魔女と契約しませんか?~転生したらエロゲーの世界でした~

@Tanaka-Kakuzatou

【第一話】自己紹介! 不良少年近藤武蔵、続けて読めば……?!


 この男、近藤武蔵。


 金髪にピアスといったその見た目からも分かる通り、不良である。

 飲酒・喫煙、喧嘩に深夜徘徊。補導された回数は両手じゃ足りない。

 まさに不良の優等生。

 ただし、不良道を極めし主人公になれるかと言われれば、そうではない。

 近藤には圧倒的に足りないものがある。


 そう。華だ。


 近藤を心配してくれる可愛い幼馴染みもいなければ、誰もが恐れる最強最悪の不良でもない。

 もちろん、両親も健在。

 不良になった経緯も、皆が涙するようなことではない。

 そうまさに、ただの不良。

 まぁ、強いて華を挙げるとすれば、"童貞"である。


 そんな近藤だが、曲がりなりにも不良である。人に好かれることよりは嫌われることが多い。

 つまり、不良なのに優しい近藤くんのハートフルラブストーリーは始まらない。ごめんね。

 そして、始まりそうなものといえばもう一つ。

 最近流行りの異世界転生なんかも挙げられる。

 まぁ、不良である近藤の役は間違いなく敵役だろう。始まって早々、チート主人公の力を誇示するための踏み台となる雑魚……。

 いやいや、安心して欲しい。そんな退屈なことは起こらない。

 断言しよう。


 え? どうしてそんなことが言えるのか?


 そんなの簡単さ。

 だってここはトラックの中なのだから。

 トラックの中に居れば、異世界へ行くための通過儀礼であるトラックに轢かれることは出来ないだろう?


 そうなると今度はなぜトラックに乗っているのかが気になって来るだろう。

 別に近藤の趣味ではない。

 朝早くにスーツを着た女たちが家に押し掛けてきて、


『不良少年たちの更生プロジェクトメンバーに選ばれました』


 とか言って、トラックに引きずり込んできたのだ。

 同行に拒否したり暴れたりすると警察やら何やらが出動する。らしいので渋々大人しくしている。

 恐らく、このトラックに乗り込んでいる5、6人の男たちも近藤と同じであろう。所詮は人間。法には抗えない。


 しかし、居心地が悪い。

 バスじゃなくってトラックだからか?

 行き先が刑務所や少年院だからか?

 もちろんそれもあるが、そんなことよりももっと重大な理由がある。


 そう。服だ。


 なにせ、周りの男たちはスカジャン、ライダース、ダメージジーンズにワイドパンツ……格好いいかは置いといて、外に出れる服装だ。

 それに比べ近藤ときたら、上下灰色のスウェットに便所サンダルである。コンビニ行くんじゃねぇんだよ。


 なんだか勝手に肩身狭く思いながら、はやく到着することを願う。

 今どこに居るのか確認しようにも、ここには窓がない。

 そりゃそうだ。荷台に窓なんて必要ない。本来ならな。


 メンバーは近藤で最後だったのか、近藤の家を出てからバスはノンストップで走り続けている。

 なんか、獣道を進んでるような振動を感じるが、埋められたりなんかしないよな? なんて空気がどことなく荷台に立ち込めてきた時、トラックが停車した。


 やっと外に出れる!


 多分、ここにいる全員が同じことを思っただろう。

 トラックの床に直座りしていた尻もそろそろ痛さを超えて割れそうだった。

 さて、いつドアが開くのか。と意気込んだは良いものの、中々ドアが開かない。

 いや、なんならトラックの運転席から人が降りるような気配もなければ音もしない。


 なにやってんだ?


