第02話 カーク伯爵領その2

「ニーナ、俺はお前に感謝している。なにかお前の働きに報いようと思うがなにかほしいものはないか?」


「え、このお菓子おいしいくてこれで十分ですよ?」

 ニーナは止まることなく手に持ったお菓子をサクサクと食べながらいう。

 

「だってこのお菓子私のために取り寄せてくださったのですよね?」


「…そうだが。いや、そうではなく、もっとなにか、アクセサリーがほしいとかドレスがほしいとか」

 グラハムは苦笑いしながらいう。

 

「あるいは長期休暇とかでもいいぞ、ずいぶん働きづめだろう。

 他には…もし気になる男がいる場合は仲をとりもってやることもやぶさかでないぞ。むろん大事な部下を任せるのだ相手の男はよく確認させてもらうが。


 あとは…そうだな、良い結婚相手がほしいというのであれば、なんとかつてを使って探してみようじゃないか。どうだ?」

 

 それを聞いたニーナは手に持っていたお菓子を皿にもどし、じっとグラハムを見つめていう。

「…なんでもよいのですか?」


「俺ができる範囲であればいいぞ」

「…では、グラハム様の子種がほしいです」

「…いや、それは…」

 

 グラハムはさすがに困惑する。

 ニーナをさすがに正妻にはできない。身分が違いすぎる。

 かといって妾などの日陰ものにもしたくない。できれば幸せな結婚をしてほしいと思っているのだが。


「妾にしてほしいとはいいません。ただ抱いていただければよいのです。子供ができた場合でもご迷惑をおかけしません。私一人で産んで育てて見せます。父親の名は決して明かしません。

 もし子供がご迷惑だというのであれば、私はこの伯爵領を子供と一緒に出ていき2度と足を踏み入れません」

 

「いや、俺はお前にそんなことをさせるつもりはないのだ…幸せな結婚をして幸せな家庭を築いてほしいと思っているのだが…」


「私の幸せはグラハム様のお子を産むことです」

 ニーナは俺の顔を見キッパリという。

 

「…ダメでしょうか?」

 ニーナは眼をふせて悲しそうに聞く。

 

 グラハムは言葉を詰まらせる。

 ニーナが嫌いなわけでも好みでないわけでもない。ただニーナは自分にとって妹みたいなものだ。

 グラハムにとっては、自分の子供を産むより、領地内で他の仕事をしてくれるほうがありがたい。

 

 子供ができれば今後のお家騒動の種になりかねない。

 ニーナはそんなことしないだろうが、周りがどう考えるかは別問題だ。

 常にグラハムのそばにいるニーナが結婚もせず子供を産めば、言葉にせずとも誰の子かわかりきっている。

 むろん子供を産んだニーナを領地の外へ放り出すのは論外だ、そんな外道な真似ができるはずもない。

 

 グラハムは頭を悩ませる。ニーナを見ると期待の籠った目でグラハムを見ている。

 

「…わかった」


「!ほんとうですか!!!」

 ニーナは嬉しそうにもう離さないとばかりにグラハムに抱き着き胸に顔をよせる。

 

「じゃあいつからにしましょう、早いほうが良いです!

 今日の夜とかどうですか。あぁもしお好みならいまここでも!

 少しお待ちいただければすぐに身体を清めてきます!

 大丈夫です、いつかこの日がきた時のために買っておいた特別な下着もちゃんとあります!」


「いやいや、まてまて…」


「え、では…明日とか明後日あたりでしょうか?」

 ニーナは頬に指をあてほんの少し悲しげに聞く。


「そうではなくてだな…」


 グラハムは考える。

 ニーナが子を産んだ時のことを考えると、お家騒動がおきないようにしておくべきだ。

 それは継承順位をしっかりしておくだけでは不十分だ、間違いなく別のものを担ぎ上げてうまい汁を吸おうとするものが出てくる。


 具体的にはあの叔父上のような存在だ。

 父上の弟であるガルバー叔父上は父上とは似ても似つかない子悪党だ。

 

 俺がこの伯爵領を継ぐときにも叔父上はすいぶんと邪魔してくれた。いまでも次の継承権の第一位は叔父上でその次は叔父上の子供たちだ。おそらくいまでも伯爵領の相続を諦めてはいまい。

 

 伯爵家の資金の使い込みや、領民への暴力などいくらでも後ろ暗いことをしているが、こういうことのみ頭が回るらしくなかなか尻尾をださない。

 

 あの叔父上さえいなくなれば領内継承権の問題は落ち着くだろう。なにも殺せとは言わないが継承権を放棄して王都あたりで暮らしてくれれば良い。そこでおとなしく過ごすのであればいくらかの資金援助もしてもよい。

 

「わかりました! ガルバー様をすぐに殺してきます! 評判の悪いあの方ですからたぶんちょっと事故に見せかければだれも文句はいいません」

 ニーナはそういうと立ち上がり善は急げとばかりに執務室を出ていこうとする。

 

「まてまて、なにも殺すことまでしなくてよい。無用の混乱をさせたくない、できるだけ穏便に済ますのだ。資金横領の証拠さえつかめれば放逐もできる」


「そうですか…わかりました。できるだけ早く片付けます!」

「繰り返すが無理をすることはないぞ、現状でもとりあえず問題は出ていないのだ」


「もちろんです。この私にすべておまかせください!」

 ニーナはにこやかに微笑むと鼻歌でも歌いかねないほどご機嫌なようすで出ていく。

 その様子にグラハムは一抹の不安がよぎるがニーナなら大丈夫だろうと納得した。

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