第49話
握った
茨が戸惑ったように大きく揺れた。
トレンスキーがそろりと近づきながら祈るように呟く。
「頼む、ゲルディーク。止まってくれ……!」
その足音に反応したのか、急に火の中から数本の蔓が伸び出してトレンスキーに向かってきた。一瞬の出来事にトレンスキーの対処が遅れる。
灰茶の
「……ぃ、っ!」
トレンスキーが引きつった息をこぼす。このままキツネモドキたちと同じように
しかし、わずかな
(助かった、か……?)
目を見開いたままトレンスキーが胸を押さえる。荒い動悸を押さえつけながら灰と消える茨の中心へ視線を向けた。
震える息をのみこむと、トレンスキーは倒れているゲルディークへ向かって足早に駆け寄った。
「……ゲルディーク、生きておるか!?」
夏草の上に両膝をつき、顔を寄せてその容態を確かめる。
仰向けに倒れる顔は血の気が引いた土気色をしていた。しかし息はある。首筋に受けたであろう傷は塞がっており、着衣にも周辺の草の上にも血痕は全く残っていなかった。
ほっと胸をなで下ろしたトレンスキーは白山羊に向けて合図を送る。
トレンスキーの側まで寄った白山羊は、背に乗せていたアンティを下ろすと人の姿へと戻った。
「……ラウエル、頼む。ゲルディークを運んでやってほしい」
座りこんだトレンスキーが疲労のにじむ声で言った。
意識のないゲルディークを淡々と見下ろしたラウエルは、目を伏せると無言でその体を抱え上げた。
アンティに手を借りて立ち上がったトレンスキーは苦い表情でアーシャ湖を振り返る。
サリエートの姿は見えなかった。
静けさを取り戻した湖には再び
「
「一度、撤退じゃ」
空はいつの間にか薄い雲に覆われ、ぼんやりと輪郭を知らせる日は中天をやや越えた位置に見えた。力なく空を仰いだトレンスキーの横顔をアンティが見上げる。
ほつれた髪の間から見える左頬からは、わずかに血がにじんでいた。
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