 エンジンは切れてるし、信号待ちということではないだろう。

 待ちきれずに立ち上がった何人かが、ドアの周りをうろちょろと動いている。

 確かにそろそろ腰も痛い。

 近藤も立ち上がろうかと手をついた、その瞬間。

 トラックが大きく揺れた。


「うぉ?!」


「なんだ?!」


 トラックが動き出したのとは違う、縦に振られるような妙な揺れ。

 それもかなり大きい。

 座っていてもバランスを崩すくらいだ。立っていた奴らはひとたまりもないだろう。

 生まれてはじめて重力を感じた。


「なんなんだよ」


「くっそ、いてぇ」


 揺れが収まる頃には、全員床に叩き付けられていた。あー、立ってなくって良かった。

 体勢を立て直していると、壁を挟んだ向こう側でバタンと音がした。どうやら運転手が降りたようだ。

 全員、立ち上がりかけの姿勢のままドアの方へと顔を向ける。


 唾を飲み込む音が聞こえてきそうなほどの緊張感。

 あの地震のことなんてあっという間に頭から抜け落ちた。

 そんなことなんか気にする余裕はないのだ。

 自然と胸が高鳴る。

 それは緊張だけでなく、ある種の期待も混ざっていた。


 開かれる!


 ギィと甲高い金属音と共に、ドアがゆっくりと開いていく。

 眩しい光のその先、そこには刑務所が……! なかった。

 その代わりに広がっていたのは、異世界。

 何をふざけているのかと思うかもしれない。でも、本当のことだから仕方ない。


 いいか? よく聞けよ?


 目の前にはロマネスク様式の城が聳え立っている。

 四階建ての箱形の中央塔を挟むように建っているのは二つの円柱の塔。

 壁面は石で覆われ、特徴的な青い屋根は木製だろう。

 塔や柱に施される装飾は至ってシンプルだが、細かい。

 そしてまた圧巻なのがその塔を囲むように広がるフランス式庭園である。色とりどりの花たちが幾何学的な模様をなし、地面に絵を描く。

 その真ん中をすらりと通る白い道もまた美しい。


 それで、ここの何処が刑務所なのだろうか。

 むしろ、中世ヨーロッパを思わせるこの場に、不似合いなおんぼろトラックが1、2、3……10台以上。

 そしてトラックから続々と下りてくる不良たち。

 こんな異様な光景を見たことあるか?


「なんだここ?」


「ドッキリか?」


「でけぇ」


 周りの奴らは思ったより冷静だった。

 こんな異様な状況なのに、案外すんなりと受け入れてやがる。

 まぁ、そういう近藤も特にこの異様さを気にしていなかった。


 だってそうだろう?


