~episode I~

『アイ! どこいった!?』

『んだよピー、まだきてんのか?』

『いやおまえじゃねえし』

んだか?』

『おまえでもねえ!』

 ――とまあ、《ヒトモジ》どもがひしめく貧民街スラムじゃ、おんなじまえのやつはごろごろいるわけで。

ぬすみだぬすみ! あのどらねこおんなが、こんしゅうげをちょろまかしやがった!』

 ガキのころから、あちきにゃ盗賊稼業それたりまえだった。

 スラムで《ヒトモジ》のまえんでもむだむだ。

 あだをつけてけようにも、《ヒトモジ》のあだやりなかたちになるのがオチだからね。めいめいしんだまっちゃいない。

 ねこじゅうじんまれたあちきのがるさもあいまって、あそこでの盗みしょうばいはちょろいもんだった。

 調ちょうにもるよ。《ヒトモジ》じゃないやつらがらしてるじょうまちがって、おのぼりさんのくせにふくやかしまくってやった。くだものってるてん盗みを働いたりちょっかいかけたりもしたっけね。

 いろんなものがたりまえそろってた。そろいすぎてたくらいだ。すごかったにゃあ……。

 だから、つかまっちまうのもあっというだったんだろうね。

 じょうまちのやつらにゃりっまえがあった。れんけいがあった。

《ヒトモジ》にたいする、ひどいいやがあった。

いたか? こいつアイってったぜ』

『たったいちでアイなの!? やだ、これ、《ヒトモジ》じゃない!? どこからいててきたのかしら!』

 ほんとにこんなあつかいだったんだ! あちきのあたまこなっぽいずだぶくろかぶせるわ、からだをぼっさぼさのなわしばるわ、ひっどいよにゃあ!

 ……こほん。ちょいとへまをして、けいだんとかいうやつらにつかまっちゃったあともたいへんだったんだ。

 るからにろくでもないおとこどもにはしたがねであちきをわたして、どこにはこばせるかとおもったら、あちきのスラムよりあつくてすなっぽい《ヒトモジ》じょうだ。

 ランスがうにゃあ、《ゆずりくになんこっきょう沿いにある、ばくしょうぎょうなんだってね。あれでがいこくじゃないってんだ。かされたときはあちきびっくりして、ミルクなんかでむせちまったよ。

 にっひひ……お前おみゃあいま「ランスってだれだよ」とかおもってるね?

 ちんうまにタダであいりさせてもらうんだ、ちゃんとかたってやるって。退たいくつにゃあさせないよ。




《ヒトモジ》じょうはこばれたってはなしたけど、あちきがかんかんりにねっされたてつっかであしくびをやけどしたり、ねこえさしたつづ――つ、つらいおもいをさせられたのは、せいぜいいっげつはんだ。

 ぬすむことしからない、スラムそだちのガキんちょだったあちきにがついたんだよ。

『――なんと……しかし、このような…………』

 いろおおみちはしで、おっきなやりと、たてと、たいようまって、

『おいてんしゅ、このむすめをよこせ。……二〇〇〇ベルか。くれてやろう!』

 ってね。あちきをってたせこいばあさんに、じゃらじゃらのぶくろふたつたたきつけたのがランスだった。

 なんとかをまもこうけつもの……だったかにゃあ?

 そういう「」っていうのをしょうするかっこつけおとこが、とおりがかりにあちきをっていったのよ。

 たすけてもらえてよかったじゃん、って?

 にゃあにってんだ。ランスはそんなごうのいいやつじゃないよ。

 あんにゃろう、かよわねこむすめだったあちきにもつちなんかやらせたんだ。




『ぎにゃぁ~……おもぃ~……』

どうごくだ。みっぶんみずに、なべしおいし、あとはナイフにつうこうがたと……』

『こんなでっかいかばん、いつのつけてきたんだよ!?』

つけたもなにも、わたしはいのうだが』

『だったら、おみゃあがえよぉ……!』

たるもの、もつじゅうしゃまかせてこそだろう』

『じゃあせめてこっちの……タテ? ぐらいったらどうなんだよ』

『むしろそちらのほうがじゅうようだ。ぞんがいさまになっているぞ? たておとよ』

かたがなんかきしょい……』

『さ、こんなとはおさらばだ。くぞアイ。みっばくけられるよう、しゃべるげんあしまわすことだ』




 ランスはたびをするおとこだった。こまってるやつをたすけてまわってたんだ。

 ってるっていうしゅうらくがあったらつだいにくし、みちすがらまえりにやられたってやつにったらわりにかえしにくし、あっちへふらふら、こっちへふらふら――。

 おもしただけでつまさきがしびれてきたよ。はー、タダうまかいてきだにゃあ。

 あちきはじゃくにくきょうしょくのスラムでそだった《ヒトモジ》だ。ランスのひとだすけにゃちっともなっとくできなかったね。なんなら、あちきをたすけたつもりになってもつちをしつけたランスに、だんだんむかついていた。

