月がとっても怖いから

 月が二つに増えた。

 ある日、ふと夜空を見上げると月の横に一回り小さい月があったのだ。

 いや、もともとあった月の横に一回り大きい月があったのかもしれない。

 そんなことはどうでもいい。

 もちろん、そのどちらかが月型怪獣であることは瞬時に理解できた。


「わー、綺麗」

「夜が明るくなるね」

「素敵」


 僕の周りにいたカップルも同時に気づいて、そんなことを言っている。


「馬鹿か! お前たちは怖くないのか!」そう叫びたくなる衝動を喉の奥を絞めて閉じ込める。


 僕はじっと二つの月を睨みつける。小ぶりな方の月の陰影がまるで人間の顔のように見えた。

 そして――。

 目が合った。


 怪獣なんだ。目だってあるだろう。そして相手は宇宙だ。目なんて合うわけがない。

 だが……絶対に目が合った。僕には確信できた。

 あいつは殺意と嘲笑を込めた視線を送ってきている。


「あっちのお月様にもうさぎさんいるのかな?」


 僕はカップルを殴り飛ばしてしまう前に自宅に駆けこむ。

 あいつらはあれが落ちてきたら地球はどうなってしまうかわかっているのだろうか。

 月より小さいとはいえ、近づけば衝突しなくたってその引力で海の満ち引きが狂い、海に沈む地域や砂漠化する地域が出てくるだろう。地殻プレートに圧がかかって地震が頻発するだろう。

 あいつがやってくる前に地球は滅ぶかもしれない。


 僕はあれが何かの見間違いだったと思い込みたい一心でテレビを点ける。

 しかし、テレビは新たに現れた月型怪獣の報道一色だった。

 残念ながら僕が狂ってしまったわけではないようだ。


「安心してください。たしかに緩やかに地球に接近していますが、皆さんが生きている間にはあの月型は落ちてきません」


 ――安心してください。皆さんが生きている間には月は落ちてきません?


 じゃあ、僕たちの子孫は? どうなる?

 今すぐには落ちてこないかもしれない。

 あれが落ちてくる頃には怪獣に蹂躙されて人間は滅んでいるかもしれない。

 でも……自分が生きている間には落ちてきそうにないからといって「よかった」なんて思えない。


 アルマゲドンの隕石はテキサス州と同じくらいのサイズだったらしい。

 あの月はその比ではない。

 核弾頭を何発撃ち込んだって破壊できないだろう。

 なぜあのカップルもニュースキャスターもこんなに楽観的でいられるのだろうか。

 みんな恐怖が麻痺してしまったのだろうか。空元気だとでもいうのか。

 わからない。

 もう人間のことすらわからない。

 僕は未来への希望が持てなくなってしまった。

 こんな未来を託さざるをえない子孫に申し訳がない。

 僕はきっと結婚もしないし、子供も残さないだろう。

 それが恐怖の連鎖を生まないために僕ができる唯一のことだ。

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