 トラックで来たんだからトラックで帰れる。

 刑務所だなんだと言っても、結局家に帰ることが出来る。

 そう考えるのが普通じゃないか。

 そして、そうなる。

 そうなるはずだったんだ。

 修学旅行のような和やかな雰囲気はある男のたった一言で一変した。


「おい、あれ……」


 弱々しい、震えた声。

 こいつの顔や名前なんかは知らないが、恐らくこいつも不良だろう。

 そんな不良が、顔を真っ青にしてガタガタ震えるなんて、だらしない。

 多分、ここにいる奴は誰一人としてそんなこと言えないだろう。

 城から続々と騎士が出てきたのだ。


「なんだあれ」


「おい、ヤバくね?」


「剣持ってるぞ」


 剣。

 そんな物騒なものを見れば逃げ出すのが人の性。

 一人逃げ出すと、辺りはすぐにパニックに陥った。

 バタバタと出口を探す奴、トラックに戻る奴、その場に崩れ落ちる奴。

 そんな中、近藤はただ突っ立っていた。


 気になることがあったのだ。

 気になること、といってもその正体は分からない。

 ただ、なにか引っ掛かる。

 そりゃ、こんな状況をすんなり受け入れられるほど柔軟な頭は持っていない。

 だが、そうじゃない。

 そうじゃなくて、もっと、言い様のない不自然さがあるんだ。

 あの騎士たち、なにか……


「あ」


 そうだ。あの騎士たち全員女じゃねぇか。

 そう気がついた時には騎士はもう目の前まで来ていた。

 それでも近藤は逃げなかった。

 いや、近藤だけではない。

 もう逃げる者は誰も居なかった。


 悟りを開いたわけでも、ヤバさを感じなかったわけでもない。


 体が動かないのだ。


 なにかに縛られてるかのように足の先から頭の先まで動かない。

 何が起こっているのかなんて、誰も分からないだろう。

 それでも、パニックになることすら許されなかった。

 逃げることも、動くことも、叫ぶことも。

 なにも出来ない。

 震えることしか出来ない不良共を、騎士たちは慣れた手付きで次々と縛っていく。


 もちろん、近藤も例外ではない。

 腕と腰に縄をまわされ、キツく締め上げられる。

 動けない上に縄なんて、頑丈にもほどがある。そう思っても騎士には伝わらない。

 騎士は近藤を巻き終えると、また近くの不良に手を掛ける。

 腰に回された縄が、前後の男と連結されていく。

 そうして全員を繋げると、騎士は縄を引き、城の中へと向かった。

 どうやら、足は少しばっかり動くようになったみたいだった。

 だが、動くようになったっといっても逃げ出せるほどではない。フルマラソンを完走した後のようなダルさを抱えつつ、半ば引きずられるように連行される。


 なぜ体の自由が効かない?


 これから一体どこに向かう?


 俺たちは一体何をされる?


