第7話続・料理長の憂鬱2

「よし、これで完成だ。」

塩見大吾は目標達成のための準備が完了したことに対する安堵感と、『大きな』執事がなんの疑いや違和感を感じることなく食べてくれるのかという不安、背徳心、高揚感、悔恨、様々な感情が入り乱れながら少し興奮状態になっていた。

「大吾さん、ついに完成したんですね!」


調理場の熱気と薫りを察知したのか、したり顔な庭師がやってきた。

見た目はいい感じだろう?としたり顔で完成したものを披露する。

軽はずみな庭師は、めちゃくちゃ美味そうですねとキラキラした目で喜んでいると、それは良かったと大吾は満面の笑みで答える。

「そんなに美味しそうなら、ぜひ味見役を頼みたいな。酢矢くんの案だし、僕は味見で少し食べたから他の人の意見も聞きたいな。」

「えっ?」


したり顔の料理長と、しまった顔の庭師を調理場の熱気と緊張感が入り混じった空気が包む。

「えっと、俺がこれ食べるんですか?」

急にテンションが下がった庭師は、念のためという空気感を出しながら確認する。

旧友に対してしかけるはずのいたずらが、まさか自分に降りかかってくるとは想像もしていなかった庭師は、現実を受け止められないでいる。

無言で了承を迫ってくる料理長に対し、いまだかつてないほど追い詰められた庭師の頭は回転していた。

どうすればこの食物のようなものを食さずに済むか、この場で得られる情報をかき集める。

時間も限られている中、意を決していつもの調子に戻しながら言葉を発する。


「いやいや、こんな大きなの食べれませんよ!脂元の分もあるし作るのも手間かかっちゃうでしょ?大吾さんの味見だけで十分ですよ。」

料理長の顔色を窺うように発せられた言葉に、まるで台本が用意されていたかのように大吾は返答する。

「それはそうだよね。そう思ってちゃんと味見用に小さいのを作ってあるんだ。こっちは2匹で作ってあるから安心してよ。」


頭の中に万事休すの四文字が取り囲んだ。逃げられないことを悟ったのか、意を決して初めから用意されていた椅子に腰を掛ける。

目の前にディップソースに使用されそうな小さな器に、少量のソースとタルタルがしっかり用意されている。

ダメもとで、追加のソースを要求してみるが、素材の味を確かめて欲しいと一蹴されてしまう。

いつもならポジティブな意味であるはずの、出来立てという言葉がなぜか生々しく聞こえ、決心していたはずの心が激しく揺れ動く。


しかし見た目は誰もがそれと認識するものであり、香りもまさにそれである。

腹を決めた庭師は目を閉じ、目の前にあるものが誰もがそれと認識するものであると頭の中で繰り返し唱える。言霊の力を借りた庭師は決心が揺らがないように目を閉じたまますぐさま口の中に入れ息を止めて咀嚼する。

しかし息が続くはずもなく、途中で息継ぎをしてしまう。

観念して本来の目的である味を確かめる。1回2回と咀嚼を繰り返すうちに、目を閉じてしかめっ面だった庭師の顔が驚きの表情に変わっていく。


そ言葉で確かめるまでもない庭師の反応に、先ほどよりも優しいしたり顔で庭師を見つめる大吾は、携帯を手に取り『大きな』執事を呼び出す。

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