 だからあちきは――ちがしゅうらくかったあたりからだ――どうにかして、ランスのまえをぶんどってやろうとめたんだ。

《ヒトモジ》でさえなけりゃ、じょうまちのときみたいなにも、ばくしょうぎょうられるようなにもいっこない。われながらめいあんだとおもったね。




『ランスー、なべのおしるがまだのこってるぞー。おかわりしろー』

『よそってくれ』

『(……こっそりバームクエーンのうえんどくとうがらしておいたんだ。これでランスはあちきでもたおせるぐらいのよわよわに……)』

『さっきよりもうまいな』

『へ?』

『なるほど、ここらのかわざかなはうまみがおくれてしてくるようだ。アイ、おまえたしかめてみろ』

『そ、そのー……あちきはおなかいっぱいで……』

『ひとくちだけだ。ほら、いつものはどうした?』

『ぐにゃぁ~……』




『おーい、おーい! アイのやつ、よう便べんにしてはながいな……』

『(……このたかさからいわとせば、ランスはびっくりしてこしかすってすんぽうよ。あとはるなりくなり、ほうだいだにゃあ……)』

『グルルルル……』

『う、ちょっとおなかが――あれ? なんともない?』

『グルルルル……』

『このおと、あちきのうしろからこえてくるような……チラッ』

『グルルルル……』

『で、で……でっかいくまだにゃあーーー!?』

『アイ!? って、なぜがけうえなどに!?』

『ラ~ンス~! た~す~け~て~……!』




 …………いや、そのときのはなしはやめとく。

 とにかくランスのあいむずかしかったね。うん。




 むずかしかったっていえば、たびちゅううやつらみんな、むずかしいかおであちきをてたっけ。このくにじゃ《ヒトモジ》はすりゃいぬねこよりしたられるんだって、そうおしえてくれたのはランスなんだ。

 いろいろとなっとくしちまったね。調ちょうってスラムをなきゃよかったんだって……。

 でもさ、ランスだけはむずかしいかおであちきをたりしなかった。うんにゃ、ランスは《ゆずりくに》のこくみんだ。《ヒトモジ》のまれだったってわけでもないよ。ぶん

 それでおもいきっていてみたら、なんてかえってきたとおもう?

わたしとしてくにきざみたい』『よわきをまもこうけつものするならば、名前たましいかたちひとあつかいをえるなどもってのほかだ』キリッ――ときた!

 うかわれるかのなかだい大人おとなれいごとっちゃって、バッカみたいだよにゃあ。

 ほんとランスはバカなんだよ。ほんで、しんけんに、そうってたんだから。




 すいったあのときも、いつものひとだすけのつもりだったんだ。

 よそもののあちきらにづけるわけないじゃん。まえかたにせがねすせこいれんちゅうに、めちゃくちゃつよがいこくじんそろったころギルドがからんでたなんて。

いたいかランス? ……いたいよな。っぱなしだもん』

せいしんのみならず、そうじゅつをもみがいているのだと……わたしはどうやら、おごっていたのかもしれない……』

 ランスがにせがねしをやっつけたとおもったら、いきなりころギルドにおそわれてね。

 つきかりのしたひったたかいながら、うまくかくれられたはいいけど、あちきもランスもぼろぼろだった。

 たがのはずれかかったたるや、たおれたこわれただな、かびくさ湿しっがあるだけのどんまりみたいなはしっこにふたりしてうずくまって、みじめなもんよ。

 あちきはこわさとくやしさにさかてて、それでもごとわずにあちきとランスのけがをしたでなめつづけた。

 ランスはひざ姿せいかべなかをくっつけたまま、ばしてるほうのあしぬのをきつくいていた。

 なめてもむだだってあちきにもわかるぐらい、ランスのあしのけがはふかかったんだ。

 あちきをかばわなきゃつらぬかれずにすんだろうに…………ごめん。へいぎたことよ。

 あちきはそのとき、まれてはじめてうしろめたいようなつらさをかんじた。

 きっときずのせいじゃない。

「あちきがどうにかしなきゃ」っていうむねいたみに、あちきはふるたされたんだ。

『……ランスはここにいて。あちき、おとりになる』

れいせいになれ、アイ』

 ランスはあちきにくびった。

 あちきはもっとつよくびってやった。

ころギルドはにせがねしのなかなんだよ。だったら、あいつらがねらってるのはランスのほうだ。あちきみたいなねこむすめのことは、どうせともおもっちゃいない』

こうごうではないか。おまえひとりなら……げられそうで』

『……そんなのは、なんかいやだ』

『わがままをえるじょうきょうか』

『ランスにりをつくりっぱなしになるし、それに、あちきはたいしてのない《ヒトモジ》だ。ランスのわりにんだって、だれも……だれこまらないじゃん』

 なみだがあふれてきてたけど、あちきはかまわずつづけたよ。

としてくにきざむやつが、ここでんでいいわけ? よわきをまもるとかなんとかってひとだすけするんだろ!?』

『アイ……』

『やれよ! つづけろよ! バカみたいにさ! あちきにせたほんかおは、ただのかっこつけだったのかよ!?』

『……ああ、たすけるとも』

 そしたらランスは、ぶんかたにあちきをせて、いのりをささげだしたんだ。

『――ことにましますめいめいしんよ。かれしひとに、ける《ゆずり》をつたえたまえ――』

『ら、ランス? おみゃあ、なにして』

われゆずるは、エルエーシーイー――。は、たておとアイの《ゆずり》――Aliceアリスつづことなり!』

 ランスがそうわったしゅんかんに、なかいてきたかぜがあちきをつつんだ。

ゆずり》だったんだよ。ほんのちょっとのあいだだったのに、あちきは《ヒトモジ》だったときのおくから自分アイまえかれて、ぜんと――つじつまがわないようにもかんじてたんだけど――アリスこそがほんみょうだってにさせられた。

 そう、そうなんだ!