 この質問に答えなんてない。

 分かるのは、ただこの状況が途轍もなくヤバいということだけ。

 これは逃げるべきだったなと、諦め半分にそんなことを考えた。


 城の中はまた一際豪勢であった。

 入り口を潜ると、目の前には映画やドラマでしか見たことのないような螺旋階段がぐるぐると渦を巻いていた。

 石造りの廊下には、レッドカーペットならぬブルーカーペットが敷かれている。

 カーペットは三つの入り口へ伸びていて、その入り口は、アーチ状の柱に囲まれている。

 柱一つひとつに施されている人の顔や動物の体は、まさに匠の技。

 見上げる程高い天井にもその匠の技は遺憾なく発揮されている。

 その天井に合わせてか、細長い槍型のランセット窓もかなり大きい。背中越しにその光を感じつつ、近藤たちは騎士にせっつかれるまま城の奥を目指した。

 騎士たちに選ばれたのは真ん中の入り口。

 アーチを潜るとき、一瞬緊張したが、待ち受けていたのは狭くなった廊下。

 思わず漏れたため息に、近くの騎士は睨みを効かせた。

 近藤は目が合う前に慌てて前を向き直る。と、すぐ横で女の声のようなものが聞こえた。


 そう。女の声のようなものだ。


 確かに聞こえたのは女の声だ。金属にこもった、不気味な声。

 間違いなく横の女のものだろう。

 しかし、何を言ったのかが分からなかった。

 聞こえなかった訳ではない。

 むしろ音ははっきりと耳に入った。

 耳に入ったのに、言語として認識できない。

 日本語では絶対にないし、英語でもない。

 全く未知の言葉だった。


 言葉が通じない。


 今さら、最大の恐怖を叩き付けられた。

 ここはもう、俺の知ってる世界じゃない。そう突きつけられたのだ。

 その考えはどんなに頭を振っても、こびりついて離れない。


 大丈夫。


 大丈夫だ。


 帰れる。きっと帰れるさ。


 なんの根拠もない台詞を頭の中で繰り返した。

 そうしなければ、恐怖でダメになってしまいそうだった。

 また一段と高い女の声が聞こえた。一瞬自分に言われたのかと思ったが、どうやら違う。

 近藤の二つ前の男が注意されたみたいだった。

 明るめの茶髪に少し垂れ気味の伏せた目。ピッチリとしたワイシャツにゆるい黒ズボン。

 別に少し清潔感を感じるくらいで、スウェットの近藤よりはずっとマシな格好。それなのに、なんだかその男から目が離せなかった。


 なんだ、この気味の悪さ。


 いや、気分が落ち込んでるから不気味に見えるだけだ。

 そう言い聞かせようにもあまりにも気味が悪すぎる。

 一度気になってしまうと放っておけないのが人間だ。

 ほとんど無意識にその男を観察する。


 そして、気付いた。


 こいつ、笑ってる。

 この状況で楽しめるタイプはそうそう居たもんじゃないだろう。

 騎士の声を聞いたのならなおさら。

 どちらかというと、楽しんでいるというよりは期待している、といった方が正しい気がする。

 あれは、何かをしでかす奴の顔だ。

 嫌な予感を感じたが、感じたからといってなにか出来るわけでもなかった。

 気付けば廊下は終わっており、広間に着いていた。


 そのくらいになると、一周回ってすっかり冷静になっていた。

 騎士たちは近藤たちを横一列に並べると、壁に沿って整列した。

 恐らく、城の最深部に着いたのだ。

 真ん中にあるドアが少し気になるが、裏口か何かなのだろう。

 広間の四隅には花が飾られている。見たことのあるような形の花だが、生花とは思えないほど鮮やかな青色をしていた。

 そうこうしているうちに、ドアの近くにいた騎士の一人が、何やら声を張り上げた。


 なんか、体育祭の選手宣誓みてぇだな。


 なんて思っていると、ドアが鈍い音を立てて開かれた。

 ぐっと縄が引っ張られる。どうやら、あの奥に進むみたいだ。

 いや、あの整列はなんだったんだよ。

 近藤の華麗なツッコミも声に出てなきゃ意味がない。

 騎士たちにつつかれるままドアを潜ると、そこにはさっきの広間よりもさらに広い広間が広がっていた。

 部屋の中心に見えるのは、玉座だ。

 少し高さのある演壇に青いカーペットの敷かれた階段。演壇の両脇には青いドレープカーテンが広がっている。


 そして、そこに"女王"がいた。


 背もたれの高いアームチェアに腰を掛け、退屈そうに近藤たちを見下している。

 編み下ろされたラピスラズリの髪に、その髪よりもさらに真っ青な瞳。

 身を包む青いローブ・モンタントのドレスはレースはおろか、フリルすらついていない。こいつ、相当青が好きだな。

 騎士たちは女王を前にすると一斉に敬礼をする。

 女王が短く言葉を発すると、騎士たちはもう一度敬礼し直し、近藤たちの方を向き直る。


 一体、これからなにが起こるのか。


 想像がつかないことこそ、一番の恐怖だ。

 騎士たちは鬼のような形相で近藤たちに近付いてくる。腰にはギラつく剣。

 収まっていた不安がまた暴れだす。

 神や仏、後ありったけの親族の名前を思い出す。

 不良やめます。親孝行します。

 えーと、後はなんだ、とにかく良いことします。

 なんて願いも虚しく、騎士は近藤の肩をしっかりと掴んだ。

 そして、腰の剣に手を掛け……ずに、腰の縄をほどいて身体検査をはじめた。


 いや、城に入れる前にやっとけよ。


 少し拍子抜けする近藤。

 やっぱどこに行っても持ち込み禁止物とかあるんだな。

 スウェット一枚に便所サンダルな近藤は3タッチで終わった。

 早々に終わった近藤は横目で辺りを見渡す。

 一番手こずってんのはあの重ね着してる奴だな。あーぁ、それ重ね着風だったのかよ。勘違いされて破られてるし。

 そろそろ全員の身体検査が終わる頃合いだろうか。金属の擦れる音が静かになってきた。


 その時だった。


 女の悲鳴が広間に響いた。

 耳の奥を貫くような甲高い悲鳴。

 その発信源は探すまでもない。近藤のすぐ横。


 そう、近藤の、二つ先。


 騎士が、倒れている。

 騎士の口を伝うのは、血……?

 怪我でもしたのか?

