第2話 疑念
彼女と再会したあの日から既に半月。
同じアパートという事もあり、半同棲のような状態で来る日も来る日も二人で過ごし、何度も肌を重ねた。
世間一般のカップルと言うのがどうなのかは知らない。俺達二人は昔のように、互いを好きだと言葉を紡ぎ行動で示す。それを繰り返す日々を送っていた。
だが、そうした日々に陰りが見え始める。
一見何の問題もなく付き合っている二人だが、俺だけが確かな違和感を感じていた。
彼女はずっと俺の事を好きだったと、忘れた事など無かったと言うのだ。それも一度や二度ではない。
俺だって未だ学生とは言え、人並み程度の恋愛経験はある。赤の他人がそのような事を言っていたならば、本心からそれを信じるというのは難しい。
だが、恵奈との再会を喜び完全に浮かれきっていた俺は、その発言を最初は全く気に留めていなかった。
先に言っておくが、俺は処女じゃないとダメだなんて言うつもりは全くない。
誰しも恋愛するなかで経験する当たり前の行為である。当然彼女だって、そういった経験をしてきただろう。
初めて結ばれたあの日、俺たちはすんなりと行為に及んでいた。
彼女はぎこちない雰囲気などなく、初めてを匂わせるような発言もしていない。恐らくは経験があるのだと思う。
何度目かに例の発言を聞いた際に、俺はふと思ってしまったのだ。
ずっと好きだったというのはどういう意味なのか?
それ程に想う相手がいながら他の男に抱かれていたのだろうか?
例の発言が単なるリップサービスならそれで良い。俺だってその位は理解出来るつもりだ。
だが、彼女が度々するその発言からは、嘘を言っているようにも感じない。
些細な事を気にする自分がおかしいのだろうか?
魚の小骨が喉に刺さったかのような違和感が消えない。
そんな違和感を拭い去る事ができないまま日々が過ぎていく。
ある日、講義が終わり同じ学部で仲良くなった友人と並んで歩いていると、彼が足を止める。
ほら、あの子。
友人は一人の女性を指さした。
それは俺の彼女。佐倉
彼女と付き合っている事を伝えようとすると、友人が……
あの子俺と同じ高校だったんだけどさ、あんな綺麗な顔して親友の彼氏を盗っちまったらしいぜ。
その発言には耳を疑った。
彼女を侮辱された。
気分が悪くなり友人に言い返そうとするも、俺は
否定したいが、否定する材料が見つからない。
彼女はそんな子じゃないと言ってやりたかったが、自分自身それが本当の話なんじゃないかと疑ってしまっている。
ここ数日感じていた違和感が、疑念に変わる瞬間だった。
サークル活動や友達付き合いが増えてくるに従って、彼女と一緒に過ごす時間は減っていった。
とは言っても、普通に実家暮らしをしているような学生カップルに比べれば、俺たちは多くの時間を共にしていただろう。
彼女とは以前と変わりなく肌を重ね、喧嘩する事も全くないのだが……。
言いようのない僅かな不安を抱えながら、二人の交際は既に一ヶ月経過していた。
そうして日々を過ごしていると、どうしても彼女に対して心の中で一線を引いてしまう自分に嫌気が差し、とうとう話を切り出した。
彼女はその事か………。と呟いて言葉を続ける。
「高校の時は確かにそういった事もあったよ。いっくんがどこまで聞いてるかは分からないから説明するけど、その時付き合っていた彼は別に好きじゃなかった。」
「親友から盗ってまで付き合ったのに好きじゃなかったのか?」
「親友って言われてたけど、本当はそんなんじゃないよ。その子はね、私の事が気に入らないのかそれとも無意識だったのか、会話中にいちいちマウント取ってくるの。全部言ってたらキリがないから省略してて伝わりにくいかもしれないけど、まぁ凄かったよ。」
「女子同士の関係って俺にはあまり想像つかないけど、その子の彼氏を盗るってのはやり方としてどうなんだ?」
「その子はさ……。幼馴染と付き合ってて依存しちゃってたから、一回痛い目見せてやれば大人しくなると思ったんだ。実際一時期不登校にもなったし。」
俺が想像していたよりも重い話だった。
「それにね。私が幼馴染をずっと好きだって知ってて、彼氏が幼馴染って部分でマウント取ってくるのが一番許せなかったの。」
話の内容としては理解した。だが、俺の事を好きだと言ってくれる彼女は、そう言いながらも親友の彼氏と寝ていた。
過去の話ではある。確かにそう言われればその通りなのだが、俺には考えられない感覚だった。
その後も別れる事は無かったが、俺は以前のように彼女を深く愛する事が出来なくなる。
光陰矢の如し、世間ではGWと呼ばれ持て囃されている大型連休に入った。学生には嬉しいイベントだ。俺達はそれぞれ実家に帰省する予定となっていた。
久しぶりの実家という事で、家の手伝いは免除してもらえ、俺は高校の友人と気を紛らわすように連日遊び歩く。
何か月かぶりの解放感のようなものを味わい、俺は彼女の事を頭から追いやっていた。
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