第03話 ニーナ

 グラハムはニーナと初めて出会った日を思い返していた。

 ニーナと出会ったのはもう10年近く前になる。

 

 その日グラハムはわずかな供回りだけで、街を散策していた。いずれ自らが受け継ぐ街だ、街の治安や道行く人たちの顔つき軒先の商売、すべて重要な情報となる。

 初めて街を見たときグラハムは領主である父親にそう諭され、グラハムは定期的に街を見て回るのが日課となっていた。

 

 これまでは父親と一緒にまわったり、馬車で移動して街の見回りをしていたがやっと、徒歩でわずかな供回りだけで街へ行くことを許された。

 

 グラハムはうれしくてあちこちを見て回った末に、貧民街に迷い込んだ。

 供回りの兵士はこのようなところに近づくべきではないと言っていたが、グラハムは気にしなかった、貧民街でも領民であることには変わりがない。


 貧民街の路地は狭く、建物が密集していてどれもいまにも崩れそうな建物ばかりだった、すえたような匂いも漂っている。

 路地をのぞき込むと子供が倒れていた。歳のころは5才前後くらいだろうか、身体を起こしてみると骨と皮しかないようで軽かった。このまま抱き起せば壊れてしまいそうだ。

 子供の意識はなくピクリとも動かない。胸は薄く上下しているのでとりあえずは生きているようだ。


 さて、どうしたものか。見つけて抱き起してしまった以上知らぬ振りはできない、かといって犬猫ではあるまいに屋敷に連れ帰ることもできない。この子供の親らしいものもおらずグラハムは途方にくれた。


「…食い物を…」

 子供が意識を取り戻し、か細い声で言う。

 

 仕方がないのでグラハムは、先ほど屋台で買ったばかりの果物を渡してやる。

 子供は手にもつと丸かじりする勢いで食べ始め、実際全部食べてしまった。種まで食べたらお腹に悪いのではないかと思うのだが意外に平気そうだ。

 まだ欲しそうな顔をしているので、グラハムが手持ちをすべて渡したらすべて食べつくした。

 

「親はいないのか?」


「…親はいない」


 いないというのは、親が死んだのかそれとも親に捨てられたのか、いずれにしてもここで一人で生きているらしい。

 ちいさいのにずいぶんとたくましい生き方である、貧民街で生きていく子供はそれが普通なのか。


「一人なのか? 兄弟や知り合いは?」


「…そんなものはいるわけないだろ」

 確かに誰かがそばにいるのであれば、こんなところで一人で倒れてなどいないだろう。

 どうしたものかとグラハムは考える。このまま放置しておけばこの子はいずれ死んでしまいかねない。

 

「…俺と一緒にくるか?」


「飯を食わせてくれるのなら…」

 妙なことを言い出したグラハムに、疑わしそうな視線を向けながらそう言った。

 

 これがグラハムとニーナの出会いである。


 グラハムがニーナを連れ帰ると、予想通り父親には、犬猫みたいに人を拾ってくるのではないと怒られたが。ニーナに親もおらずこのままでは飢え死にしかねないと、グラハムは説明し無理に頼み込んだ。

 

 このときまだグラハムはニーナを男だと思っていたが、一緒に風呂に入れたとき女の子だと判明した。

 どおりでグラハムと一緒に入るのを嫌がるはずだ。襲われると思ったらしく大いに泣き叫んだ。

 

 栄養状態も悪く成長が遅かったため、グラハムやその家人たちにはわからなかったが、このときニーナはほんとうは10才前後だったらしい。

 

 グラハムには兄弟もいなかったため、ニーナを妹のようにかわいがった。意外なことにニーナもグラハムになついた。

 一緒に食事をし、時に一緒のベットで眠る。さすがに身体が成長し始めてからは一緒に眠ることはなくなったが。

 

 最初グラハムがニーナに読み書きと簡単な算術を教えていたが、あっというまに習得したので別で家庭教師をつけた。ところがニーナの勢いはとどまることを知らず、もの凄い勢いで学問を吸収し家庭教師を追い抜き始めた。

 

 試しに武芸も教えてみたらこれもあっさりと使いこなせるようになった。体力がないため長期戦には不利だったが十分だろう。

 グラハムとその父親は二人で、万能の天才というものが存在するのだと感心したものだ。

 

 時がたち美しく成長したニーナは、領地経営で欠かすことのできない人材となったのだ。

 

「グラハム様。私はグラハム様に拾っていただいた恩を返すためめいっぱい役に立ってみせます!」

 そういったニーナの笑顔はまぶしかった。

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