第15話 見える(見えない)女の子

 朝から曇り空が広がる蒸し暑い日、離れの前にはいつものように先生の占いを待つ人が列を作っていました。でも今日の先生は窓からそれをながめながら、何やらニヤニヤしています。


「先生、どうかされたんですか?」


「いやあ、にぎやかになりそうだなって思ってさ」


「はあ」


 過去の経験から考えるに、先生が楽しそうなときは碌なことがありません。何も起きなければいいのですが。



 それは午前の分のお客様の列が終わりかけた頃、私が次のお客様を案内しようと離れの外に出たときでした。


「ここの占い師はねぇ、インチキなんだよ!」


 小さなお子様連れの女性が、列に並んでいる方々に向かって大声で叫んでいます。


「占いってのはね、生まれ持った特殊な才能がモノを言うんだ。誰でも彼でもできる訳じゃない。それに誰にでも当たる占いなんてモノもありはしないんだ。本当の占い師ってのはわからないことはわからないって胸を張って言えるヤツだけ、誰のことでも当てられる占い師なんてのは、ただ当たり前のことを上手く口先で言いくるめる詐欺師なのさ!」


「ちょっと! あなた何なんですか!」


 私は思わず駆け出していました。


「どうしてそんな酷い嘘をつくんですか。先生は詐欺師なんかじゃありません」


「おやぁ? 詐欺師の仲間かい」


 ニヤリと笑って見下すような目で私を見つめます。なんて腹の立つ。


「あなたねえ」


「ステラ」


 振り返れば離れの入口に先生が立っていました。ニヤニヤと楽しそうな顔で。


「いけないなあ、仕事をほっぽらかしてケンカなんてしてちゃ」


「でも先生、この人が」


 その私の言葉を聞いて、女の人は眉をひそめます。


「先生? これが?」


 すると先生は彼女にたずねました。ますます楽しそうな顔で。


「おやおや、当然ご存じだと思っていたのですが、何か想像と違いましたか」


「フン、まあおまえが占い師だってんならちょうどいい、勝負してみないかい」


「いいですね、やりましょう」


 私は慌てて先生の腕を引っ張ります。


「ちょ、ちょっと先生!」


「ん、何?」


「何じゃありません、勝負の内容とか確認しないうちに受けちゃダメですよ」


「大丈夫大丈夫、何とかなるって」


 先生は笑っていますが、本当に大丈夫なのでしょうか。


 女の人は余裕の表情で待っていました。


「作戦はまとまったかい。逃げたきゃ逃げてもいいんだよ」


「いえいえご心配なく。それで、何の勝負をしますかね」


「タラッパさ。おまえが本物の占い師ならタラッパくらい勝てるはずだよ」


「タラッパ?」


 先生は不思議そうな顔で私を振り返ります。


「タラッパって何」


「何ふざけてるんですか!」


「いやホントに知らないから」


「知らないって……手で石とハサミと紙とを作って」


「ああなるほど、ジャンケンか」


「ジャンケン?」


「いやいやこっちの話」


 そして先生は女の人に向き直りました。


「タラッパいいですね。やりましょうやりましょう、掛け声はタラッパポンかな、タラッパホイですかね」


「勝負するのはアタシじゃないよ」


 女の人はニヤリ笑うと、七、八歳でしょうか、腰にしがみついている小さな女の子を指さします。


「この子と勝負するんだ。まさかこんな小さな子に負けたりしないよねえ」


 女の子は暗い目で足元を見つめて、先生とは目を合わせません。一方の先生は何だかノリノリです。


「ハイハイ、いいですよぉ。じゃ六回勝負でいいですね」


「何言ってんだい、勝負なら三回に決まって」


「六回じゃ困る理由でもあるんですか、セレアナさん」


 セレアナと呼ばれた女性は目を見開いて固まってしまいました。


「……何で、おまえ」


「だって占い師ですから」


 目を伏せていた女の子はゆっくりと顔を上げます。それに合わせるように腰を落とした先生は、膝に手を当てて女の子を見つめました。


「じゃあタラッパやろうか。まずは三回連続で」


 女の子はうなずき、小さな右手を上げます。


 そして三回連続のタラッパで、先生は三回連続で負けました。これにセレアナさんは大喜び、列に並んでいるお客様たちに向かってこう言い放ちます。


「ハハハハハ! ごらんよ、タラッパですら勝てないんだ、こんな占い師偽物にせものに決まってるだろ! アンタたちもそう思うよね!」


「まだ三回残ってますよ!」


 思わず言い返してしまった私でしたが、六回勝負は先生から言い出したこと、あと一回でも負ければ先生が何と言われるか。


 けれど先生はそんなことなど興味はないようで、女の子の目をじっと見つめています。


「キミ、本当に見えるんだね」


 ところがどうでしょう、女の子は静かに首を振りました。


「見えてはいないの」


「見えていない?」


「キーシャが教えてくれるから」


「キミの友達かい」


「うん」


 女の子は恥ずかしげに小さくうなずきます。その女の子の顔を覆うようにセレアナさんは手を広げて怒鳴りました。


「余計なこと言うんじゃないよ!」


 そして先生をにらみつけます。


「どうせセコいこと考えてんだろうけどね、勝負はなかったことにならないよ。勝負はあと三回あるんだ、さっさと始めな! 一回でも負けたらおまえはインチキ占い師ってことだからね!」


