バグる星空

夏川しおめ

第1話

「先輩、星食べに行きましょう」 

 残業終わり、一緒に作業していた竹林君からそんな誘いを受けた。

「え?」

「このビルの屋上で採れるんですよ。先輩も一緒にどうですか?」

 私には、彼が冗談を言っているように見えない。それが普通に怖い。

 ヤバい薬とかやってるのか?実はヤバい人なのか?

 もしかして、残業のしすぎで気が狂ったのだろうか。だとしたら、後輩をちゃんと気にかけてやらなかった私の責任だ。ごめん竹林君。彼には休養が必要だ、明日から有給休暇を取らせよう。

「ごめんね竹林君。ちょっと頑張らせすぎちゃったみたい。」

「ん? なんですか?」

「明日から有給取ろうね、部長には私から話しとくから。今日はもう帰って寝よう?」

「まってください、僕おかしくなってるわけじゃないですから。本当に採れるんですよ」

 まだ言うか。

「もう、屋上来てください。星の食べ方お教えしますから」

 そうして二人で屋上にやってきた。

「まずはこんな風に寝っ転がります」

 仰向けになる彼に習って、私も隣で横になる。

「このとき、フェンスなど、星空以外のものが視界に入らないようにします。星空で視界をいっぱいにしてください」

「はい」

「あ、ほらこれとか」

 彼が空に手を伸ばして、何かをつまむような動きをした。

「採れました」

 そう言って私に見せて来たものは、砂粒くらいの光だった。

「ええ、何それ?」

「星です」

 確かに、みためは空にある星そのものだ。

「はい、あーん」

「いやいや。ええ、混乱」

「大丈夫ですよ、とりあえず食べてみましょう。口開けてください」

 不安だ、おそるおそる、ちょっとだけ、開ける。その隙間に星がねじ込まれた。

 星は噛むと弾けて無くなり、味だけが口いっぱいに広がった。

 おお⁉︎  美味しい、フルーティーで爽やか。何味だろう。何味とも言えないな、全くもって知らない初めての味。

 「結構イケるでしょ?」

 未知の味に固まっていると。彼が得意気に言ってきた。

「うん、美味しい。初めての味」

 星って美味しいんだな。

……いやいやいやいや、おかしいって。私まだ混乱してる。

「今の『星』ってなに? なんなの? 宇宙にあるあの星とはちがうよね?」

 そう、まず分からないのがこれだ。今の粒は一体なんなのか。

「何なのかは僕も分かりません。よく分かんないけど美味しいやつです」

 分かんないのか。

「ぼーっと空を見ていたら、遠近感がおかしくなって星がすぐ目の前にあるように感じる瞬間があるじゃないですか、その時に採れるんです」

 嘘みたいな話だ。採った星はどうなるのだろう、空から無くなってしまうのだろうか。

「星は採ったら無くなっちゃうの?」

「無くなりません。食べ放題です。そこも謎なところですよね。

 この現象、昔のゲームのバグみたいじゃないですか? セレクトボタンを押しながらアイテムを移動させると増える、みたいなのよくありましたよね、そんな感じに」

「あー、そんなのあったかも」

 確かそんな簡単じゃなかった気もするけど。

「こうして星を採って食べるのって、この世のことわりに反する行為、バグ技みたいなものだと思うんですよ、それをする背徳感とスリル、ストレス発散にはちょうどいいです」

 この世の理に反する行為、バグ技。ちょっと怖くなってきた。そんなことをして大丈夫なのか?

「危なくないの?」

「分かりません。ですがやっぱりバグといえば、フリーズしたり、データが消えたりがつきものですよね。ひどいときはプログラム自体が崩壊することだってありますし。

 もしかしたら、僕が起こしたバグがいつかこの世界を壊してしまうかもしれませんね」

 絶対危ないじゃん。

「ならもうこんなことやめようよ! 絶対危ないよ!」

「やめられないんですよ。クセんなっちゃってて」

 本当に困ったような顔で言うから、彼はサイコパスかもしれない。……また取ろうとしてるし。

 だけど今度は様子が違った。

「あれ、おかしいな。取れない」

 どうやら取れないらしい。

 そうか、運営がバグを修正したんだ。

 多分今、人知れず世界が更新された。

 竹林君が壊す前でよかった。でも、ひょっとすると世界のバグはこれだけでは無いのかもしれない。

 もし見つけても、私は関わらない。



「ちぇー、つまんない。でも他にもあるんですよ、空気の上を歩くのはどうですか? これも楽しいですよ」

 ……私は関わらない。







 

 

 

 




 







 



 

 


 


 

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