 いや、違う。

 これは、飲まされたのだ。

 誰がやったのか? そんなこと、確認する必要はない。だって、犯人は一人しかいないじゃないか。


 あの茶髪の男だ。


 気味の悪い笑みを張り付けていたあの男は、どっから取り出したのかも分からない小瓶を片手に、ケタケタと笑っていた。


 なんだこいつ。


 思わず足が後ろへと下がった。

 それで、体が自由になっていたことに気が付いた。


「走れ!」


 誰かの叫び声にハッとする。

 それから、近藤は火が付いたように走り出した。

 手が縛られているとこんなに走りにくいのか。近藤は何度も転びそうになりながら、便所サンダルで来たことを後悔した。

 後ろの方ではなにやら叫ぶ声が聞こえたが、最早どうでも良かった。

 女の声に混ざり、捕まった男の呻き声も追加されて、振り向かずともどうなっているかは大体想像がつく。


 捕まったらヤバい。


 それはもう直感だったが、それに従うしかなかった。

 近藤は走った。もうこれ以上は体が耐えられないと思う程全力で走った。

 走って走って、何とか城の外へと出ることが出来た。



 近藤は息を整えながら、裏路地へ身を隠す。

 便所サンダルでここまで走れる男は近藤くらいなんじゃないだろうか。


「ってか、なんなんだよ。ここ……」


 城の外には、レンガ造りの街が広がっていた。

 行き交う人々も近藤のことを不審な目で見つめはするものの声を掛ける様子はない。

 しかし、不思議だ。

 城だけじゃない。この街も、見渡す限り女しか見当たらない。


 一体どーなってんのやら。


 妙な薄気味悪さを感じつつ、近藤はその場に腰を下ろした。

 考えるのはやめだ。

 考えるとなると他にも考えなくてはならないことが多く出てくる。

 あの茶髪のことも、ここがどこなのかも、これからどうすれば良いかも、他にも沢山。

 だが、近藤は走って疲れたのだ。今そんなことを考えてたら死んでしまう。

 あー、休憩の前に腕の縄をとるのが先かもしれない。結構痛い。

 縄とゆるく格闘する事30秒。ナイフの代わりになるものでも探した方が早いことに気が付いた。

 近藤はゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。


「なんもねぇな」


 なんて言ってると、例の金属が擦れる音が聞こえてきた。


 もうここまで来てるのかよ!