 ランスってばぶんぶんを《ヒトモジ》にしちまったんだよ!

『さ……これでおまえは、たいしてのない《ヒトモジ》ではなくなったな。ここでぬにはしいとおもわないか?』

『おみゃあ……おみゃあ、なんであちきにまえを……!?』

 ……ふんふん、《ゆずり》はんだひとにもできる?

 それでランスはあとでかえらせてもらえるとおもって、とりあえずあちきにまえたくした?

 にゃあるほど~。もしかしたら、そういうかんがえもあったのかもにゃあ。

 でもね、そのときのランスはこうこたえたんだ。

よわきをまもる――――だけではない。わたしはおまえに、あねおもかげかさねていたんだ』

 またかおをキリッとさせて『ゆえにたすけたい。なせてたまるものか』って。

 ばくしょうぎょうかけたときからそうおもってたとか、あんなたんっちまうんだよ。ランスってやつは。

 ランスはおとこせたんだ。

 あちきがやけになったままじゃ、おんながすたるよ。

『っ、やつらのあしおとか……!? アリス、すいぶねいそげ。いまならまだ』

だいじょう。あちきにまかせて』

『アリス! ぅ、くっ……』

あしおとはひとりぶんだ。ラン――うんにゃ、しょうさまはいつもみたいにかっこつけといてくれよ』

 あちきはランスにやりたてにぎらせて、ものかげかくれた。

 そのすぐあとにドアがんで、ころギルドのおとこはいってきた。

『……といったか。らせてくれたな』

 ころギルドのおとこりょうのナイフをまえかまえた。ランスもたたかたいせいになろうとしたんだけど、やりささえに、かたあしつのがせいいっぱいだった。

『どうしたよ? さきてんじょういているぞ?』

『これもまた、かまえ、だ……』

『いとあわれ、クキキキキ』

 ころギルドのおとこいっずつ、れたガラスのへんみながら、もったいぶるようにせまってきた。

 さあ、ここからがあちきのおおしょうだ。

『ちょっとったぁ!』

 あちきはランスところギルドのおとこあいだってはいった。

『やいやい! じんじょうしょうだ! あちきのまえってみろぉ!!』

『ガキか、くだらん』

いてんのかよいろあせターバンろう! あちきにビビってんのか!? にゃあん!?』

『ほざくな! まずはさまくびからだわかれにしてくれる』

 てきながら、ころギルドのおとこのナイフさばきはすごかったね。ねこじゅうじんのあちきですらかわしきれずにざくざくられた。

 まあ、さいさいはあちきのさくせんちよ。

 ころギルドのおとこをこれでもかってぐらいちょうはつしたからね。「あちきのまえってみろ」って。

『――っ――!? ゆ、ゆびが、からだがぁ!?』

 あちきのまえを、ランスのまえを、なんちがえたんだ。

 そりゃめいめいしんいかりをっちまうよにゃあ。

はい、に――――』

 あっけないもんだったよ。

 ナイフにふく、ターバンがゆかちたころにゃもう、ころギルドのおとこはそこらのほこりとけがつかなくなっていた。




 こうして、あちきとランスはいのちからがらあぶないすいせたんだよ。

 あのときほど「たびはもういやだ」っておもったことはないけどね。おもかえすと、なんだかんだたのしかったにゃあ。

 ――おっ、いいタイミングでとうちゃく~。あいりさせてくれてどうもね。

 ランスか? いまいっしょだよ。ほら、おかくだったところ。あっちのはたけで、どもたちとさいしゅうかくしてるやついるじゃん? あいつよあいつ。

 たびは……やめたんだ。その、どもができちまったらさすがに、ね?

 いいんだよ、これで。にゃあに、ランスはゆめをあきらめたわけじゃない。こんは『かいたくしゃとしてくにきざみたい』ってってるんだ。

 んじゃまたね。ちかくにったらかおせろよ? そのときにゃ、あちきのランスちょうちょうおおきくなったどもたちがむかえてくれるだろうから。

 あっ、て! あちきはアリスじゃなくてアイだ。ちがえたらおみゃあもはいになるかもだぞ?

 ……ぶんどってやろうと決めてたくせに、どうしてまえゆずかえしたんだって?

 だってあちき、アリスなんてがらじゃないし。――それに、このあちきがれたのはかっこつけのランスなんだ。

 よわきをまもるなんとかが《ヒトモジ》だなんて、かっこつかないだろ?

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