第3話肥満執事3

次の日、希美は朝6時に起床する。

モーニングルーティーンであるストレッチとウォーキングにでかけ、7時半に朝食をとっていた。

この時間の配膳は『大きな』執事ではなく、調理スタッフの酒田さんが担当している。

『大きな』執事は10時まで何をしても起きないからである。

執事が主より遅く起きるってどういうこと?なんて、希美はもうそんな疑問も持たなくなっていた。

もうあいつに期待しちゃ駄目だ、変わらないんだから。

希美はこの歳で既に相手を変えるよりも自分の受け取り方を変えることを選択できるようになっている。

これも『大きな』執事が雇われている理由なのである。そうであるはずだ。


酒田さんは、その名前の通りお酒と噂話が大好きな近所のおばさん的な人だ。

なので朝食の配膳に来たときは調理スタッフの話や芸能ゴシップのネタ、執事たちの噂話などおしゃべりが止まらない。新しいスタッフが来たときは、そのスタッフの話で1週間は止まらないのに、『大きな』執事の時は全く話題に上がらなかった。興味が無いのか、同時期に始まった韓国のドラマのほうが気になったのか分からないが、『大きな』執事の話は酒田さんも知らないみたいだ。


いつものように聞いているとそういえばと、昨日のデザートの話を持ちかけてきた。

「希美ちゃん、昨日は塩見さんがすごく喜んでたわよ。デザートを2回もおかわりして、そんなに美味しかったのかって。食べ過ぎを少し心配してたけど、いつも通りで安心したわ。」

酒田さんは話し終わるとすぐにところでね、と韓流ドラマの話をし始めた。

韓国の話になるとどこで息継ぎしてるんだろうと思うくらいの、相槌さえ打たせないほどのマシンガントークを繰り広げる酒田さんである。

先程のデザートの件を詳しく聞く間もないほどである。


わたしが2回もおかわりした?誰がそんな嘘を?でもそんな嘘は調理スタッフの人は分かるはず。じゃあ誰が?そんなの決まってるじゃない。


「あらやだもうこんな時間。ごめんなさいね、朝食の邪魔しちゃって。後で食器片付けに来るわね。」

邪魔をしなかった時がないじゃないかという顔を笑顔で消して、希美は坂田さんをいつものように見送る。


そして希美は朝食を食べ終わるとすぐに『大きな』執事を呼び出そうとしたが、まだ9時前だ。

希美は夏休みの宿題をしながら『大きな』執事が起きるのを待ち、10時になるとすぐに彼を呼び出した。

『大きな』執事は尋常じゃない腹の音を鳴らしながら希美の部屋へとやってきた。

「ふぁ~、お呼びでしょうか?」大きいあくびをしながら執事はお腹を押さえながらそう言う。

「あなた、昨日お腹を下したそうね。大丈夫かしら?今も相当苦しそうだけど?」

「お気遣いありがとうございます。もう回復しました。これはお腹が空いて鳴ってる音です。朝はいつもこうなってるので、お気になさらずに。」

希美は少しでも心配したのを激しく後悔した。


「じゃあ遠慮なく。あなた、昨日私がおかわりしたと言って2回もデザートを盗み食いしたでしょ?証拠は上がってるんだからね!」

希美が確信を持った口調でそう言うと、『大きな』執事は少し考えた上で観念したことを身体で表現している。

「酒田さんか、絶対言わないでって言ったのに。」

『大きな』執事は悪びれもなく、まるで酒田さんが悪いとでも言うような態度に希美はまたも呆れる。

「まず謝るのが普通じゃないの?」

「ごめんなさい。もう二度としません。」

こんなにも信用ができない『二度としません』があるだろうか。そもそも『二度としません』自体が信用できる言葉でない。希美も彼が盗み食いをしないことに対しては全く期待していない。


「あのね、私は盗み食いしたことに対して怒ってるんじゃないの。食べたことを隠そうとしてることに怒ってるの。」

『大き』な執事はキョトンとしている。希美の言葉を自分の中で反芻して理解しているように見える。そして納得したのか

「お嬢様の言う通り、私が間違っていました。今後嘘をついたり隠すようなことはしません!」

希美はこの『大きな』執事に対してやっと自分の言葉が伝わった、と今までに感じたことのない達成感を感じた。


次の日、『大きな』執事は空のお皿を持って希美の部屋にやってきた。

「お嬢様、デザートなんですが全て食べてしまいました。」

そうじゃない。希美はすぐに塩見さんに、デザートを『大きな』執事の分も用意するように伝えた。

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