 驚いてる暇はない。

 音はどんどんこっちへと近付いてきている。

 見つかればまた体が動かなくなるかも知れない。とにかく、身を隠せる場所を探さなくては。


「コッチ」


 と、突然降ってきた言葉にポカンとしていると、首根っこを掴まれる。

 そしてそのまま、小屋の中へと引きずり込まれた。


「いってぇ!」


 床に投げ捨てられ、尻が地面に激突する。


「何すんだよ?!」


 苛立ちのままに振り向けば、目の前には男が立っていた。


「ゴメンゴメン。"お仕置き中"で退屈だッたんダ。縄とッてアゲルからお話しヨ」


 男はそういうと、近藤の縄を解いた。

 思ってもみないことに呆気にとられていると、その男は人懐っこく笑った。


「立てル?」


「……あー、ありがとう」


「いいヨ」


 差し出された手を取ると、想像の倍の力で引っ張られた。釣り上げられるマグロってこんな気分なのかも知れない。


「で、誰だお前? なんだここ?」


 助けてもらって早々にかなり失礼だが、まどろっこしいことは苦手だ。

 近藤は軽くほこりを叩くと、辺りを見渡した。

 部屋の中はガランとしていて物といえば、所々に木箱が転がっている程度だ。

 部屋の広さは大したことないが、物が少ないせいで広く見えるタイプの物置きだな。


「まァまァ、ゆっくり話そウ」


 男は近藤をなだめながら木箱に腰を掛けた。


「ゆっくり、ね」


 不満そうな顔を作ると、男はクスクスと笑った。

 猫のような瞳に真っ黒な癖っ毛、背丈は近藤よりもやや低い。

 焦げ茶の作業服はかなりよれているので、柔軟剤は使わないタイプなのだろう。

 見た感じ近藤と同い年か、少し上くらいだろうか。なんだか、独特の雰囲気を持っている。

 怪しい奴といえば、怪しい奴だろう。


「そんな睨むなヨ」


 と、男はまたクスクスと笑う。


「オレはユージ」


 この男、ユージ。魔女"ラッド・ネア"の悪魔である。


「デ、ココはラッド・ネアのお仕置き部屋。オレは今お仕置き中」


 聞き慣れない、というか、理解の範疇を越えた言葉が並ぶ。

 近藤は少し頭を抱えたあと、恐る恐る聞き返した。


「ラッド・ネア……?」


「ソ。オレのご主人様」


 俺、変なプレイに巻き込まれてねぇだろうな。


「あー、あのさ、ここは一体なんなんだ?」


「ナニッて、そりャ街だヨ」


「あぁ! 違いねぇ!」


 殴らず堪えた俺、偉い。

 不良は元来短気な生き物なのだ。


「ため息ついタ」


「深呼吸だ」


「へェ」


 なんか腹立つ笑顔だな。


「それで、デ? アー、やー? だッタ?」


「は?」


 別に揚げ足を取るつもりはなかった。

 ただ、そう言ったユージの様子は、かなり可笑しかった。


「ソウ、ココ、あー、ココは」


 壊れたアンドロイド。

 それがぴったりだろう。

 ユージはあーやら、うーやら唸りながら、首を捻る。


「ちょ、どうした?」


「あー、ちョッと待ッテ」


 ユージは眉間にシワを寄せ、耳を塞ぐ。

 中途半端に伸ばし掛けた腕が、空中でストップを食らった。


「おい、大丈夫か?」


 一応近藤は追われている身だ。

 だから、そんな大声で話したつもりはないし、もちろん、外が騒がしい訳でもない。

 ユージはしばらくフラフラと頭を揺らしたあと、のっそりと立ち上がった。

 少し身構える近藤をよそにユージは千鳥足でどんどんと近付いてくる。


「あ、いや、待て。ちょっ、なんだよ?」


 ユージの手に握られているのは、いつの間にか現れたナイフ。どっから出したんだよ。いや、作業服のポッケだろうけど!

 心配すれば良いのか、ビビれば良いのか。

 思考がまとまらず、近藤はただ呆然とユージを見つめていた。


「ゴメン」


「はぁ?!」


 謝罪と同時に押し当てられたのはユージの腕。しかも、血液つきの出血大サービス。


「おぇ……」


「コレでようやくちャんと話せるナ」


 そう言ったユージの声は何重にも反響して、頭の中を揺さぶる。


「な、んだ、これ? 何し、やがった」


 ふと頭に過るのは城での出来事。女の悲鳴と、茶髪の男。


「やッぱ魔女と契約しなきャダメかァ」


 しかし、当の本人はどこ吹く風。その場に座り込んだ近藤の横に腰を下ろした。


「しばらくすれば、慣れてくるヨ」


「しばらく……?」


 そう質問したが、ユージはにこにこと微笑むだけで、なにも言うことはなかった。

 なんだか微妙な沈黙が流れる。

 もしかして、声が反響しなくなるまで待ってるのか?

 いや、まさかな。

 そんなマイクじゃねぇんだからしばらく待ったくらいで反響しなくなるわけねぇだろ。


「アー、アー、聞こえてル? どウ? 気持ち悪くナイ?」


「あ、平気だ」


「良かッタ」


 さっきまでの反響が嘘みたいにしっかりとユージの声が聞こえる。


「てめぇ、なにしやがった?」


「ゴメン、ゴメン」


 ちょうど掴みやすい位置にあった胸ぐらを掴んでやると、ユージは案外呆気なく謝った。


「オレ、子供の頃からココにいるからそッちの言葉苦手なんダ。


だから、こッちの言葉を使うタメにオレの血の中にアル"魔女の魔力"を少し分けたんダ」


「は?」


 魔女、魔力……自分の耳を疑ったが、聞き間違いではなさそうだ。確かにこいつはそう言った。


「驚いてるだろうケド落ち着いて聞いテ。一回で信じろとは言わないからサ」


 ユージはそんな如何にもな前置きをすると、話を始めた。


「この世界は"女しか居ない世界"なんダ」


 何を言ってんだこいつ。

 それが率直な感想。

 女しか居ないって、それじゃあ、俺とお前と、城にいたあの不良たちは一体なんなのか?

