第14話 侵略戦争その1

 

 王都に潜入している工作員から、カーク伯爵領にむけて軍勢が出たと連絡がきた。

 グラハムはそれを受けて、領都を囲んでいる兵を残し部隊を移動させる。

 

 王都からの軍勢が通るルートなど決まっている。

 大軍が移動でき、なおかつところどころに野営地を広げる場所があるルートなど、この地を治めていたグラハムには手に取るようにわかる。

 

 夜陰にまぎれ敵の野営地をうかがう。どこの領地からの軍勢かを示す色とりどりの旗が天幕にたなびいていた。

 どの家が総大将となっているか事前に調べがついている。

 グラハムは目当ての旗印を見つけると後ろの兵たちに声をかける。

 

「狙いは敵の総大将の首だ。だが、無理することはない。今後いくらでも機会はある。夜襲をかけ天幕に火をつけてかき回すだけで十分だ。退却のルートと手順は頭に入っているな?」


 グラハムの声に後ろの兵士たちは無言でうなずく。

「では、──いくぞ!」

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 この日不運にも歩哨の役目を命じられた王国兵はあくび交じりに野営地のはずれに立っていた。

 ここは王国領土のど真ん中である、戦場のカーク伯爵領都はまだずいぶん先だ、おまけに帝国との国境線はさらに先である。

 いったいどこの誰が攻めてくるというのか。野党でも襲ってくるとでもいうのか、馬鹿らしいこんな場所に歩哨になんの意味があるのか。

 

 兵士はぶつくさと口の中で命じた指揮官へ恨みごとをいう。

 

 ここにいる兵士の半分以上がほかの領地から集められた農民たちだ、ありていに言えば頭数としているだけで兵士としてろくに役にも立たない。

 そんな中でもまともそうな人間に役割を振って歩哨に立たせていた、この兵士もそんな一人だ。

 

 兵士はただボーッと暗闇を眺めていると、前から馬蹄の音が響いてきた。

 よく見ると松明をもった騎馬隊がこちらに向かって駆けてくる。

 兵士は、はて合流する部隊がいまごろ到着したのかと茫然とみていたが、騎馬は目の前に来ても止まるそぶりを見せなかった。

 やっと身の危険を感じた兵士は逃げ出そうするが間に合わず、騎馬に蹴り飛ばされそのまま意識を失った。

 

 野営地に入り込んだ騎馬隊は、天幕に火をかけ、かがり火を蹴り飛ばし剣を振るう。

 ここにいたってやっと王国軍は敵襲だと理解した。


「敵襲! 敵襲だー」

 敵襲を知らせる声はほぼ悲鳴に近かった。

 あわてて立ち向かおうとするが、鎧もなく剣もない。逆に身をまもろうとして右往左往するだけだ。

 

「これは、どうなっておるのだ!」

 

 この軍の総大将のゲーアハルトは、寝間着をきたまま天幕を出て大声をあげる。

 そばにいた幕僚があわてて近づいてきて報告する。

 

「敵襲でございます!」


「そんなことはわかっとる! いったいやつらはどうやってこの場所を知ったのだ!」

 

 そうこうしているうちにその他の幕僚たちが集まってくる。

 全員寝間着姿だ、兜をかぶっているものもいるが剣を持っているものは一人もいない。逆にまくらを抱えているのものがいないだけマシという状況かもしれない。

 

 そんな幕僚たちの姿をみてゲーアハルトは頭が痛くなってくる。

 

「とにかく兵士たちをたたき起こして対応させよ! ほかの領主たちの軍にも伝令を出してたたき起こせ! どうせ敵の数は少ないはずだ、落ち着て対処すれば撃退できる」

 

 総大将の声が聞こえたせいかわからないが、敵に蹂躙され続けていた兵士たちが、やっと武器を持って応戦し始めた。

 それと同時に潮が引くようにすばやく敵も引いていく。

 

 その見極めの速さ、兵士たちの動きの速さは見事というほかがない。

 

 幕僚の一人が、やっと集まってきた味方の騎馬隊に、追撃の命令を出している。

 ゲーアハルトは止めるべきか悩んだが、そのまま行かせてしまった。

 

 その後伏せられていた敵の弓兵に騎馬隊が逆撃をうけ、すごすごと引き返して来たのを見て、ゲーアハルトは自分の軍の不甲斐なさに唇を噛む。

 

 この戦、負けるかもしれん。ゲーアハルトの心の中には今後の先行きに暗雲を感じていた。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

「よし! 被害の状況はどうか?」

 グラハムのは王国の追手が下がって行くのを見て一息つき、隣のロイアに尋ねる。

 

「こちら被害はありません、何人かが怪我したぐらいですね。弓兵にも被害はでていないようですし」

 

 ロイアはざっと兵士たちを見渡していった。

 兵士たちは疲れている顔をしているものの、勝ち戦に意気揚々だ。

 

「しかし、グラハム卿、あなたが先頭に立って戦うのはこれっきりにしてください。ここであなたに死なれると大いに困るので、あとは俺に任せて後ろに下がっていてください」

 ロイアはグラハムをみて渋い顔をしていう。


「…わかっているさ、これっきりにする」


 グラハムは肩をすくめロイアの意見にうなずいた。

 王国からの寝返りの将であるグラハムにとって、戦いの先頭に立つのは重要なことであった。

 正直隻腕のグラハムは戦の先頭にたったとしても、声を上げて味方の士気を鼓舞するぐらいしかできない。

 

 だが臆病者ではないという証明は重要なことだ。

 また2重スパイではないことを行動でわかりやすく示すのも重要だ。


「よし、次の襲撃の準備に入ろう」


 グラハムは獰猛に笑い、次の夜襲の準備するため移動を始めた。

 

 この後王国軍はグラハムによる度重なる襲撃に、少なからずの被害をだし士気を大いに下げることになる。

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