女友達との友情をはぐくんでるだけ

みゃあ

夢(現実)


 「ふぁぁ……」


 自席に腰かけながら、ひとつ大きなあくびをした。

 目をゴシゴシとこすると、涙のせいか視界がにじんで、現実との境界があいまいになったような気がする。


 「ねむ……」


 誰にともなくひとりごちる。

 昨日、徹夜でゲームをしてしまったのが響いているらしく、眠気がひどかった。

 マズいな、これから授業が始まるってのに。


 「どうする……。今のうちに、ひと眠りするか……?」


 俺は脳内で自問自答を重ねた。

 いまはまだ登校時間だ。ちょっとの間、十分ぐらい、寝たところで誰の迷惑にもならないだろうし。

 それに、いざとなったらアイツが起こしてくれるだろう……。


 「……よしっ、決まりだな」

 

 そうと決まれば善は急げ。

 俺は居眠りをするべく、机に突っ伏すことにした。

 枕代わりにカバンを置き、いざ夢の世界へダイブ!


 「――おはよっ!」

 「――うひょおいえぁっ!」


 するところで、耳朶が震わされ、俺は飛び起きるはめになった。

 それだけならまだよかったんだが、突然の声にびっくりしたせいか、変な奇声まで上げる始末。

 これもきっと、寝不足のせいだ。

 おそるおそる周囲に目をやれば、近くにいたクラスメイトのほとんどが顔を引きつらせている。

 いや、ほんと、お騒がせして申し訳ない……。


 恥ずかしすぎて、穴があったら入りたくなる。

 これが夢だったらどれほど良かったか。まぁ、現実は非情だからこそ、現実だと言えるのかもしれないが。

 というか、冷静に考えて、墓穴を掘ったのは俺だとしても、原因は俺じゃないよな……?

 俺をこんな目に遭わせた、諸悪の根源がいるじゃないか!


 そこで俺は抗議の意も込めて、背後を振り返る。

 

 「…………っ」


 するとそこにいたのは、ひとりの女だ。

 ソイツは口元に手を当てながら、小さく肩を揺らしている。おおかた笑いを堪えてるとかそんなとこだろう。


 「お前な……急に声かけるのやめろよ、ビックリするだろ」

 「あははっ……! だってユッキーの反応、面白いんだも~ん」


 ソイツはそんなことをのたまいながら、目尻にたまった涙を指で拭った。おーおー、泣くほど面白かったか、おい。

 ちょっとイラっとした俺は、親の仇を見るような目で睨みつけてやる。

 

 「ふふ、ごめんてばー。そんな目で見ないでよ」

 

 だが、効果はいまひとつらしかった。

 くそっ、平然とした顔しやがって。こうなったらもう、こっちは泣き寝入りするしかないってのに。


 ぐぬぬと内心で悔しがっていると、なにを思ったのか、ソイツはずいっと顔を近づけてきた。

 動きに合わせ、肩まで伸びた栗色の髪がなびき、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。


 「―――っ」


 直視が出来なくなって、俺は顔を逸らした。

 至近距離で三秒以上コイツの顔を見てはいけない、という枷を俺は背負っているのだ。理由はまぁ、察してくれ。

 それでも、頬の火照りだけは避けられなかったらしい。

 

 そのことを追及されたくなくて、反射的に身を引いた。

 そんな俺に対し、ソイツはなぜか優しく声をかけてきたのだ。


 「でもさ、これで目、覚めたんじゃない?」

 「え……? あ、あぁ、まぁ、そうかもな」


 ぎこちないながらも頷きを返すと、ソイツは顔を綻ばせた。

 もしやコイツ、俺が眠たそうにしてたのを察して、わざと脅かしてきたのだろうか……?

 いや、それはない、よな? さすがに……。

 

 半ば放心状態のままでいると、ソイツは俺に――正確には、俺の机の上にあるカバンに向けて指をさしながら、

 

 「私が来るまで眠るつもりだったんでしょ? カバンを枕代わりにしてさ」

 「……よく分かったなお前」

 「ま、ユッキーの考えなんてお見通しだしー?」


 ちょっと得意げなのがなんかムカつくけど、その通りだった。

 相変わらず、察しがいいというか、地頭が良いというか。

 

 感心する俺に、ソイツは呆れたように肩をすくめてみせた。

 

 「……そんなに寂しかったんだぁ、私がいなくて」

 「は? なに言ってんだお前」

 「あれっ、違った? てっきりひとりぼっちの空気に耐えられなくなって、夢の世界に飛び立とうとしてたんじゃないの?」

 「違うわ! 徹夜でゲームしてたせいで寝不足なだけだ!」

 

 ここはしっかりと訂正させてもらう。俺の名誉のために。


 ……ったく、とんでもない勘違いしやがって、誰がぼっちだ。

 まぁ、面と向かって否定はできないんだが。


 「そっかそっか。じゃあ私、邪魔しちゃったんだ。ごめんね?」

 「いや、別に、謝るようなことでも……」

 「邪魔しちゃったお・わ・び・に、子守歌うたってあげよっかなー」

 「なぜ寝かせようとする。つーかそれ子供用」

 「まぁまぁ気にしないの」

 

 ニコニコ笑いながら、彼女はにじり寄ってくる。こうなるともう、嫌な予感しかしない。


 「ストップストップ! 俺もうバッチリ目覚めてるから! この通り、開眼してるだろ!?」

 「どうかなぁ……夢の中にいるとも考えられるし」

 「起きてるだろどう見ても」

 「これ、私の夢の中かもしれないしー」

 

 いやお前のかよ、とツッコもうとするが、彼女は先手を打ってくる。


 「だからさ、ちょっと頬っぺた抓ってみてくれない?」

 「は?」

 「夢かどうかの確認したいの」

 

 目と鼻の先まで近づいてきていたその顔が、パチパチと瞬きを繰り返す。いや、コイツ分かっててやってるだろ。

 なんか言われた通りにやるのも癪だったので、俺は目の前にあるおでこに指先を持っていき。

 軽く弾いてやった。


 「痛っ……くない」

 「ほら、これで夢じゃないって分かっただろ。いい加減、席につけ」

 「ふふ、はーい」

 

 俺の言葉に呑気な返事を返しながらも、ソイツはその場を動こうとしない。

 弾いたおでこが痛いのか、しきりにさすっている。


 「おい……もしかして、痛かったか……?」

 「んーん。ただ、夢みたいだなーって」

 

 それ、まだ言うのかよ。

 めんどくさそうな顔をする俺に対し、なぜかソイツは嬉しそうに口元を緩ませている。

 まるで本当に夢の世界にでもいるかのような、そんな顔だった。

 スイーツバイキングに連れてった時も、同じような顔をしていたが。

 

 「ふふっ、じゃあ目も覚めたことだし、改めて言うね。――おはよ、ユッキー」

 「あぁ……おはよう、夏凛かりん


 ぶっきらぼうに呼んだ名前だったけれど、どうやらそれでよかったらしい。

 夏凛は花が咲いたかのような、眩しい笑みを浮かべてみせた。

 



 これは、俺――林藤りんどう由樹ゆきと、彼女――若葉わかば夏凛のとりとめもない日常のやりとりである。

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