 まぁ、水を差すのも野暮だ。しばらくは黙っておこう。


「コノ世界の女たちは、皆“魔女”ッて呼ばれてて、“魔法”ッていう不思議な力を使う“素質”があるンだヨ。


だけど、“魔法”を使うのに必要な力、“魔力”はコノ世界に存在し“ナイ”んダ。

魔力は、向こうの世界……アンタたちの元いた世界にしかナイ、らしイ。

詳しいことは分からないけどネ。


だから、ココに男が連れてこられル。

コノ世界にいる男は皆、余所から来た男たちだヨ。


連れてこられた男たちは、魔女と“契約”して魔女に魔力を提供する“魔力源”となル。

まァ、いわゆる“悪魔”になるんダ」


 魔女に悪魔に魔法に、契約……。


「すげぇファンタジーだな」


「疑うのはまだまだだヨ。モンスターやホムンクルスとかも居たりしテ」


「え、じゃあスライムとかも居んの?」


「ソレはいなイ」


 いねぇのかよ。

 近藤の反応が気に入ったのか、ユージは機嫌よく笑った。なんか、悪戯が上手くいった子供のようだ。


「デ、その魔力となるものなんだケド……なにか分かル?」


「俺らの世界にしかねぇもんだろ?」


 近藤の考える姿が余程面白いのか、ユージはクスクスと声をあげる。


「"男の精"だヨ」


「男の精?」


「ソウ」


 訂正エロゲーだな。

 超自然的な話に笑えてくる。

 そんな可哀想な近藤の姿に、ユージはとうとう腹を抱えた。

 きっと、この姿を楽しむために近藤を助けたのだろう。出会ったばかりで詳しいことは知らないが、間違いなくいえる。こいつは最低だ。

 ユージは散々笑い終わると、アンタは冷静なタイプだと言い捨て、また話を再開した。


「魔法を使うタメには二つ方法がアル。


“悪魔の精を吸ウ”か、“悪魔の体を通ス”か。

大体の魔女は悪魔の精を吸った直後にしか魔法を操れないカラ、大きな魔法を使うときは男の体を通すカナ。


と言ッても、悪魔の体に魔力を通すのも、悪魔に触れてなきャいけないんだけどネ。


まァ、ラッド・ネアとか例外はいるケド」


「……お前のご主人様って強ぇの?」


「まァね」


 途端にユージの顔が露骨に嫌そうになる。一応言っておくがその話題、お前から振ったんだぞ?


「ところで、コノ世界に来たッてことハ、アンタ、相当ワルだロ?」


「ん? え、あぁ、まぁな?」


 言うほどワルではないが伝説のヤンキーみたいな扱いは悪くないので一応肯定しておく。


「だよナ!」


 ユージはパチン! と指を鳴らすと嬉しそうに目を輝かせた。

 なんだこいつ、不良とかに憧れてんのか?


「親近感湧くなァ。スウェット着てる不良ナンテ初めて見たヨ」


 訂正。馬鹿にしてやがる。


「言ったトオリ、ココには外カラ男たちが連れてこられル。


でもネ、誰彼構わず連れてきてる訳じャナイ。


外の世界から居なくなッても“不思議に思われナイ奴ら”がコノ世界に連れてこられてるンダ」


 こいつはどうしてこうも喧嘩を売って来るのだろう。

 怒るのも馬鹿らしくなるほど清々しい喧嘩の売り方だ。


「確かに俺は社会の鼻つまみものだよ。それがどうした?」


「そこまで言ッてナイッて。助言ついでにからかッただけだヨ」


 からかいが心をえぐってくるんだよ。

 そんな繊細な近藤をスルーしてユージは話を進める。


「集められた不良たちがドンナ扱いを受けるカ。知ってた方が面白いヨ。


アンタみたいに城から上手く逃げた男たちは、“コノ街の魔女たちの魔力源になル”か、城に連れ戻されて、コノ世界の“結界を維持”するタメに“城の地下牢”で精を搾られ続けル」


「すげぇバイオレンスなエロゲーに来ちまったな」


 そう言う近藤だが、彼は青春ものが好きなのだ。つまり、この手のエロゲーはプレイしたことはない。まぁ、エロゲー自体プレイしたことないんだがな。


「アンタもッと大声出さないノ?」


「無駄だろ」


 近藤の諦めた声にユージはまた楽しそうに笑った。何がそんなに面白いのか。


「まぁいいや、で、帰る方法は?」


 好みでもないエロゲーの設定を全て学ぶつもりもなければ、ユージを笑わせ続けるエンターテイナーになるつもりもない。

 要点だけ聞いてしまおう。

 ま、エロゲーなら攻略対象を攻略したら帰れるとか? 俺のお相手は誰だ? 可愛い系がいいなぁと膨らむ妄想。


「帰るなんて無理だヨ」


 それをバッサリ切るユージ。


「は?」


「コノ世界には結界がアル。その結界は完全に外と中を隔てて行き来は不可能なんダ」


「その結界を壊せば?」


「ムリ」


 さっきまで大笑いしていた顔はどこへやら。ユージは真面目腐った顔をして近藤のことを見つめた。


「そんなコトより、ここで生き抜くことを考えた方がイイ」


「生き抜く?」


「そう。どの魔女と契約するカ」


 どの魔女と、契約するか?