「そうですねえ、終わらせときましょうか」


 そしてまた先生と女の子は三回連続でタラッパをして、今度は先生が三連勝でした。


「ハイ、これでおしまい。引き分けだね」


 女の子は目を丸くして先生を見つめています。


「……すごい」


「すごくはないんだよ」


 先生は優しく微笑み返しました。


「こんな力は何もすごくないんだ、ちょっと便利なだけでね。みんなよりちょっと背が高いとか、ちょっと足が速いとか、その程度のことさ。キミも、キミの友達も」


 その会話にまたセレアナさんが割り込みます。


「勝手にしゃべるな! もうタラッパはいい、引き分けでいいさ。でも占い師なら占いで勝負してもいいだろう」


「今年の秋の予想でもする気なら、前半は晴天に恵まれますが後半は雨が続いて川が氾濫しますよ。作物の収穫は早めにした方がいいですね」


 セレアナさんは愕然としています。その後ろに立つ女の子も目を丸くして驚いていました。


「それ、わたしが言うはずだった」


 先生は笑顔でうなずきます。


「そうだね、本当はキミが先に言うはずだった。でも実際には僕が言った。わかるかい、過去は変えられないけど未来は常に変わり得るんだ。このことを忘れないで」


 それは魔法の瞬間でした。いままでずっと暗かった女の子の顔が、そのときぱあっと明るく輝いたのです。でもそれを見たセレアナさんは右手を振り上げました。先生がつかみ止めなければ、女の子を殴っていたことでしょう。


「余計なお世話なんだろうけど一応言っておく」


 こんな厳しい先生の声は初めてでした。


「これ以上馬鹿なことを続けてたら、アンタ本当に終わるぞ」


 セレアナさんは真っ青な顔で先生の手を振りほどきます。


「う、うるさい! 触るな!」


 そして女の子の手を強引に引っ張ると、逃げるように去ろうとしました。その背中に向かってかけられた先生の声。


「リコット」


 稲妻にでも打たれたかのように立ち止まったセレアナさんの隣で、女の子が振り返っています。リコットとはこの子の名前なのでしょう、先生は笑顔で手を振りました。


「また遊びにおいで」


 でもリコットはセレアナさんに引っ張られて遠ざかって行きます。何かを言いたげな顔で。


「いったい何の騒ぎだったんでしょう」


 思わずつぶやいた私に、先生は小さく苦笑を見せました。


「東に行った町でセレアナさんは占い師をしてるんだよ。もちろん実際に占ってるのはリコットなんだけどね」


「あ、じゃあ商売敵ってことですか」


「まあそういうこと」


 二人の姿はもう遠くなりました。こちらの声も聞こえないでしょう。


「あの子、大丈夫なんでしょうか」


「大丈夫ではないさ」


 先生は困った顔で二人を見送っています。


「大丈夫ではないけど、簡単じゃないんだよ。ダメな親から引き離すだけで子供を救えるのかって話でね。いくら未来が占えても、何でもできる訳じゃないんだ」


 そう言い残して先生は離れに戻られました。もしかしたら先生は、親の顔を知らない私を気遣ってくれたのでしょうか。


 ああ、いけません。こんなことではハースガルド家で働く者の名折れです。幸い列を離れたお客様もいらっしゃらないようですし、私も仕事の続きをしなくては。さあ、笑顔笑顔。


「では次の相談のお客様、どうぞ中へ」



◇ ◇ ◇



 作戦行動十八日目。T型4号タクミ・カワヤを発見。しかし接触はできない。抹殺するにせよ回収するにせよ、接触する決定がなされた時点でヤツの未来予知能力に捉えられる可能性がある。慎重な判断を願いたい。


 P型63号ボイジャーはまだ足取りがつかめない。だがタクミ・カワヤの周囲に網を張ればいずれ補足できるはずだ。協調しているにせよ敵対しているにせよ、あのボイジャーがタクミ・カワヤの異能の脅威を無視はしないだろう。必ず何らかの接触をしてくるに違いない。


 現時点における進捗しんちょくは以上。ST型7号、ルン・ジラルドより研究所に送る。

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