった。私がおかしくなった原因はあいつだ。必ず白状させてやらねばならない。


 ガルバーはめずらしく執務室にいた。ニーナが不在続きだったため、事務処理がたまり渋々執務室にきていたのだ。


 街の外では相変わらず帝国軍が城壁を囲んでいる。

 兵士たちは交代で休ませねばならないし、籠城が続き残りの食料も心配になってきている。

 

 なにより援軍の王国軍が壊滅し、この先どうするか見通しも立たない。

 ガルバーの精神状態は破裂寸前だった。


 ニーナの顔を見たガルバーはホッと安心したような顔を見せたが、すぐさまニーナに横柄に命令する。

「ニーナよ、やっと起きたのか! まったく、主にこのような雑事をさせおって。貴様は深く反省せよ!」


「…ガルバー様、ガルバー様にお聞きしたいことがあります」


「あとにせよ! ニーナ、お前はまずこの帝国軍に囲まれている状況をなんとかせよ! その後は…そうじゃな。今宵ワシの部屋にくるがいい。そこでたっぷりと今後の話しをしようではないか」


 ガルバーはニーナを上から下まで舐め回すように見て、いやらしい笑みを浮かべると言い放つ。


「ガルバー様、一つだけお聞きしたいことがあります。あの黒いペンダンはどうされましたか?」


「なんじゃあれが気になるのか、あれは砕けてしまったよ。

 まったく、流れの商人など信用するものではないな。とんだ不良品だったわ!」


「…ほかに予備など、なかったのですか?」


「商人がもっておったのは、あれ一つだけよ。役に立たぬ商人だったわ、

 …あの商人が今度きたら、持ち物をすべて取り上げて縛り首にせよ。よいなニーナ」


「…わかりました、ガルバー様」

 にこやかに微笑みニーナは頭を下げる。


「ふふっ、素直になったではないか。ニーナよ、今宵を楽しみにしておるぞ」


「ええ、わかりましたガルバー様、今晩たのしみにまっていてください」


 ニーナのこのセリフを聞くと、ガルバーは愉快でたまらないといった様子で高笑いしながら出ていく。

 ニーナはそんなガルバーを薄く笑いながら眺めていた。

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