「なんでわざわざ魔力源になりに行かなきゃなんねぇんだよ!」


 こいつがさっき言ってた通りなら、魔女は俺らと契約することによって魔力を得ることが出来る。

 しかし、俺らは魔女と契約したところで、なんのメリットもないのだ。

 そんなもの、するはずがない。


「ならなきャ、コノ世界じゃ生きていけナイ」


 ユージは嫌に真剣だった。


「ココで男一人で生きてくなんてムリ。


魔女は契約してない男を見抜けル上に、オレたちは魔女の魔法には敵わナイ。


それに、城が悪魔を“独占”してるせいデ、魔女は悪魔に飢えてるんダ。

アンタみたいに誰とも契約してない男は恰好の魔力源なる。絶対に、色んな魔女から狙われル。


しかも、城からも狙われるンだヨ?


早く誰かと契約しなきャ、最悪城に捕まルか、よく分かんない魔女に捕まって永遠と搾られちャうヨ」


 オレたちに出来ることは、少しでも待遇の良い魔女の元で悪魔になること。

 正直、その脅しが怖いかと言われればかなり微妙だが、ユージの気迫は凄まじい。


「分かった。ちゃんと考えとくよ。そんで……」


「ダメ。契約ッてのは、アンタが思ッてるよりも重いモノなんダ」


 話をはぐらかそうとしたが、ユージは譲る気はないらしい。

 かなり強い力で肩を掴まれた。


「契約は魔女が男の体を支配するタメの儀式。


魔女と契約すれば他の魔女とは契約できなくナッて狙われなくなる反面、契約した魔女に“絶対服従”になル。


完全に“魔女の所有物”になるんダ」


「くっそ最悪じゃねぇか!」


 思わず叫んでいた。

 つまり、悪魔になろうがなるまいが、結局この世界にいる限り、魔女の支配からは抜けられないのだ。

 こんな最悪な選択が今まであっただろうか。クソゲーじゃねぇか!


「この世界じャ男は魔力源だからネ。まァでも安心して。良い魔女紹介してあげるヨ」


「いや、必要ねぇ」


「……ヘ?」


 こいつはリアクションの達人か。

 ユージは全く理解できないと言いたげに近藤の顔を見つめる。


「せっかくだけど、断るわ」


「ア、ちょっと、待ッテ。良い魔女なら君の体を操ったりしないからサ! 大丈夫! ネ?」


「は? 守って貰えってか? 自分の体くらい自分で守れる」


 ユージはなにか言いたげに口を動かしたが、声にはならなかった。

 張りついた笑顔が小さく痙攣している。


「……馬鹿だナ。アンタ」


 やっと絞り出したその言葉を、近藤は軽く笑い飛ばした。


「まぁ、馬鹿ついでに、この世界からもおさらばしてやるつもりだ。こっちに女なんか作って帰れなくなっても困るしな」


 ユージはなにも言わなかった。

 馬鹿だと呆れたのか、まだ説得の言葉を探しているのか。


「……ココまでくれば本物だヨ」


 ユージがぽつりと呟いた。

 それが肯定の意味だと気付くのに、そう時間はかからなかった。


「オレはアンタの力にはなれなイ」


「良いよ。むしろ話聞けただけでもラッキーだったんだ」


 そう言うと、ユージは静かに首を振った。


「でも、アンタの力になれそうなヤツなら一人いル」


「マジで?!」


「あァ、この街の外れに何でも屋がいル。その何でも屋ならアンタのそれを手伝ってくれるかも知れナイ」


「何でも屋?」


「ソウ」


 “最強の魔女”セーレ・アピト。

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